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【第8回インタビュー】至誠一貫。ID24(3年): 袴田知優。

こんにちは。Humans of ICUFCです。
今回はHumans of ICUFC運営メンバーでもあるID24(3年):袴田知優にインタビューを行いました。

人物紹介

袴田知優(はかまたちひろ)。
ID24、マネージャーとして一年次から活動中。

屈託ない笑顔と明るさ、それに真面目さを持ち合わせ、まさにICUFCの「オン/オフの切り替え」の象徴となる存在。タイにルーツを持つ彼女のおおらかな存在はチームでも際立っており、誰からも信頼の厚いマネージャーである。

食・農に関わる団体やICUのカレッジアパレルを制作・販売する団体など、ICUFCの他にも様々な活動をしている。その多忙さもあり一時は休部していたが、チームへの愛ゆえに復帰。現在もICUFCで活動を続けている。

様々なことに興味を持つ、行動力豊かな彼女の価値観に迫っていく。

インタビュー

「すぐ緊張しちゃう」少女時代

  • では、よろしくお願いします!

最初に今までの経験をざっくりお願いしてもいい?

袴田:2001年の12月25日に栃木県で生まれて、小学4年までずっと宇都宮に住んでました。
小さい頃はめちゃめちゃ人見知りで、すぐ緊張しちゃう子で…(笑)あと超ママっ子でした。

習い事を色々してて、体操教室、水泳、バドミントン、茶道、親がやってた人形劇も一緒にちょっとやってました。

で、小学校5年になるタイミングで親の転勤でタイに行って。タイってどこ?って状態で行ったけど今の自分に本当に活きているし、自分の人生の基盤になるような場所でした。

小、中学校は日本人学校に通ってました。中学1年生の時にニュージーランドに1ヶ月だけ留学したんですけど、そこで初めて異文化、言語の壁を感じました。タイって本当に親日国なので、海外にいるって感覚がどうしても無くて。かなり大変でした。

その後はせっかく海外にいるならインターに行こうかなって思って、中3の途中にインターに移りました。で、高2の夏まで通ってましたね。全然英語は喋れなかったんですけど(笑)

日本への帰国が決まって、高校は宮城の学校に編入しました。本当は実家のある栃木に帰る予定だったんだけど、せっかくインターにいたのにそれを活かせないのもな…と思って。
タイでの知り合いの人に(宮城の高校を)紹介してもらって、そこに決めた感じですね。
留学生の受け入れを積極的に行っていた高校で、寮長をやったりYWCAで活動したりと色々な経験ができました。

大学は迷った末にICUに決めました。(受験に関して)タイの学校と日本の学校ではカリキュラムが全く違うこともあって一般受験は断念したんですよね。
結局指定校で入ったんですけど、評定を取るしかないって追い込まれてたから勉強はめちゃくちゃ頑張りましたね。で、無事にICUに入学できたって感じです。

  • ありがとう。
    昔の人見知りしちゃうっていう性格はタイに行って段々直っていったって感じなの?

袴田:いや、小学校の時から段々直りつつはあったかも。習い事や劇とかで人と触れ合うことが増えたからですかね。それで変わっていったのかなと思います。

逆に小学校4年で辞めちゃう時はアルバムに「卒業式の練習でちゃんと怒ってくれてありがとう」って書かれてました(笑)

  • 昔からしっかり者?(笑)

袴田:多分親の影響が強いかなと思います。特にお父さんは怖めの人だったので(笑)

大掃除してる時にたまごっちが死んじゃいそうで、姉が庇っていじってたら2人とも怒られて、取り上げられて結局(たまごっちが)死んじゃうっていう。
小学校3年くらいの時に山をマウンテンバイクで登らされて、みたいなこともありました。鬼でした(笑)

現在の基盤が出来た『SAWAN』での活動

  • 今までの活動で一番自分に影響があったのはどんなことだった?

袴田:『SAWAN』っていうタイでの植林キャンプ活動だと思います。
4泊5日くらいでタイの田舎、ピタック島やスリンなどに行って、実際に植林活動したり、環境問題について学んだり、異文化理解学習として現地の子どもと遊んだりする活動です。

多分今までで19回参加してるんですけど、学校で学べないような世界を実際に学べるっていうことが今の自分に本当に繋がっています。

やっぱり、向こうでの生活が自分の普段と違いすぎて。シャワーも無くて雨水を貯めて浴びたり。環境学習でもいかに自然が大切かっていうこと。ほかにも、エビを育てるためだけに人工でマングローブを育てなければならないこと。それがどれだけ大変かってことも学びました。

後は、自分がどんなことを考えていて、どう動くかっていうのをその時から考え始めるようになりました。100人くらいいたなかでどんなに人見知りでも緊張してても皆の前で自分の考えを話さなきゃいけなくて。

人前で話すことだったり、無理だと思ってもやってみたりっていうその経験は本当に今の自分を作っていると思います。

  • 入部した時からしっかり者だって思ってたけど、SAWANでの活動が大きかったんだね。

袴田:そうですね。
SAWANがなかったらそもそもICUに入ってないと思います。

元々絶対に自分では一歩を踏み出せない人だったけど、SAWANに行ってからは徐々に変わっていきましたね。

様々なことに興味を持ち、動き続ける今

  • ここからは今の話をしたいと思います。
    今はどんなことをしてる?ざっくりと教えて欲しい!

袴田:まずは『すきま』の活動。都民農園のアシスタントとか、食について触れる機会を増やすイベントの開催をしてます。
他には『ICU Apparel』。カレッジパーカーやスウェットを作って、コロナ禍でも学生同士の繋がりを作るっていうのをミッションとしてやってます。
あとはICUFC。がむしゃらにできることを見つけてやって、見つけてやって、の繰り返しです。
他にもスタバでのバイトとか、さっき言ったSAWANに行ったり、こないだまではACEF(アジアキリスト教教育基金)で活動してました。

  • 趣味とかは?(笑)

袴田:(笑)
モノづくりが好きですかね。すきまでの染め物とか、野菜作りもそうですね。手先を使うことが好きなんだと思います。
最近はマクラメに挑戦したいなと思ったり…

  • ありがとう(笑)
    最近した活動だと、何が一番印象的だった?

袴田:全部楽しいし、そう言われると難しいですけど…今年の7月に訪問した『虹の学校』ですね。

虹の学校は、タイの山岳地帯の国籍を持たない子どもたちに生活や教育の支援を行う活動なんですけど、やっぱり自分にない価値観や考え方を感じることが楽しくて、そういう人たちと一緒にいることで凄い原動力になるし…

実際に目で見て、感じることがあって、それをどう活かすかって考えたり、子どもに触れるなかで「こんなに純粋な心を持っているんだ」って感じて、それを先生たちと話したり…
とにかく平和な世の中になって欲しいって考えながら活動してる時が一番楽しいかな。

後はとにかく、人と話すことが楽しいです。
自分の知らない世界が皆の中で繰り広げられてて、それを知ることによって自分の世界観も広がって、驚きがたくさん。

  • そう。色んなことに興味を持って、実際にやって…っていうのが知優は凄いんだよね。
    何か大事にしていることがある?考え方とか。

袴田:多分自然とそうなっているけど…(笑)

でも、フィルターを何に対しても掛けていないっていうのはあります!
興味がある!やってみたい!っていう冒険心は自分にはあるんですね。多分そのきっかけもSAWANがくれたものだけど。

勿論、好きじゃないこともたくさんあるんですよ(笑)
でも一回やってみて、好きじゃなかったら辞めようって思ってるんで、とにかくかじって、面白いって思って続けることもあれば、そうじゃないことも。

ICUFCへの特別な想い

  • ここからはICUFCの話を。
    最初に入ったきっかけは何だった?

袴田:最初はシンプルにマネージャーに興味があって。野球部とも迷ってたんですけど、なかなかそっちとは予定が合わなかったんですよね。

でICUFCの練習に行ってみて、やっぱり凄くフレンドリーだったのと、練習終わりに「ちひろちゃんまたね!」って言ってくれた人がいて。遠かったから誰かはわからないんですけど…でもディランさん(ID22、ディランクロフォード大知)だったような…(笑)

それもあって凄く雰囲気がいいなって感じて。それが印象深かったですね。

  • さすが(笑)
    入ってからはどんなチームだなって感じた?

袴田:まずはやっぱり、オンオフが上手いチームだなと。
練習の時はパッと切り替えて本当に熱心に取り組んで、終わったら「あ〜〜」って動物園に戻るみたいな(笑)

後は、前のブログでも書いたんですけど、常に選手が感謝してくれるっていうこと。
やっぱりどうしても普通はマネージャーと選手の立ち位置の違い、距離感ってあるじゃないですか。でも、ICUFCはマネもフラットな部員の一部って感じることが多くて。

日々伝えてくれる感謝もそうですけど、試合に出る選手が、マネや出れない選手、スタッフの分まで背負って戦ってくれるところだったり、それをそもそも(背負って戦わなければいけないと)言語化できる人がいる所だったり。

後はまあ、楽しいですね。シンプルに!

  • そこは本当にお互い様だね、ありがとう。

知優は以前に休部もして、今も練習や試合に来れる日は限られてるけど、それでもICUFCの一員でいてくれてる理由って何かある?

袴田:忙しくて練習に行けなくても、少しでも貢献したいっていうのは常に考えていたのと…後はとにかく大好きだから辞めたくなかったんです。

正直、めちゃくちゃ悩んでました。辞めようかな、休部しようかなとか。
それも、やるなら100パーでやりたいっていうのはずっと考えてたから。本当に中途半端なのが嫌いで。そこで一旦休部してしっかり考えようって思って実際に休部しました。

休部中、自分の本当にやりたいことは何なんだろうっていうのを考え出した時に、やっぱり、めちゃくちゃサッカー部も好きだったんですよ。好きだし、大事だし、もうずっと一緒にいたいって。

でもそれだけだと心が不安になっちゃうんですよね。他にもやりたいことはあるし、それをしないと悔いが残っちゃうんじゃないかって考えたり。

そんな中途半端な気持ちだったら絶対辞めた方がいいって思ったし、こんなに自分は練習にいけないのに、頑張ってる選手やマネージャーはいるし、そんな前で働けない、自分要らなくねって思っちゃったんですよ。

でもそれを相談した時に、「知優は場の雰囲気を作ってくれるし、オンオフの切り替えが上手いからチームに必要だ」って言ってくれて。その言葉に救われたっていうのはすごくあります。懐かしいですね(笑)

そこまで言ってくれるんだったら、少しでも貢献したいっていう気持ちはあったし、とにかく辞めたくはなかったので、戻ることにしました。

  • それでも貢献したいと思えるのってどんな所?

袴田:とにかく活力をもらえるんです。ワイワイしてる時も、練習中も。

ICUFCの皆の言葉って本当にパワーがあって。試合中でも、どんなに一杯一杯でも他人のために声をかけて、それを皆で皆に伝染させられる。そういう言葉を大事にできるチームって本当に凄い。胸が熱くなります。

楽しく、心豊かな生活を送るために

  • ありがとう。
    最後だけど、最近はどんなこと考えて生活してる?(笑)

袴田:難しい(笑)
楽しく、心豊かな生活をしたいと思ってますかね。

これふざけてると思われるかもしれないけど、私にとって心の豊かさって本当に大事だなって感じていて。
前まではパンパンにスケジュールを詰め込む人だったんですよ。でもキャパを超えちゃうことも何度かあって。練習も、バイトも、他にもやりたいことが沢山あって、でも自分のできる範囲とそれが比例しなくて熱を出しちゃうっていう日々が続いてしまってました。

で、しっかりと生活に優先順位をつけて、スケジュールをコントロールするようになりました。時間的にゆとりを持つようにして、心に余裕を持てるように。

考え方もポジティブになりました。前までは友達に言われるくらいネガティブな人だったんですけど、余裕ができることで全てのことを捉え直して、ポジティブにいられるように変化しましたね。

  • なるほど。その『豊かさ』は、ポジティブでいられるような環境ってこと?

袴田:そうですね。

…後は自然に触れること!
今の家もジャングルにしたいと思ってて(笑)

散歩も好きで、昭和記念公園はおすすめです。

  • ありがとう。最後に言っておきたいこと、ある?

袴田:インタビューされる側としてちゃんと答えられたかわからないんですけど、緊張もしてしまってすみません(笑)

こうして私自身いろんな人に興味があって、色々な人と関わって、色んな人との繋がりを作りたいって思ってたからこそ、Humans of ICUFCを通して、これから先もいろんな人と繋がりたいなって思います。

だし、これを通して皆が自分の強みにもして欲しいって思ってて。
普段あまり自分の過去を振り返ることも無いじゃないですか。
「自分ってどういう人なんだろう」ってことを考えるきっかけにもして欲しいなって思います。

…とにかく皆が輝いて欲しいです。
本当に皆素敵な人だから、それぞれが輝ける分野があると思うし、これを通して平和な世のなかになって欲しいですね。

  • 世界平和について話さなくて平気?

袴田:それは話すと長くなるので…(笑)
とりあえずみなさん虹の学校に行ってみてください。そこでわかるはずです(笑)

  • ありがとう!以上です!

出演:袴田知優(ID24)
インタビュー・文:近藤央(ID22)
インタビュー日時:2022年9月22日

さいごに

今回は袴田知優(ID24)にインタビューを行いました。
次回以降もぜひご覧ください!

↓過去の記事は以下より↓
【第7回インタビュー】獅子奮迅。ID24(3年): 小島大洋。

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