(第20回) でべそのすべて その① でべそ⊃臍ヘルニア
「やーい!おまえのかーちゃんでべそ!」
…なんて言葉、令和の世の中で聞くことはもうないでしょう。
しかし、昭和の時代には普通にありました。
日本ほど「でべそ=悪い」の風潮がある国は珍しいのではないでしょうか。
なんででべそが悪いのか。嫌われるのか。
みなさん考えたことありますか?
もちろん、医学的にでべそで悪いことなんてほとんどありません。
大きなでべその人で、押すと「ぐしゅっ」っと音がして小さくなる人は(大人ではめったにいませんが)内部に腸管などが脱出している臍ヘルニアの状態ですので、1万人に1人くらいの割合で臓器が戻らなくなる、嵌頓という状態になる危険があります。
まあ、激レアですね。
僕は小児外科医なので出会ったことはありますけど。
そんなレアなこと言い出したら、でべそじゃない人だって「尿膜管遺残」の病気で炎症を起こす人もいるし、普通の凹んだ臍の人でも中にゴマ(垢ですね)が大量に溜まって炎症を起こすことだってあります。
僕が昔成人外科の当直をしてたとき、70歳を超える人で生まれてこのかた一度も臍の掃除をしたことのなかった人が腹痛でやってきました。臍の中にビー玉より大きな垢の塊ができていて、掻き出したことだってあります。
めっちゃ大変でした。
じゃあなんででべそが嫌われるのか。
おそらくは「少数派だから」というのが一番の理由でしょう。
あまり知られていない事実ですが、でべそには人種差があるのです。
日本人は3-4%がでべそです。
一方で、例えば黒色人種は30%程度がでべそであるとされています。
へぇ~。そんなに違うんだ…と論文を読んだときに僕もびっくりしました。
つまり、黒色人種の人にとってはでべその人なんて当たり前です。
そうしたら「でべそが悪い」なんて考えにはならないわけです。
日本人のでべそ率3-4%というのは、これまた絶妙なラインです。
クラスにちょうど1-2人いるくらい。
体育とかで人に見られると、臍というのはちょうど見える位置にありますから、クラスにちょうど1-2人いる「でべそ」なんていう特徴はいじられるに決まってます。
子どもなんてそんなもんです。
そういう絶妙なラインの数の少なさが相まって、でべそは昔から特徴的に描かれてきました。
最初にあげたような悪口にも使われ、昔の漫画で出てくる悪いガキ大将なんかはたいていでべそ。
(ちなみに太った人にでべそが多いわけではありません)
こうしてありとあらゆる日本人の頭に、「でべそはカッコ悪い」という印象や美的センスが染みついてしまっているわけですね。
かくいう僕だって、凹んだ臍の方が「きれいだなぁ」って思ってしまうわけで、これはもう修正するのは困難です。
これまでの論文紹介でも臍の話を扱ってきました。
僕は小児外科で多くの分野を専門にしていますが、個人的には「一番の専門はへそです」と胸を張って言っています。
昔はちょっと恥ずかしかったんですけどね。
「専門は小児の肝臓移植です」とか、「専門は小児がんです」とか言ったほうが絶対かっこいいですもん。
でも、もうこの歳になって、おへそ関係の論文や著書、学会発表も盛りだくさんになってくると、完全に開き直って「専門はへそです」と言えるようになりました。
今回からの数回、「でべそのすべて」と題し、僕のありとあらゆるへそ知識を、臍のごまをほじくるように、もとい、重箱の隅をつつくように書き連ねていこうと思います。
うーん、誰得。
まず「でべそ」とは何かをお話しておきましょう。
「でべそは医学的な名前を臍ヘルニアと呼ぶ」…と書いてあるものもありますが、これは間違いです。
臍ヘルニアはあくまでもでべその一部でしかありません。
「赤ちゃんの時に臍ヘルニアであった子が、そのままでべそになって残ることがある」というのが正しい表現ですね。
この割合も今では全て判明しています。
産まれたばかりの赤ちゃんには、へその緒がついています。
胎児の時はここを通じて、お母さんから酸素や栄養をもらっていたんですね。
(また、それだけではなく、臍から赤ちゃんの体全体が形成されるわけですから、へその緒は元々腸や膀胱とつながっており、産まれたときには腸とのつながりは既に完全に切れており、膀胱とのつながりは細いヒモ状になって痕跡になっているのが普通です。)
なので、筋肉(腹直筋)のへその緒がついている部分には隙間があります。
医学的には「臍輪」と呼びます。
生後1週間くらいでへその緒は枯れていき、ぽろっととれます。
その時何が起こっているかというと、この臍輪が収縮していってるんですね。
そして、周囲の筋肉が寄ってきます。
それに伴って臍の部分の皮膚も真ん中に凹んで寄ってきて、凹んだ臍になるのです。
この割合、90%。
しかし!残り10%の赤ちゃんでは、十分に臍輪が収縮しきらず、体もどんどん大きくなっていく時期ですから、筋肉が締まりきりません。
すると筋肉のない弱い部分を押し上げて、ぽこっと腸が皮膚の下に押しあがってきて、臍が出っ張ってしまうのです。
これを臍ヘルニアと言います。
押さえるとぐしゅっと音がして、腸がおなかの中に戻っていき、よくよく触ると筋肉の隙間(臍輪)を中にきれいにリング状に触れることができます。
これは純粋に割合で起こることですから(臍ヘルニアを来たしやすい特殊な疾患の場合を除く)、へその緒の切り方とでべそは一切関係ありません。
こういう迷信も、でべその悪口の一部なんでしょうね…。
この臍ヘルニア
たいてい赤ちゃんが産まれて2-3か月ごろが最大になります。
そして、この臍ヘルニアは1歳までに約80%が治癒し、
更に1-2歳までのうちに更に残りの半分が治癒しますから、90%が自然治癒します。
あー、よかった。
ということは、臍ヘルニアになるのが10%、そのうち10%だけが治らないってことか。
つまり大人になっても臍ヘルニアなのは1%…って、あれ?
計算が合わないじゃん。
「日本人は3-4%がでべそです。」って最初に言ってたのに。
そう。
そこが「でべそ」と「臍ヘルニア」の言葉のマジックなんですね~。
ヘルニアというのは、「でっぱっている」という意味です。
つまり、臓器が出る穴があり、内部に臓器が出ているという現象がないとヘルニアとは呼ばないという医学的な決まりがあります。
つまり、
臍輪がしまり、臍の中に臓器が出なくなったら医学的には臍ヘルニアとは呼びません。
いくら臍がでっぱっていても、臍ヘルニアは治癒したことになります。
例えばこの子。
これは昔臍ヘルニアでしたが、自然経過で「治癒した」と判定されました。
えええええええええ
でべそじゃん…!
ちゃんと治してよ…。
はい。僕もそう思います。
「でべそ⊃臍ヘルニア」と副題に書いています。
この「⊃」が分かる人はわりと数学が好きな人ですね。
これは含まれるという意味の記号ですね。
臍ヘルニアはあくまでもでべその一部です。
臍ヘルニアが治癒したと勝手に医者が判断したところで、臍がでべその形態のままで「治してほしい…」と思っている患者さんはたくさんいます。
また、困ったことに医者の中にもこれを知らずに誤解している医者がわりといるのです。
臍ヘルニアで教科書を調べたら、「臍ヘルニアは1歳までに約80%が自然治癒し、更2歳までに90%が自然治癒するから、手術をするとしても最低でも1才まで待ちましょう」と書いてある。
すると字面だけ読んで、「そうか、ほとんど治るのか」と理解し、患児がでべそのままになったとしても「10%のほうだったか。運が悪かったんだな」と思ってしまうんです。
違います。
実際には臍ヘルニアのお子さんのうち、3-4割は放置するとでべそになります。
じゃあどうしたらいいのか?
赤ちゃんの時にできることはないのか?
そして、臍ヘルニアの中でもすっごく大きくて治療に困るような、途中で出した写真のような子がいるので、そんな子のおへそをきれいに治すにはどうしたらいいのか?
これまで「常識」とされていたことに立ち向かいながら、様々なデータを集め、学会で発表し、論文などで書いてきたことを、ここから数話にわたり、とても論文では書けないような文章で面白く紹介できたらと思います。
(続く)
本研究内容補足事項
<論文>
佐伯 勇ら: 巨大臍ヘルニアに対する手術時期による臍輪収縮率の違い 日本小児外科学会雑誌 52(2): 259-63, 2016.
佐伯 勇ら: 巨大臍ヘルニアに対する乳児期早期の根治術―腹腔鏡下鼠径ヘルニア根治術と同時施行した4例 日本小児外科学会雑誌 51(2): 255-8, 2015.
佐伯 勇: 特集 境界領域の診療 外科的疾患 鼠径ヘルニア,臍ヘルニア 小児内科 51(10) 1544-1547, 2019.
佐伯 勇ら: 特集 臍ヘルニア:手術と圧迫 巨大臍ヘルニアの治療法 小児外科 50(4) 355-358, 2018.
<著書>
佐伯 勇:巨大臍ヘルニアの治療戦略 臍の外科 Ⅱ疾患各論 臍ヘルニア/臍ヘルニアの手術 p55-58, 2018.
佐伯 勇:臍の異常 小児栄養消化器肝臓病学 日本小児栄養消化器肝臓病学会 編集 p389-91, 2014.
<学会発表>
第1回小児へそ研究会
第3回小児へそ研究会
第4回小児へそ研究会
第52回日本小児外科学会
第44回日本小児栄養消化器肝臓学会
第5回日本小児診療多職種研究会
第7回日本小児診療多職種研究会
など多数
<院内倫理委員会>
なし
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