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TO DO LIST

「お前、最近何かドラえもんみたいだな。」
「はぁ??」
少々酔いが回った同僚からの突然のドラえもんに、何とも間抜けな声が出た。
「今日のあれだって急ぎじゃあなかったのに、もうできてたろ。」
「あぁ、あれな。」
多分、上司から週明けでいい見積もりが、急遽必要になったと言われた。しかしそれがすでに仕上がってた時の話だ。
「いや、元々要領がいいとは思ってたけど、最近拍車がかかってる。」
「偶然、続いてるだけ。ドラえもんになれるならなりてぇよ。」

とは言いつつも、偶然ではない。

事の始まりは、スマホに入れた覚えのないアプリがあった。
一見、普通のTO DO LISTなのだが書き込まなくても何故か必要な事、やろうと思っている事がリストアップされている。
しかも優先順位に並んでいるから、これを確認すれば急な変更も対応できる。
さらに、リストのタイトルを人の名前を入れれば、そいつの予定も丸わかりという、何とも奇妙なアプリだ。
初めこそ躊躇したが、使い始めてしまえば手放せない物になってしまった。

「ドラえもんになりたいとか贅沢。かわいい嫁さんと娘ちゃんがいて、さらに派遣の子ともメシ、、、」
「おい!」
思わず話を遮る。ここでこの話は不味い。
「何?今の話?」
そこには笑顔の姉貴がいた。ただ目は笑ってない。「あっお姉さん、相変わらずお綺麗で。料理も美味しいです。」
姉貴のファンを自称する同僚が嬉しそうに話す。
それを軽く流しつつ、こちらに睨みをきかせ
「浮気してんじゃないわよね。わかってる思うけど離婚したらあんたとは縁切るから。」
小声で言ってくる。
恐ろしい事にこれは実家の総意だ。
結婚の時、母親にいたっては
「まさか、あんたがまともなお嫁さんを選んでくるとは思わなかった。」
と言ったほど。俺への信頼は地に落ちてる。

「これ、持って帰って。」
会計の時に渡された袋には、食べ切れないほどのお惣菜が入ってる。
「お義兄さんいつもすいません。」
子供が産まれてから、定期的に俺を店に呼び出しては、こうやって嫁のために用意してくれてる。
「いやいや、杏奈ちゃんの感想がめちゃめちゃ参考になるのよ。」
義兄は人当たりが良く、できた人だ。
何故、あの姉と結婚したのか全くの謎だ。

「ただいま。これ、姉貴から。」
笑顔で出迎えくれた嫁にお惣菜が入った袋を差し出す。
「おかえり。わぁありがとう。お義姉さんの所の全部美味しいから嬉しい。」
中身を見ながらうきうきと冷蔵庫にしまいはじめた。
「ひなちゃんは?もう寝た?」
「今日はちょっと公園に行って遊んだからすんなり寝てくれたよ。お義姉さんにお礼の電話したいんだけど今、大丈夫かな?」
「大丈夫だと思うよ。」
適当に答えながら、ネクタイを外してソファに座った。いつの間にか入れてくれた水を一気に飲み干した。
杏奈は確かによく気が利く。
うちの家族に人気なのもわかるが、それにしても俺の扱いが酷過ぎる。
ドアの向こうから電話してる声が所々聞こえてきた。
「いつもありがとうございます。。。。はい。。、いえいえ。。。。えぇ!そんな事までは!大丈夫です。来週の水曜ですね。。。。わかりました。ありがとうございます。。。。おやすみなさい。」
電話を切って戻ってきた。
「どう?」
「丁度、空いてる時だったから色々しゃべっちゃた。」
水曜かわどうとか気になったが聞き耳を立ててた手前聞きにくい。
あぁそうだ。TO DO LISTを開いた。

『近藤杏奈』と打ち込む。

洗剤の詰替、おむつの補充、スーツを片付けるなどなど取るに足らない予定が出てきた。
あった、水曜の姉貴の店でお昼ご飯。
これか。その後も娘の定期検診や予防接種など予定が続く。

そして【   】

嫌な汗が流れ出す。

「どうしたの?なんか顔色悪くない?」
心配してくれるが話が入ってこない。
いや、まさかそんなはずは…
どうにか絞り出した言葉が
「やっ‥えっ と…いっ今、欲しい物かとないの?」
だった…そんな一言しか出てこない自分が酷く情けなかった。
「どうしたの急に?特にないかな。」
と笑顔だ。
でももう、その笑顔を素直に受け入れられない。

「なんか深刻な顔してない?ご飯行こう。」
先輩にそう昼飯に誘われた。
入社以来いつも何かと気にかけてくれる。
「先輩、旦那さんって育児どれくらい手伝ってくれてます?」
それとなく聞く。
「あーね。まぁうちは共働きだけど私の実家が近いからねぇ。保育園の呼び出しはお互い行ってるし、家の事は気が付いたほうがやる感じかな。奥さん働くの?」
「いや、そういうわけでは…でもその方がいいんですかね?」
「どうだろ?こればっかりは。とりあえず奥さんとちゃんと話し合うのが一番よ。して欲しい事やしたい事は人によって違うからね。あんまり参考にならなくてごめんね。」
「いえ。ありがとうございます。」
話し合いか…
とりあえずケーキでも買って話をしてみようか‥

「ただいま。今日あのケーキ屋さんの近くに行ったから買ってきた。」
「わぁ久しぶりだね。コーヒーでいい?」
そう言いなが嬉しそうにケーキを受け取った。
そんな姿を見ていたらあれは見間違いだったのか?と思ってしまい、再度確認した。
やはり間違いない。
「食べよう。」
とテーブルにはすでにコーヒーとケーキが並んでいた。
「どうした?あんまり食べたくなかったか?」
杏奈の分は半分切られてた。
「乳清炎とかなっちゃうから少しにしてるの。やっぱりここのケーキ美味しいね。」
嬉しそうな顔を見せてる。何をどうやって話を切り出していいかわからず、結局何も話せないまま食べ終えた。
花を買って帰ってみたり、娘のおもちゃを買って帰ってみたりするが中々話が切り出せない。
リストを確認しても変化はない。
ただただ時間だけが過ぎていった。

外回りをするには少し汗ばむ季節になってきた。
あぁそうか今日は姉貴の所へ昼飯を食べにいく日か。
ここから店は近い。
寄ってみるか。いや、聞いてないから突然行ったらおかしい。
行ったところでどうしょうもない。
それにしても暑い。コーヒーでも買って公園のベンチで休憩しよう。
ふらっと入った公園で驚いた。

嫁と娘を抱っこする知らない若い男。

いや、あり得ない。今日は姉貴の店で昼飯だろ。
どういう事だ。姉貴がこの男をあてがったのか。
俺が気に入らないかもしれないがいくらなんでも酷過ぎるだろ。
しかしこちらに来る姿を見て思わず隠れた。 
ベビーカーに娘を乗せ二人で仲良さそうに歩いて姉貴の店へ入って行った。

少しの間、離れた場所で姉貴の店を見てたら通りすがりの人から不審な目で見られはじめた。
流石に気まずくなり意を決して店に入った。

ガラッ。
そこには口いっぱい頬張ってリスみたいな顔した杏奈とキャラクター物のエプロンをして娘をあやしてるさっきの男がいた。
ア然としていると
「あんた、突然どうしたの?昼食べてく?」
「あぁ。食べてく。」
姉貴に促されて店の中に入った。
イマイチ状況が飲み込めない。と顔に出てたのか「こちらベビーシッターさん。知り合いがシッターの派遣の会社やってて、新人さんのモニター頼まれたのよ。杏奈ちゃん遠慮するから内緒にしてたのよ。」
「ごめんね。智也君が働いてる時間なのにお義姉さん甘えちゃって。」
申し訳無さそうにしていた。
「そんなの全然気にするな。ゆっくりしていきな。」
姉貴が少し離れた席に昼飯を用意してくれたのでそちらに座る。
「どうせあんたの事だから家では前と同じ生活してて何にも家事とかしてないんでしょ。機嫌取るのに花やらケーキら買って帰っても意味ないからね。」もう見てたのかと思うぐらい的確。
「自分の事は自分でしなさいよね。後、家事もちょっとやりなさい。初めての育児でしかも今は24時間きがぬけないんだから。後、これね。」
とシッターの案内チラシを渡された。

杏奈の姿を見ながらそういえば嬉しそうに食べてる姿を見て好きになったんだなぁとかでも最近、そんな姿を見てないと気が付いた。
一体、何を見てたんだろうと。

その日から杏奈のTO DO LISTを見ながら家事をするようにした。
段々リストを見なくても気が付いて出来るようになった。
それでも出来てない事もあるのでベビーシッターを頼んだりもした。そうやって慣れないながらも二人で子育てをした。

そしていつの間にか杏奈のTO DO LISTから

【自殺】の文字は消えていた。

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