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幕間

ニア『救済』-2021.12.10

寂れた教会、その半地下の石室には、息づく都市の、冷え切った営みが記憶されている。
少女は神を呪い、石室を追われた。
過ちを犯した。
誤りを看過した。

補完された都市。
人並みの営みを求めた。
少女は、裸足のままで、大地を強く、強く蹴って踊った。


12月、人々は手をとりあって、海を目指した。
街に朝が訪れる。石室は、白色の陽光で満たされる。

大理石の教会は、あらゆる罪を覆い隠してなお、救済を、軽薄な惑いと軽んじた。

いにしえの歌に重ねた、モルヒネの管を束ねた。
件の外科医は、胸を抑えうずくまる彼女に問いかける。

「あなたの名前は。救えた筈の、生命の名前は。」

答えはなかった。

そんな、妄言を吐いた。


稲荷の少女『呪詛』-2021.12.21

「傷は、痛みますか?」
「いいえ。ちっとも。」
「私が、憎いですか?」
「いいえ。こうしてまた、逢えたから。」

遠い昔。
燈籠の並び立つ石段を駆け上がると、鬱蒼と茂る緑青の視界は嘘のようにひらけて。
閑散とした境内には、怪しげな瞳に金色の尾を携えた童女が、静かに、ムラを見下ろした。


「人は、生命を食べて、生きている。」
「君も、生命を食べて、生き続ける。」
「ただ、それだけのことなのにね。」
「ただ、それだけの生命なのに。」

「私はね。罪を犯したの。」

「優しいあなたはきっと、私を赦してくれると思うけれど。」
「獣としての私を、あなたは、愛してくれたけれど。」
「それでも、あなたは、あなたは、ひとりで生きてね。」
「そしていつか、私みたいに、笑って、死んで?」

時は流れて。祈りと言葉は、呪詛のごとく朽ち果てて。
それでも僕は、いつまでもただ、はにかんで喪う、あなたの最期を想った。
あのうだるような夏の日の、微かに残った記憶からは、遺灰の匂いがした。
かつて奈落より来たあなたの、懐かしい声が、言葉が聞こえる。

僕は高らかに奏上する。


少女『兵器廠にて』-2021.12.31

兵器廠の片隅に、人知れず立てかけられた油彩。
かつて、顔も名前も知らぬ誰かが、膨大な時間を賭して描き上げたであろう、艶やかな油彩。

その鉛色の機体からは、息を呑むほど美しい、金属の翼が生えて。
その陶磁器の肌の、わずかに浮き上がった静脈からは、ぎらつくような生命の質感が、じらじらと、不気味な光彩を放って。


『少女』と『兵器』の狭間で。
『生命』と『機械』の狭間で。
『天使』と『悪魔』の狭間で。
『世界』と『人類』の狭間で。

揺れ動く『少女』の、回転するモーターの、同調する明滅の、駆動する鋼鉄の身体の輝きが、カンバスに生々しく描写されていた。

「ねぇ、わたしは、わたしはね。」



「わたしはただ、ひとりの女の子として、普通に暮らしたかった。」
「わたしはただ、ひとりの人間として、誰かと愛し合いたかった。」
「わたしはただ、わたしは、ああ、でも、それでも!」
「この星はもう、どうしようもなく終わってしまっていて。」
「ねえ、気づいてる?最後の夜が、もうすぐそこにいる。」
「夜明けとともに、『終わり』がやってくる。」

「わたしを選んだあなた達のことを、わたしは、決して赦さないけれど。」
「それでも、あなたたちの『最期』は、わたしが与えてあげる。」

「きっとそれが、私の中に残った『人間』の、最後の一欠片だと思うから。」


少女『四畳半/喪服』-2021.12.31

桜の花弁が舞っている、三月の通りで。
四畳半の窓辺に降り積もった真白なそれは、佇む喪服の少女の輪郭を色濃く浮き立たせるようで。
吹けば飛ぶような軽々しい生命の群像は、あまりにも私そっくりだ、と少女は自虐的に笑った。

人工的な生命のバトンを、自らの意志をはなれ繋がれてきた、花弁たちのことを思う。
「あなたたちは、どうして、生きているの?」
わたしは、どうして、生きているのだろう。

四畳半に不釣り合いなガラスのローテーブル。その上に高く積まれたセブンスターの箱から、干乾びた一本を咥えてみせる。

薄く誂えられた死化粧によって、最期まで見ることは叶わなかった、はにかむようなあなたの笑顔を、そこに見た。
私の知らないあなたが、私の知らない笑顔で、そこに横たわっていて。
私はついぞ式が終わるまで、涙を流すことはなかった。



「おはよう」
「おやすみ」
「ただいま」
幾度声に出したとて、四畳半には二度と「おかえり」が響くことはなかった。

「ねぇ、生きるくらい、どうってことなかったでしょう?」
「ねぇ、世界は、あなたが思っていたほど、辛く厳しいものではなかったでしょう?

「誰しもに与えられた始まりと、平等に訪れる終わりと、過程と、経過と、道程と、道中の物語。」
「或いは、終わりゆくことは、その中途を浮き立たせる為の儀式に過ぎないのかもしれない。」

「わたしたちは、その美しさから生かされた存在ではなかったけれど。」
「いや、きっとわたしたちは、そんなありふれた美しさに憧れたわけでは、なかったと思うの。」
「ただ一輪の、凛と咲く花ように。そうして、ひとりで生きられたなら。」

「きっと、これでよかったのだ、と笑って死ねるような気がした。」

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