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五条悟と呪術廻戦

五条悟は諦観の人。作者はそう五条を評した。
諦観の人。彼はすべての物事を楽しむ天才だが、それはどこか他人事として鑑賞しているからこその結果だろう。
だからといって、どうでもいいというわけではない。
ただ、世界は醜く変わらないと絶望しながらも、きっといつか変わるだろうと希望を捨てていない人なんだと思う。
彼は生まれた時から最強だった。
そんな彼を語るうえで欠かせない人物。夏油傑。

彼もまた、魅力的な人物だ。
夏油傑。非術師の家庭に生まれながらもその恵まれた体格、術式、持ち前の努力家でまじめな性格をすべて掛け合わせることで良い意味でも悪い意味でも特級の名を冠することとなった人物だ。
御三家に生まれた五条にとって夏油は最初で最後の親友だったのだろうと思う。同級生、ライバル、悪友、仲間、戦友、、、。
”親友”と一言では言い表せない関係性の二人だ。
いや、それらをすべてひっくるめてこそ”親友”なのかもしれない。

五条は夏油を心から信頼していただろう。
「大丈夫でしょ、俺たち最強だし。」
「それにお前もいる。」
この二つのセリフをとってもそれは明らかだ。
おそらく二人とも頑固で譲らない性格だから、意見の違いで対立することも多々あったはずである。性格も価値観も合わないけれど、隣で過ごすならお前がいい。と言った感じか。きっと波長のあう二人だったのだろう。

そんな二人にも別れの瞬間がくる。
夏油の離反だ。
夏油は真面目すぎた、とよく評される。
たしかに夏油は真面目すぎた。それはその通りだと思う。
しかし、それだけではない。
夏油は、人に希望を抱きすぎていたのだと思う。
きっと、夏油は性善説を提唱し、五条は性悪説を提唱するだろう。
そんな二人だ。
良い意味でも悪い意味でも人に希望を抱き、非術師に対し自らの術師としての存在意義を見出していた夏油だ。
きっかけとなった星漿体暗殺。
あのとき夏油はどんな思いだったのだろうか。
こういった人間の絶望を描くのが下々先生はとてもうまいと思う。

誰しもあるだろう。
信頼していた人に裏切られた。
あれ以来、人を信用できないでいる。
なのに、信用してはいけないと思っているのに、
いつの間にか無意識に手を差し伸べてしまっている。
そんな経験があるのではないだろうか。
きっと、五条もそうなのだろう。

夏油の離反は、五条にとっては裏切りに値すると私は思う。
ずっと一緒に隣で過ごした親友が、いきなり学校をやめると言い出した。
それも自主退学ではない。退学処分を食らったのだ。
きっかけは大罪を犯してしまったこと。
親友の犯罪の理由には、”人を守るため”という理由があった。
何も言わずに去ろうとする彼の場所を探し出し、彼のことを最大限に理解しようと決めて会いに行く。
そんなときに、
「僕は君がうらやましかった。
君ならこんな手段を使わなくてもできたかもしれないね、
どうせ君にはわからないさ。僕と君とは他人だ。
価値観も何もかも違う。分かり合えるわけがない。
理解しようなんて傲慢だ。」
と突き放されたらどうだろうか。
一番信頼していた人物に、だ。
自分の最大の理解者である彼の、最大の理解者でありたいと願っていた矢先に。
そんなことを言われてしまったならもうどうしようもないだろう。
ずっとそんなことを思っていたのか?とこれまでの全ての日々を疑ってしまうだろう。
どうして彼が道を踏み外す前に助けることができなかったのだろう、と
そんな風に悔やむのだろうと思う。。

そして、未来に目を向ける。
同じ思いをする人がいないように、一番近くで助けられるように。
そのためにはきっと教師になることが一番だ。
未来ある純粋な若者が、悪意ある人間につぶされないように。
もう誰も同じ想いをしてほしくない。
だから教育を選ぶ。
そんな強さを持っているのが五条悟だ。
まずは目の前の救える者から救っていく。
その第一歩が伏黒恵だったのだろう。

「強くなってよ、僕に置いていかれないくらい」
初対面の恵に対して彼が贈った言葉だ。
この言葉には二つの意味があると思う。
一つは言葉の通り、恵に強い術師になってほしいというもの。
もう一つは、未来に希望を託すような、祈りのような想いだろう。

先日、私の高校時代の恩師に子供が生まれた。
もう一年経つ。あらためて時の流れは速い。
恩師から子供が生まれると聞いたとき、私は「未来が生まれてくるんだ」と思った。
そして、どうかこの子が純粋なまま、希望を捨てない人であってほしいと願ってしまった。顔もまだ見たことのない子に、だ。
そんな感覚を五条も抱いていたのではないだろうか。

15歳になった恵に彼はこう言った。
「死ぬときはひとりだよ、恵。」
この言葉と合わせると、先ほどの言葉に込められた想いはきっと、
”人はいつか離れていく。僕もきっとずっと一緒にはいられない。”
”そばで君をあらゆる悪意から守りたいけれどそうもいかないだろう”
”そんなときに君が流されることなく、強く立っていられるように”
”いつかできる未来の仲間たちを君の手で守ることができるように”
強くなってほしい。という意味だったのではないだろうか。
五条本人についてきてほしい、という思いではなく
彼のことを守りたい、という願いがあったのではないだろうか。
そうした悪意から自分の身を守るために、
このどうしようもなくクソみたいな世界でそれでも自分を見失わずに生きていくために、
目指す強さは生半可であってほしくない。
だから”僕に”置いていかれないくらいという言葉を付けたのだろうと思う。
特級クラスの僕に並ぶくらい、強くなってよ。
と。

人を守れなかった弱さ、人を守りたいと願う強さ、そして、自分が最強だという自負。
このような多面性こそが五条悟の魅力だと思う。

生き物としての線引きがあった、と彼は言う。
花に自分を理解してもらいたいとは思わないだろう、と彼は言った。
それはきっと、彼の心にある絶望と希望の表れだ。
自分と他人は違う。
人の背負うものの重さなんて分からないし、人の考えていることなんてわからない。ましてや彼は最強、だ。格が違う。
彼は理解されることを願っていない。
自分が救われることよりも、自分を理解してくれることよりも、
彼らが自分と同じ思いをしないように、育て守ることを願った。
自分自身の力で大切なものを守れるように、強くなることを教えた。
”最強”自らが、忙しい任務の合間をぬって直々に伝授した。
それがきっと、生徒にとって一番の近道であり、
教師にとっても近くで見守ることのできる最善の方法だったのだろう。

「置いていかれた、追いつかなきゃ。」
これは、大切な未来を守るために、
自分を犠牲にして手段を厭わず大義を貫いた夏油を思い描いたものだろう。

渋谷事変後の世界は人の悪意で溢れていた。
きっと五条は、夏油の離反からずっと、かつて親友をつぶした人間の”悪意”に対して人一倍嫌悪感を抱いていただろうと思う。
夏油の離反のきっかけとなったのは非術師の悪意で、
夏油自身は非術師のみに憎悪の感情を向けた。
それは前述したように、きっと彼が人間に対する希望を捨てきれなかった結果なのだろうと思う。非術師は猿だ、けど術師は違う、と。
これもまた彼の特徴である偏った思想の現れだろう。
けれど五条はどうだろうか。
五条はきっと、”非術師”の悪意だけでなく、術師も含めた”人間の悪意”が嫌いだったのではないだろうか。
だから、上層部の悪意に満ちた姑息なやり方が嫌いだったし、
「いっそのこと上の連中を皆殺しにしてしまおうか」
という発言もあったのではないだろうか。
それでも彼は力ではなく、態度での変革を目指した。
彼はとても理性的な人間だと思う。
そしてその理性の根源には、冒頭で述べた諦観の念があるのではないか。

諦観。「物事の本質を見極めること」
「悟り諦めるという姿勢をもって物事と向き合うこと」

夏油の離反で人は所詮他人であり、救うことはできないことを知った。
そして、人は所詮傲慢で自己中心的であり、自らの欲望のためならば人を犠牲にすることも厭わない人間であるということも知った。
人間はクソだ、世界はクソだ、正直者がバカを見る世界だ。
だけど、そんな正直者が報われる世界であってほしい。
そんな世界を作りたい。
どこかで理不尽に傷つけられる人がいたならば、そばで見守り、世界は広いことを伝えたい。
もう誰も、ひとりにさせない。
そんな強さを持った五条悟が私はとても大好きだ。
尊敬する。目指す指針でありたい。

彼が願ったように、彼の咲かせた花が今、仲間を守り救うために戦っている。誰一人としてひとりで戦う者がいない。
みな、同じ方向を目指し、互いに支え合い助け合いながら戦っている。
もうきっと思い残すことはないだろう。
空港で七海は言った。
「そんな後ろ向きな私が未来に託すことを選んだ」と。
その言葉を聞いた瞬間に、五条は自分ひとりで頑張らなくていいことを悟ったのではないだろうか。全力で戦えたことに対する後悔はなかったけれど、口に出さないだけで残してきた生徒たちのことはきっと気がかりだったと思う。未来を守るために教師になった彼だ。
けれど、もう守る対象だった”未来”は託す相手になっている。
自分の役割は全うしたのだと、そう安心できたのではないだろうか。

五条悟は教師だ。
生徒は生徒であり、それ以上でもそれ以下でもない。
プライベートで旧友に会ったらボロが出る。
26巻の空港は、それと一緒のことだろう。
ましてやたった一人の親友だ。
もう二度と会えないと思っていた親友と、
今度は苦しむ原因のない世界で笑い合える。
彼も一人の人間だ。
人間としての普通の幸せを願い、叶えば喜ぶことは当たり前の感情だ。

呪術廻戦という作品が私は本当に大好きだ。
人間の醜悪に毅然とした態度で立ち向かっていく呪術師の姿が大好きだ。
世界に希望を抱いたまま人のために自分のできることを精一杯頑張りたいと願った乙骨、虎杖、灰原。
悪意に傷つけられた過去を持ちながら、もう誰にも同じ経験をしてほしくないと願い戦った七海、五条。
誰にも縛られないことを強く願い、自分で自分を認められるよう強くなることを願った真希、伏黒、釘崎。
本当に強くて優しくてまっすぐで、
彼らの姿にはいつだって勇気をもらえる。

社会で生きていくのはしんどいことばかりだ。
常に人と関わり生きていかなければならない世の中で。
子供のように純粋で優しく思いやりを持ち続けることなんて不可能だ。
どこかで自分を曲げなければならない。
大切なものを守るために、自分を捨てなければならない。
それが大人になるということで、そんな強さをもっていることが大人だ。
きっと失ったものの多さに立ち止まり嘆くこともあるだろう。
落としてきたものの重大さを思い出し、過去に縛られることもあるだろう。
前を向いて生きていく、なんてことは簡単ではないけれど、
今この瞬間も生まれてくる未来のために
今自分ができる精一杯のことをやって、
どうか傷つけられることのないようにと願いながら、
強くなるために努力する。
今を生きる大人に響く物語、それが呪術廻戦なんだと思う。


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