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大雪の朝、クソ男に遭遇した件

子供の私立入試が終わった夕方、学校からの連絡網で「悪天候が予想されるため、明日は全市の小中学校が臨時休校となります」というお知らせがきて、受験本番というイベントに疲れきっていた私たちは、「ラッキー🤞」と喜んだ。

大雪警報が発令されているから、多分雪かきは免れないけれど、朝はゆっくりと起きてのんびりしようと思っていた。

……えてして、こうして臨時休校になった日というのは、大して荒れないことの方が多い。「備えあれば憂なし」と言うが、備えたものが役に立つというよりは、備えたことで凶事すら起こらないくらいに効果するものだと、私は解釈している。

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翌朝。車のエンジンをふかす音で目覚めた。私と子供は、未だ自宅ではなく、自宅と同じ敷地内に建つアパートに借りた私の仕事場で暮らしている。

……まあ、朝だから、みんな出勤するよね。仕方ない。休みなのは、小中学生だけだし。出て行ったら静かになるだろうと目を閉じたけれど、音はやまない。

これは、誰か出られなくなってるな。

とりあえず朝だしとカーテンをあけてみると、アパートの駐車場のど真ん中に車がはまっている。ど真ん中というのは、車の通路である。そして、駐車場は袋になっている。出入り口は片側しかない。つまり、ハマった車が通路を塞いでいるので、それよりも奥の車は出られないし、入ることも出来ない。かねてよりの雪で、どの車も少しずつ前に出ていて、通路幅は夏場より断然狭い。車1台が危なげなく通れるくらい。

私から見て手前ライン最奥に駐めている、うちのダンナと二階のお姉さんが出勤した後なのが救い。……しかし、反対ラインに駐めている車は多分出られない。ハマった車で出られないと思われる車は4台。不規則勤務の人たちなのだが、大丈夫か?

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ハマった車は、アパートの入居者の彼女の車である。わりと頻繁に、朝帰りの彼氏を送ってきているのを見るので知っている。今日もそのパターンなのだろう。この彼氏は車を持っておらず、故に、駐車場を借りていない。

……なんで、この大雪の雪かきされてない駐車場に乗り入れたんだろう……。

不思議でたまらない。馬力のある車、もしくはよっぽど運転に自信があるならわかるが、そうとは思えない軽自動車。……自分の車のスペック考えようや。

気の毒だけど、私に出来ることはない。非力な私が車押したって動かないし、彼氏いるんだからどうにかするでしょう。

朝寝を楽しもうと思っていたのに、エンジンをふかす音がうるさくて眠れない。平気で眠ってる子供が図太くて羨ましい。さすが、私の子供。

ちなみに、彼氏彼女と表現しているが、実際はどうか知らない。そして、双方四十代に見える。何が言いたいかと言うと、知恵や経験が足りない若者ではないということだ。

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とりあえず起きて歯を磨き、身なりを整える。朝ご飯はどうしようかなーなどと考えながら、窓の外を見る。現場は、リビングの掃き出し窓の真ん前なので、それはそれは良く見える。

さっきは彼氏が無断で、よそのお宅の雪かきを使っていた。この彼氏、北海道に居住していながら、雪かきを持っていない。ここに住んで数年経つが、どんなに大雪でも、一度たりとも自分の部屋の前の雪すらかいたことはない。駐車場は契約してないから関係ないかも知れないが、通り道にはしている。挨拶もろくにしない。正直、助けたい相手ではない。

二階に住んでいる夫婦のご主人が現れた。彼は道路に面した駐車場を使っているので、この車が動かなくても別に困らない。

しかし彼はいい人で、雪かきはきちんとするし、マメにゴミステーション前の雪かきもしてくれるのだ。

だから、車を押してあげていた。……動かねーけど。

高みの見物をしているわけではないが、所詮腰痛持ちの非力な女。玄関から出たところで、ただの野次馬でしかない。……つけ加えると、野次馬は出来ていない。誰も手伝いたくないのであろう。忙しい出勤タイムだ。しかも、どんな大雪の日でも雪かきはせず、人が作った道をツラっと通っていく男である。そりゃあ、助ける気が起きなくても仕方ない。

すぐに、二階のご主人もいなくなった。みんな自分の都合があるし、いつまでも付き合っていられない。そして、彼氏もいつの間にか消えていた。

こんなことになるとは思ってなかったのだろう、薄いスカートで軽装の中年女子が雪の上に這いつくばっては起き上がり、よそのお宅の雪かきで雪をかいている。

……どれだけかいても、無駄なんだよな。

マスクをして、ダウンコートを着た。

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「それ、いくらやっても無駄だよ」

「えっ?」

「タイヤ空回ってんのに、さらに掘ってどうすんの」

どこから出したのか、薄い敷物をタイヤ下に噛ませたけど、無駄だったらしいのが見て取れる。……そりゃ無駄だ。タイヤ浮いてるのに。

「ボディが雪に乗り上げて浮いてるから、タイヤまわり掘ってもダメ」

「あっ、じゃあ車の下ですね!」

彼女は助手席の下を掘ろうとしたが、そこでもない。そんな、手の届くとこじゃない。

「JAF呼んであげるから、これ以上何にもしないで。無駄だから」

「いや、私、JAF入ってなくて。お金ないし」

「私が入ってる。ていうか、こういう時に頼れる相手いないなら、JAFの年会費くらいケチんのやめたら?」

今時、「男なのに」と言ってはいけないのかもしれないが、こういう時に頼れない彼氏なんだから、保険は必要だろう。彼氏が今何か手段を講じているなら、私のJAFの提案に、「今助けを呼んでいる」的な返事があるはずだ。……彼女自身のツテでもいいが、それもないから、こんなことになってるんだろう。

でも私、この人の同乗者じゃないんだよなー。同じアパートの常識ない入居者の彼女。さて。JAFさんになんて言おうか。嘘をついてまで救いたい相手ではない。

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結局、JAFに電話したものの救援殺到で来られないということになった。まあ、予想はしていた。数年前の大雪では、6時間待ちもあったという話だったから。

どんなに考えても「同乗者」とは言いたくなかったので、それはそれで良かった。

JAFさんは、運転手か同乗者が会員でないと来てくれない。例えば「隣の車が、うちの車庫ふさいじゃって車出せないんです」はダメなのだ。あくまでも、動かしたい車を運転している人か、その同乗者が会員であることが条件。

私がしれっと「同乗者」ぶればいい話なのかも知れないが、ルールに反するし、何より知り合いですらない。ある程度話を取り付けて、本人が実費を払いたくないと言うなら、見捨てるしかない。

そして、JAFさんはヒマな時なら実費で来てくれるが、こういうときは会員優先で、飛び込み客は受けてもらえない。会員であっても、受けてはくれても、数時間待ちなんてこともザラなのだ。

今回は結局「JAFでは対応できません」と断られた。きちんと「ご自分で、レッカーなどを手配していただくのがいいかと」と教えてもくれた。JAFさんは、なーんにも悪くない。

そして、私もここで手を引いても、別に悪くないのだ。何の責任もない。

「まず、コーヒー淹れてくるわ。寒いっしよ」

仕事場のドアに向かうと、彼氏が部屋から出てきた。

いたのか。

ご出勤スタイルである。車はないので、徒歩圏内のどこかにお勤めだと思われる。勤務先までは知らない。

えっ! 自分を送ってきた彼女の車がハマってんのに、出勤すんの!?

そして、「おはようございます」でも「すみません」でも「よろしくお願いします」でもなく、しれっと去って行った。窓から、私が彼女の相手をしているのが見えたはずだが。

マジかよ! ホント、碌でもない男だな!

びっくりである。余計なお世話だが、こんな男とは別れた方がいい。友達だとしても、付き合いを考えた方がいい。

私のまわりには、こんな薄情な男はいない。見たことない。

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さて、どうするか。あの男の態度にイライラする。別にお礼を言われたいわけでも、親しくしたいわけでもない。

けど、あれはない。

手っ取り早くミルクパンで少量のお湯を沸かし、コーヒーを淹れる。

男の態度が気に食わないから見捨てたいところだが、あの車にいつまでもいられるのも困る。音がうるさいし、排ガス臭い。

何より、駐車場から車を出せなくなった入居者からの苦情で、面倒なことになるのが困る。ハマった彼女の責任でいいのだが、巡り巡って「駐車場の雪かきが出来てないのが悪い」みたいなことになると、結局私が出動するのだ。

何故なら、このアパートは実家の持ち物。不動産屋から連絡を受けた父が、私に電話してくることは目に見えている。そうなったら、やることは結局同じなのだ。

……ただ、共益費も管理費もとっておらず、雪かきなどは各自することになっているから、別にこちらにも落ち度はない。

敷地内に住んでいて、アパートも一室借りているが、私は別に管理人でもないし、管理料的なお手当てもいただいていない。家賃もきっちり払っている。

何故にこんなに気疲れせねばならんのだ。休日の朝なのに。

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紙コップのコーヒーを手に戻ると、彼女はまた車のまわりを掘っていた。

……いらない穴を増やすな。今度はその穴に他の車がはまる。

「まず、これ飲んで。いくら掘ってもダメなんだって」

レッカー会社に知り合いはいないので、カーディーラーに勤める妹のダンナさんに電話をかける。どこか紹介してくれないだろうか。

この時点で、朝の8時半。妹のダンナさんも、迷惑な話である。

彼もとてもいい人で、私が車は全く得意でないのは知っているので、話を聞いてくれて、「車何?」「軽」というやりとりのあと、「引っ張れるな。行きますかー」と言ってくれた。

彼が来てくれるなら、もう安心である。しかし、マジで申し訳ない。私かダンナの車ならともかく、全く知らない赤の他人のために。

義弟を待っている間に、雪かきをする。こんな時間に本来の仕事でないことで呼び出すのだ。やはり、外で待つのがせめてもの礼儀だろう。彼女が「本当にご迷惑をおかけして……」と言うのに、「ほんとにな」と返したい気分になっていた。

彼女が雪かきを手伝うと言うので、遠慮なく手伝ってもらった。よそのお宅の雪かきはお返しするように注意して、我が家の雪かきを使わせる。自分の給与に関すること以外で頭を使うことと身体を使うことは、基本タダだ。彼女は、この現状を打開するのに全く頭を使っていない。しかもお金も使いたくない(だから、自分ではどうにも出来ないのに、JAFもレッカーも呼ばないのだ)ので、身体は使うべきだ。私は、(個人的な都合もあるが)知恵と人脈を提供している。これが終わったら、近々、義弟にお礼のビールでも届けるつもりだ。これは彼の売り上げにも何にもならないのに、私が助けを乞うたから来てくれるのだ。つまりお金も使う。雪かきくらいしてもらってもいいはずだ。

……なんでこんなことしてるんだろう……。

親しい人のためでもないのにバカバカしくなったが、もうここまでやったし、目の前で困っている人を放っておくのもストレスがたまるし、苦情がくるのも困る。

理由はいくらでも思いつくが、イマイチ釈然としない。

……あの男のせいだよな……。

敬愛する欽也先生の「親切する方が勝ち」を自分に言い聞かせる。人に優しく出来ることが、「運のいい」ことなのだと先日のインスタライブで欽也先生は言っていた。

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ここで頑張れなければ、私は自分の運の良さを認められなくなる……!

雪かきの途中で、二階のご主人が戻ってきて「大丈夫ですか?」と声をかけてくれる。「車屋さんが来てくれることになったので、大丈夫です」と答えた。

ほら。赤の他人がこんなに優しいよ? アナタの彼氏って、何?

我慢出来なくなった。これくらいは、言ってもいいだろう。

「あのさー、彼氏さあ、ここに住んで何年か経つけど、どんなに大雪でも一度も雪かきしたこともないよ。だから、よそのお宅の雪かき無断で借りることになったよね? どこのお宅のものかもわからないのに、壊したら、どうやって弁償するの? 車ないから駐車場の雪かきは関係ないかも知れないけど、挨拶もしないし、誰のことも助けないから、こういう時に助けてもらえないの、わかる?」

知らないアナタだから声をかけましたが、彼ならば、私は絶対に助けません。

「……JAF、入るべきですかねえ」

「頼れる人がいないなら、それくらいは自己責任だよね」

JAFの話してねえよ。


……義弟が来て、あっという間に牽引は終わった。「カーディーラーなので、何かの時には使ってあげてください」と紹介すると、「名刺いただけますか?」と彼女は言う。……普通の応対もできるひとなんだよなあ……。

しかし、「あっ。スーツのジャケット脱いできたから、名刺ない」と言う義弟。頼むぜ、セールス。まあ、君のそういうところが好きだ。ジャケットは動きにくいから、脱いで防寒のブルゾンを着たのだろう。そして、ジャケット脱ぐような労働を頼んだのは私だ。すまん。そのうち、君の名刺ばら撒いておくから、20枚くらいくれ。

そして義弟は立ち去り、途中から、遅く起きた子供も雪かきに加わり、あらかたの雪を積み上げて彼女も帰った。

「後で、お礼に伺いますので」

「あ、いいです。雪かき手伝ってもらったので」

アナタのおかげで、予想の半分くらいの時間で雪かきできたので、けっこう助かりました。

彼女が帰ったあと、彼女があけていった穴のまわりをなだからにするのに、とても苦労した。穴を残したままでは、今度はうちのダンナか二階のお姉さんがハマる。

全部終わったときには、昼を回っていた。朝食も食べてなければ、お茶も飲んでない。人にコーヒーは淹れたのに。

それでもまずは、お風呂に入りたい。冷えたんだか、汗かいたんだか、もうよくわからない。……温泉行きたいなあ……。くそう。コロナめ。


夕方から、腕が上がらなくなった。原因は決まっている。

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夜、インターフォンが鳴り、本当に彼女がやってきた。

お礼いらないって言ったのに。

「本当に助かりました。ありがとうございました」

「どういたしまして。今後は不用意にあんなところに入らないようにね」

お菓子の袋をふたつ差し出され、「いやー、気を使わないでいいのに」と言ったが、「さらにお手数かけて申し訳ないんですが、義弟さんにも……」と言われると、断れない。義弟は、お礼を受け取ってしかるべきだ。実働したのは彼である。彼ひとりで、全て解決できたのだ。彼女もひっこめるわけにはいかないだろうし、お届けのお駄賃だと思っておくか。腕も上がらないしな。

ところで、訪ねてきたのは彼女ひとりだった。仕事の都合とか色々あるかも知れないが、彼氏も一緒に来るべきじゃないかなあと思った。隣の部屋に住んでるんですし。喋らなくても、隣に立ってたらいいんじゃないですかね。彼女のアパートで彼女がハマったんなら、彼女1人でいいでしょうが。

オレには責任ないってか。もう二度と彼女の車に乗せてもらうなよ。


……腕が上がらず、包丁が持てないので、夕食は別居中のダンナが作った。

車がハマった一部始終を話すと、「なんで、アイツ(彼氏。礼儀がなってないので、ダンナは大変嫌っている)のために、そんなにしてやる必要あったの?」と、不快感をあらわにしていた。

言っていることはわかるし、私もイラっと来ている。しかし、彼氏のためでは断じてない。縁者を助けたことにはなるが、ヤツも少しもありがたいとは感じてないだろう。

それに。

「アンタと二階のお姉さんが、車から雪落としてそのままにしていったところにハマったんだよ。ちなみに、二階のお姉さんは、出勤時にハマりこんで、なんとか抜けたけど、穴はそのままにして出勤したって白状したけど。……うちのせいでもあるよね?

で、事故処理全部して、穴の処置して、この状態なわけなんですけど何か?」

と言ったら、黙った。

「帰ってきたらやろうと思ってたんだけど」

ふざけんな。おそいわ。

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本日、預かったお菓子と金色に輝くエビスビール(せっかくなので、五黄土気をお届けしようと思った)を妹宅に届けたところ、「お姉ちゃんの車ならともかく、知らない人の車の牽引に、うちのダンナさんが巻きこまれた意味がわからん」と言われた。

「それは悪かったと思っておりますので、こちら、お納めください」

私が自分の出来る範囲内で助けられれば問題なかったのだけれど、自分の力量以上のことだったので、他の方の力を頼むことになった。人助けも、程度を考えないといけないなあと、少し反省している。

自分が出来る範囲が、人助けの適正だろう。

結局私がしたことと言えば、電話を二本かけただけ。自分は何にもしていない。雪かきは、車がハマらなくてもしなければいけないことだったし。義弟を働かせて、雪かき人員を得たという話だ。

……お菓子もらっちゃったけど、彼女、二階のご主人にお礼に行ったかなあ……。二階のご主人の方が、車押したりして、よっぽど働いたと思うんだよね……。車は動かなかったけど。

色々複雑な心境。

隣部屋の彼氏は、昨日の今日も変わらず元気である。今朝もデカいくしゃみが聞こえた。

存在感じるたびに腹立つから、退去してくんないかな。


とりあえずは、自分にこの言葉を送ろうと思う。

施せし情は人の為ならず おのがこゝろの慰めと知れ 我れ人にかけし恵は忘れても ひとの恩をば長く忘るな

新渡戸稲造先生、ありがとうございます。





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