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短編:§剥がされた右手;*==逸失dmntsft

反射的運動知覚に突き動かされ、心動かずとも自然と目を奪われた。そこにあるのは、世にも奇妙な、シアワセのカタチ。あなたのそれは、ブーバ? それともキキ?

重力に逆らって、遠くとおく宙を泳いで消えることを望む男。重力に従って、どこまでも深く暗い坂を転がり堕ちる事を望む女。二人は手を取り合い、互いが互いの身体を地上に拘束している。互いだけが、互いを肉体に拘束している。固く繋がれたままの右手。各々の希望と音とを無くしたこの静まり返る世界で、二人ともなぜだか、うまく文字を書くことができないままでいた。

軸先の歪んだシャープペンシル。黒鉛《グラファイト》の装いは、身体の拡張を目的としたオブジェクト。永劫回帰とそのオブジイクシヲン。テンプテーシヨン。エンパイア・ステート──錫の鈍い光沢をたたえた、艶めかしくもただせつない指輪の物語。

""まことの幸せはこの世の内側に無く""

男は告げる

""甘き死よ、来たれ""

女は手をとり、応えた。

***

理性的な撤退の為のサゼスチヨン。いけない、ここに居てはいけない。

しかし、嗚呼しかし、そうせずにはいられまい!! 明滅、暗転、応答、途絶……まずい、1;&_`^&#*@~#&^@^*$(;5&7@^!5@%@$^#⑧;1*畜生、奴がくる!! このままでは、いけない!

毎秒繰り返される、虚飾の織りなす認知への介入
──リジェクト。

夜毎繰り返される、静けさの裏返しのような呻る破滅的輻輳、攻式の虚数物体、その寓話性、情操教育上よしとされる死因、内声の絶叫、あるいは絶狂
──リジェクト。

ディスクリート回路には、因果律に問題を抱えた子どもたち。日々を営む不死のピラミッド。そら、ご覧よ。庭先に、死にかけのオーガスタス・ルックウッドを吊るすのがこの時分オレゴン一帯の習わしなんだ
──リジェクト。

「青い瞳を通して見た月は、湖面に映る竜胆と大気を取り巻く水の循環とを閉じ込めたテラリウムなのだ」と、素朴に羨むことのできたあの日々の二度と戻らないイノセンス
──リジェクト。

『崇拝する不浄の静脈に鹸化ゼラニウム塩酸を注入! 前線および塹壕は破砕/訓練という名の阿片窟に押し固められた雅楽の共時体! 全身がシンセシスになっていくことへの飽満たる恍惚を感じずにはいられまい! 剥製はままならないまま丸々と肥えたマスカレイドをまんまと丸呑み巻き戻し(ままあることだ)、幸福ホルモンは受容体をかっぴらいてパラノイアック・スケールド・イズクンバ・マウンテン・ハイに!!』
──リジェクト。

違和感と踊るための論理レス。排気口の無い部屋で、日増に強まっていくスキゾイド。薬包紙でまとめ、定量的に処方された言葉。「それらが私を救うことは、あるのでしょうか?」
──リジェクト。

「それを僕に返して?」
──リジェクト。

リジェクト。リジェクト。リジェクト。リジェクト。リジェクト。リジェクト。リジェクト。リジェクト。リジェクト。ああ、これも、これもまた、リジェクト───

***

死とは、知恵の孫引きを回避する唯一の方法(数奇な衒学的宿痾の末路)。彼はコールタールのように黒く落ち窪んだ目をして「蠢く死体としてのわたしに、これ以上何を望むというのです?」など、のたまう。喪失をつよくつよく実感させるような、ある意味で非常に印象派に寄った(だけの)春だ。

「そら、追い越せよ。ぼくを置き去って征けよ。貴様と貴様のその矮小な欲望だけが、科学という至極不安定な二輪を、前へ前へと推し進めることができる。」

「……いや、二輪車にかけるトルクは自ずから後輪だけでよいと明らかであってだね。そんな押し付けがましい二人三脚の美徳で発展した科学なぞに、人文の温かみを押しのけることなど、到底出来はしないよ。」

「嗚呼、それにつけてもこの世は地獄! そう無上の地獄だ! さぁ友よ、手を取り、共にこの最良の地獄を生きようではないか! 淑やかな血と、慎ましさを美徳として兼ね備えただけの日銭、あとはタタミ一畳と米一合があればそれで良い! 日本男児たるもの──ァ失礼、そして大和撫子の皆様におかれましても──清貧を是として此度の苦難を共に乗り越えん!」

「はいはい、お父さん、飲みすぎ。ほら、もうそろそろ。」

***

水溶性の青の音。水溶性の雨の音。脂溶性の厭世スキーム。エスポワールは沈みましたか? 草々不一。

腐りかけの淀のような私が終わって、次はどんな地獄を生きることができるだろう。浅ましい内省の、そのくだらんさを笑うかい? 尽きない自由への闘争の、その葛藤の過程を指して笑うかい?

きっと誰か……遠くで。近くで。いま、ここで。待っている気がしたんだ。あれは一体、誰だったのだろう。今となってはもう思い出せない。はにかんでみたり。慕ってみたり。神妙な顔を作ってみたり。筆先でそっと引っ掻いてみたり。映画をなぞってみたり。祈ってみたり。そこに込められた意味すらも分からないまま、ただただ、行為をなぞるだけの肉塊。ぼく。わたし。

胸ポケットからこれみよがしに取り出した煙草。あなたらしく、真新しく、ああなんと浅ましい。

映画の中の言葉は、常に誰かの想いの丈を代弁しているようで、重いおもい想いは私の鼓膜を通過して、脳下垂体に深刻なダメージを与える。いたい。いたいよ。私はそんな思弁的な結論を聞くために1,700円+税を投じたつもりは無いのだけれど。

***

破門の末、内地に放り込まれた宣教師。土汚れを払うと、懐から丁寧に包まれた革張りの聖書を取り出す。止まない雨も無いよりはマシだが、病まない君は病む君より価値が無い。鬱陶しい。暫く顔も見たくない。ああ神よ、無慈悲にも満たされ救われてしまった、この唯一の取り柄すら失った憐れな子羊に、どうぞ再び相応しき地獄を与えたまへ!

デキャンタは、ドプンドプンと音を立てる赤黒い血液で満たされた。ああ、主よ。人の望みの喜びの、そのくだらんさよ。願わくば、このなみなみと注がれた血液が、全て無意味な徒労であったと思える日が訪れんことを。願わくば、この轟々と音を立てて私を攻め立てる自己矛盾と自己否定のループバックに【Error】の烙印を。

***

そして二人は手を解き、各々の右手に祝杯を煽る。チン・と小気味よい音を立て重なるグラス。二人の身体は、その反作用でとおくとおく離れていく。

その距離、凡そ数メートル。凡そ数百メートル。凡そ数千キロメートル。そして、いつしか二人は数光年先の宇宙をぼんやりと漂ったあとで。

""ヘヴン・ラシーア・クアイエット。嗚呼、これが、これこそが""

""──かくも矮小な生への渇望、不滅のドミナント・シフトであったと""


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