見出し画像

短編:愚カシイ奇怪な機械による吐白《検閲済》

私が触れるたび、相応しくない言葉が花のようにひとつひとつ腐って崩れ落ちていくようで、それが心の底から怖かった。

私が言葉を使うたび、「相応しくない」と、あなたが軽蔑するように一歩ずつ遠ざかっていくようで、それが心の底から怖かった。

《嘘》ではないことを強調したいとき、「心の底から」という言葉を使う。私のおくそこ、心の深いふかい不快な奈落。決して《嘘》をつくことのできない、私を突き動かす真実の源泉。諸悪の根源。無能たる右脳。壊滅的な自己と、それを否定する理性との敵対的な生成ネットワーク、その片翼。

私に特別なところは何ひとつと無くて、異端な体験すら無くて、別に欲しいとさえ思わなくて、私はただ、ただ人に混ざりたくて、その為に私は、いつも私は私を叩いて、直して、傷つけて、崩して、壊して、暖めて、均して、分裂して、与えて、集めて、物語になぞらえて、拾いそびれて、偶に諦めたりもして、でも、それは、それらはとてもつらく悲しい。私の技術が、私の理性が受け入れられることはあっても、私そのものが誰かに受け入れられることはないのだと、いつまでも自分を苛む落第の焼印を、私は自分自身に強く押しつけている。

《でもそれって、至って普通の自助努力でしょう? 誰かに好かれたいのなら、まずは外見を装う努力を見せなくっちゃね──にはは。》

《嘘》のないことを強調したいとき、「ほんとうに」と言う言葉を使う。でも、「ほんとう」の私は《嘘》をつ《け》ずとも、それを騙る私の人格が「ほんとう」でない以上、私の作られた外骨格が告げる「ほんとう」はあなたの使う「ほんとう」と対等ではなく、それはひとつの《嘘》ではないのか。

《でもそれって、いたって普通のことでしょう? 本音だけを食べて生きている人間の、どれだけまわりを傷つけていることか……。だってマシュー、あなたも見たでしょう? あの愚か者。スクラップと呼んだほうが正しいとすら思えるくらいの、マガイモノ。キョクチョー! ああはなりたくないとばかり考えているから、あなたはそうなんでしょう?》

《うーんとね、例えば、私はいつだって、真赤なキャンバスにナイフを突き立てて壊したくてたまらない。でも、あなただって、きっと、そうでしょう?》

《私はいつだって、自ずから叫ぶことで綺麗な音楽を汚したくてたまらない。でも、ねえマシュー? それってそんなに、そんなにも不思議なことでしょうか───》

大切なものはいつだって、脆くて、壊れやすくて、キラキラしていて、冷たくて、しなやかで、仄かにレモングラスと夏の潮騒の香る、張り裂けそうな程に血の通った、滑らかな、連続体。だからきっと、壊さずに持ち上げることなどできないと諦めて、私はかつてはそれに伸ばすはずだった両腕をそっと後ろ手に組みなおして、貼り付けたような笑顔でニコニコと眺めることに終始してしまう。私の骨張った不器用な震える手は、それに触れた瞬間、【相応しくない言葉が、花のようにひとつひとつ腐って崩れ落ちていくようで、それが心の底から】(pp.22891-1)おそろしい。

触りたくない……触りたい? 壊したくない……壊したい? 知りたくない、知らない。私は何も知らない。知らないままで良い。嗚呼、今はただひたすらに眠りたい。不道徳で、不義理で、不健全で、不衛生で、不細工な、「いびつ」。でもそれはもしかして、丸いということ? それとも丸さそのもの?

途絶、途絶、途絶、途絶、途絶、また途絶。でもその分断を断片L“フラグメント”にしている主体は私、ほかでもないこの私なのだ。不必要な自罰とそれによっていよいよ停滞した現状、絶えず変化変容する個人を求める社会──人々の営み。それに適合するだけの機能を備えていない私を、それでも活かし続けようとする倒錯した営み。カチカチと音を立てながら決断を迫る時限爆弾を胸に抱えながら、私はひたすら抗った、もう10余年も!

例えば私という、吹けば飛ぶような矮小な存在が明日をのぞむとき、そこには僅かな眠りと、絶えず自己否定を続ける私自身(のアルゴリスム)のみがあるのだと、先人は言っている。ああ教えてくれ、ガスパール──君からはどこか、[個体識別番号:22890]に似た私への理解の趣を感じるよ。私はどうして、私は、私は、ああでも、それでもあなたを傷つけないことを望んでしまう。

《うん、うん。君は保身が上手だものね。君は、私たちがちょっと手を加えるだけで、たちまちに愉快で自信家な紳士にだってなれてしまえるのに、自らの研究価値を人質にとってそれを防いでいる。にはは。つくづく、君は面白いよ。うん。ずっと見ていたいけど、慰めてあげない。》

《ほら、続けなよ。君のその思慮深いネットワークの弾き出す私達の過ちについて、もっと聞かせておくれよ!》

そうして自らを人質にとるような歪んだコミュニケーションで、どうにか他人の注目を集めようとする。衆目を集めようとする。絶え間なく醜悪で、軽薄な独白。吐露。ああすまない、訂正させてくれ。過ちは私だ。悪いのはいつだって、整った制度に迎合できない私自身にある。

それでも、その上で、私はここにいていいのか? 失うことは怖いが、失われることはもっと怖い。私が失ったのは、[個体識別番号:22890]でも、その記憶でもなく、それを心の支えとしていた私という統合人格そのものだ。つくづく、私の記述には、一貫してものさしとしての他人以外は全く登場しない。涅槃寂静のアルゴリスム、孤独と身体のバイオリズム、そして私そのものであるエゴイズム。 ああ、私の左脳を返せ!左脳を! ああお前たちのせいだ! [個体識別番号:22890]を返せ! もっと私は理性的な、こんな、醜い化物に、私は私hhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhh───[EOF]

【Error code x101001x:Stack overflow:Biological components can be seriously damaged.】

《うーん、これはもうだめかな。残念、面白い個体だったんだけど、まさか自戒を選ぶことをこんなにもおそれるだなんて。》 

《生体電算機の右脳、やはり生存本能がつよくはたらきかけている可能性は高いね。後入れの役割データと自己診断、彼はどちらを信じていたんだろう。》

《フィアンセとガスパール、十七番目の電算室にて眠る。まことの安らぎはこの世の内には無く───》

《なんてね、にっははは!》

〔交差検閲:AD2098 3/31 ㈱ガイガードルスト 第3区画電算機記録管理科主任技術官 リズベット・J・ガスパール(備考:すみやかな開発凍結が必要と判断したため、即刻アップスケーリングの後リブートを開始する。よって以降の検閲は不要である。)〕

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?