登山「愛宕山参り」
京都市右京区の嵯峨で生まれ、25歳で京都を去るまで嵯峨で過ごしました。そんな嵯峨には愛宕山という山があり、嵯峨で生まれ育った子供達にとっては、愛宕山に育てられたと言っても過言ではありません。
小学校の遠足は愛宕山へ行き、中学校では2月の冬場にダッシュで愛宕山を登る「愛宕登山競走」というストイックな行事があり、高校生の時は暇やからとりあえず愛宕山へ行こうと登っていました。それぐらい、愛宕山は親しい存在です。
大人になった今、帰省で京都へ帰って来たので、もう一度愛宕山へチャレンジして来ました。今回は表参道ではなく「愛宕ケーブル廃線コース」といういわゆる裏ルートです。崩落や崖道などが多い危険コースですので、行かれる方は自己責任でよろしくお願いいたします。
①愛宕山ケーブル廃線跡
清滝の登山口を左に行けば表参道ですが、今回は右から登っていきます。何度も言いますが、裏ルートのため正規ルートではありません。子供の頃から登って来たのはもちろん表参道ですし、廃線ルートと言えば通の登山家か、心霊スポット目当てのヤンキーしか行かないイメージでした。
登山に関してはズブの素人ですので、実際にそういうものなのかは分かりませんが、坂道を登るよりも階段を登る方がキツく感じます。それこそケーブルカーの線路跡を歩くので、延々と階段が続きます。
そして当たり前ですが、周りに誰一人として他の登山客はいません。心細さはありましたが、それ以前に赤の他人があまり好きでないので、一人であることに心の安らぎを感じてしまいました。
ケーブルカー専用のトンネルを潜っていきます。1号トンネルから6号トンネルまであり、3号と5号は崩落しているので迂回が必要です。表参道と比べて急勾配ですので、人よりも運動神経がないことが祟ってかなり辛く、小休憩の回数が多いのでなかなか進みません。
また倒木も多く、草木をかわしながら進んでいきます。
3号トンネル、5号トンネルは構内が崩落しており通行できません。なので写真の右側のような道なき道から迂回していくしかありません。
どなたかが設けてくださったロープをつたって、目印を頼りに登って行きます。ありがたいことです。赤の他人が好きではないとか言っていてはいけません。その赤の他人のお陰でこうやって楽に、遭難することなく先に進むことができるのです。
自分に関わる人に対してだけでなく、顔も知らない他人の為にも行動するべきだということを、僕はもう少し知らなくてはいけません。
迂回路から5号トンネルへ戻ってきました。
再び線路跡を登って先へ進みます。
序盤は息を切らしながら休み休み登ってましたが、第5トンネルの迂回路で体が山に慣れたのか、それとも野生児の血が騒いだのかは分かりませんが、休みなくテンポ良く先へ進めるようになってきました。
自分のように知恵も体力もない人間は、気持ちの強さだけで知恵と体力を超えていくことが多々あります。大人としてあまり良いことではありません。
6号トンネルを抜ければ愛宕山頂駅まであと少しとのことですが、写真のような場所は足を踏み外すと崖下へ真っ逆さまです。雨が降っていれば転落していたかもしれません。午後から雨が降るそうなので、危ないところでした。
ケーブル廃線ルートはここで終わりです。廃墟を巡ることはほとんどないですが、そこにかつて何があったのか、そしてなぜ廃墟となったのか、そのあたりを知り、物には必ず終わりが来ると思うと儚い気持ちになりますね。
愛宕ケーブルは昭和4年に開業され、当時は愛宕神社の参拝客の他にも愛宕遊園地への行楽客の足として非常に栄えていたそうです。
世界恐慌と、第二次世界大戦のための金属回収によって昭和19年に廃線となり今に至ります。当時はこの駅舎のレストランでカレーライスやタンシチューが人気だったそうです。
②愛宕神社
愛宕駅跡から少し歩くと、水尾岐れ付近で表参道と合流します。表参道に出るとゴールデンウィークも相まって登山客が多くなります。
表参道は正規ルートなので、道が整備されており非常に歩きやすいです。山頂の愛宕神社が近く、お地蔵さんが道脇に大勢いらっしゃいます。一体一体に手を合わせて進んでいると子供に抜かされました。
いよいよ愛宕神社です。
高校生の頃までは愛宕神社や愛宕信仰のことを何も知らないクソガキでしたので、登り終わって「あーしんど」とか言ってすぐに下山していました。今回はもう大人ですので、愛宕神社にお参りする為に本殿へ進んでいきます。
京都愛宕神社は日本全国に900社ある愛宕神社の総本社です。火除け祈願として知られ、「火迺要慎(ひのようじん)と書かれたお札を台所などで見たことがある人は京都人なら多いのではないでしょうか。
また明智光秀が本能寺の変の直前に、「時は今 あめが下しる 五月哉」と織田信長を討つ決意を秘めた歌を詠んだ場所としても知られています。
③月輪寺
愛宕神社境内から表参道の逆側へ降りると、月輪寺を経由して清滝へ降りるルートがあります。今日の一番の目的は、月輪寺のご住職をされている横田さんという尼さんにお会いすることなので、月輪寺を目指して下山します。
京都市内が一望できます。
こう見るとほんとに盆地やなあと思います。この前日、「帰って来る度に、京都の暑さはムカつきますよね」と言う話を飲みに行った先輩としていましたが、その理由は盆地に湿度がたまるからだそうです。そんな京都が大好きです。
5年ほど前に浄土宗の法然上人二十五霊場を参拝し、御朱印をいただいて回っていたことがありました。その際にお話を聞かせていただき、御朱印を書いてくださった方が月輪寺のご住職の横田さんという尼さんでした。
今年で77歳になられますが、お元気に山奥でお寺を守り続けておられ、今回も優しい言葉で月輪寺と法然上人、親鸞聖人のエピソードや、境内のシャクナゲについてお話いただきました。何よりお元気に過ごしておられたので安心いたしました。ただ5年前なので当然ですが、僕のことは忘れておられました。
そんな月輪寺の境内には6匹の鹿が住んでいます。テリトリーには厳しいそうで、「ん? なんや?」って顔で見られました。
月輪寺から30分ほど下ると、月輪寺の登山口へ辿り着きます。5年前に月輪寺へ来た時はここから登ったので、今回は逆ルートです。
更に20分ほど舗装された道を歩くと清滝へ戻って来ました。ゴールデンウィークで川遊びをする方が多かったです。高校生の頃、ヤンキーみたいな知人に、ロープをつけてここから飛び降りた武勇伝をよく聞かされましたが、水が浅く危険なので絶対にやめてください。
登山口から10分ほど歩くとバスに乗れます。
嵐山は観光客でごった返しているので近付きたくもありませんが、稀にここまでバスで来られる外国人観光客は通な方なんやなと嬉しくなります。
④愛宕山のすすめ
嵯峨は渡月橋、天龍寺、二尊院、野宮竹林、保津川など見所が多く、故に観光客で溢れかえっていますが、愛宕山にまで来る方は少ないようです。ただ寺にしても橋にしても、また愛宕山にしても、本当に価値を知った上で訪れているのかどうかは気になるところです。
楽しみ方は人それぞれですので、どんな楽しみ方をしようが別に構わないとは思いますが、価値を知らない人間が上の写真の看板のような行いをするのでしょう。
僕自身も物の価値が分かるほどの知識はありませんし、そもそも京都を出て7年になるので、今の僕は名古屋市民ですので京都市民でも何でもないので偉そうに言えません。
ただ生まれ育った場所はいつまでもキレイな思い出のままあり続けて欲しいと思います。
最後に。
下山したその足で向かった先は四条天神川の新福菜館です。
子供の頃から通い続け、帰省した時は必ず寄る新福菜館というラーメン屋です。味が濃くて本当に好きなラーメンです。
登山で消費したカロリーはちゃんと帳尻を合わしておきました。
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