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(第1回)男と女で臍の位置が違う!?

初回のテーマはおへそです。
何を隠そう、僕の最も力を入れている研究テーマはおへそなのです。
凹んだ臍からでべそまで、臍の世界は奥が深い!ということで、小児外科には「臍の外科」というへその手術書まであり、この手術書には僕も手術法を記載しています(佐伯勇:巨大臍ヘルニアの治療戦略 臍の外科 Ⅱ疾患各論 臍ヘルニア/臍ヘルニアの手術 p55-58, 2018)。

なんと「日本小児へそ研究会」という正式な学会まであり、2024年現在、第10回まで開催されているのです。(残念ながら、2025年が最後の開催になりそうです)
そんな日本中の臍マニア(!)が集う学会では、毎年10以上の臍に関する真面目な研究の発表が行われるわけですが…。
そんなマニアたちをもドン引きさせたのがこの研究でした。

<論文>
Isamu Saeki et al: Determination of the umbilicus position in Japanese children. Pediatric International 2022; 64: e15409 doi: 10.1111/ped.15409
より、「日本人の小児の臍の位置を決めた」という研究を紹介します。

みなさん、おへその位置ってどこかわかります?
「ここ…」と指せるかと思います。胎児のときにお母さんとつながるへその緒があったところです。
へその緒からは血液が流れてきますから、体の中央にあるほうが効率がいい。頭のてっぺんに臍があったら困るのです。
美的な観点から言うなれば、レオナルド・ダ・ヴィンチの図にある通り、正に体の中央に位置するのが臍!ということになります。


レオナルド・ダ・ヴィンチ 「ウィトルウィウス的人体図」より

また、古代ギリシアの彫刻や絵画ではプロポーションの造形は頭頂~臍:臍~足底まで≒1.618の黄金比になっており、これこそが美だ!ということになっています。

ですがこれは本当なのでしょうか?
古来より多くの研究者が、臍の位置を定義するために計測をして論文を発表してきました。
もっとも有名なのは、1977年にDubouらが100人の成人の臍の位置を計測して、「96%の人で腸骨稜と同じ位置だった」と報告しています(Dubou R, Ousterhout DK. Placement of the umbilicus in an abdominoplasty. Plast Reconstr Surg. 1978;61;291-3.)
ちなみに腸骨稜というのは、背中(腰のあたり)を触って、左右に触れる骨盤の骨の一番高いところです。気になった人は、自分の臍の位置と同じくらいか確かめてみてください。

日本人ではどうなのか?
小児ではどうなのか?
研究者の好奇心は尽きません。
1989年に小林らは小児(0-12歳)152人の臍の位置を検討し、「確かにほとんどが腸骨稜の上下1cm以内」だったと報告しています。
1998年には大山らが小児(0-16歳)185人の臍の位置を検討し、剣状突起・上前腸骨棘といった骨の位置を基準として臍の位置を決めるのが最も優れていると報告しました。
そのような歴史があり、これまで形成外科でも「臍の位置は腸骨稜の最高点である」とされてきたのです(三鍋ら 形成外科2013。

しかし、本当にそうなのか…?と僕は疑問に思ったのです。

これまでの報告は全て、立位(立って計測した)にせよ、臥位(寝て計測した)にせよ、体表面から測ったにすぎません。体表面から骨を触れても、上には肉や皮膚がありますから、絶対にずれが生じてしまいます。
じゃあ、CT画像できちんと見てみたらいいじゃないか!と思ったのがこの研究になります。(うーん、我ながらマニアック)

もちろん、臍の位置を見るためだけにCTを撮るわけではありません。
大病院にはいろんな疾患でCTを撮影する方々がいらっしゃいます。
きちんと院内倫理委員会の申請をして(承認番号E-2387)、そのようなCTを活用させていただく体制を整え、いざ!120人のCTの立体構築と臍の位置の比較を開始しました!

対象は0-16才の小児。男児60人、女児60人です。
年齢分布を0-5歳 40人 6-11歳 40人 12-16歳 40人と均等に設定します。
CT画像から臍の位置を割り出し、骨との位置を比較していきました。


ムムっ!?みんな腸骨稜よりは上にあるじゃないか…!?

研究というのはきっちりしたものですから、基準を定めています。
人種は日本人に限り、骨の疾患や成長に影響する疾患のある子は除外し、おなかに大きな病気がある子なども除外しています。

そうして検討を重ねると…


これが腸骨稜と臍の角度


そしてこれが、上前腸骨棘(骨盤を前から触って左右に触れるとがったところ)との角度

うーん、どうやら上前腸骨棘を基準にしてみたほうがまとまりがありそうです。
そしてそして、なんということでしょう。


臍の位置の男女差

女の子のほうが臍の位置が高いではないですか!
うーん。びっくり。
そしてめでたく日本人の子どもの臍の位置はこのような式になる!ということで


臍の位置の公式

日本人男子の臍の位置は、上前腸骨棘から 33°の角度!
日本人女子の臍の位置は、上前腸骨棘から 35°の角度!と決定し、
この研究は男女で臍の位置に差があることを示した世界初の論文になったのでした。
めでたしめでたし。

ちなみに、イラストレーターの方の資料には、昔から「臍の位置は女の子の方が高く書いた方が可愛い」とありました。くびれの位置が男女で違うからかと思われていたんですが、実際にはわずかですが違いがあるんですねぇ。
でもこの研究は、男女で骨盤の傾き自体が違っているかもしれないことまでは考慮していないので、もしかしたらそういった影響があるのかもしれませんね。

こんな臍の位置を調べる研究が何になるのか…?
単なる趣味?もしかしてこいつヘン〇イなんじゃあ…?
と思われる方もいるかと思います。
いえいえ。
僕がヘンタ〇なのは否定しませんが、これはとっても大事な研究なんです。
小児外科の世界では、臍がなくなってしまう病気の人に、臍を0から作ってあげる手術をすることがあります(佐伯勇ら: 臍欠損に対してパラソル型切開による造臍術を施行した1例 小児外科 53(8): 884-887, 2021.)。
そんな時に、臍の位置を「ここら辺かな」と適当に作ってしまうと、小児は成長とともに縦に伸びますから、臍の位置がどんどんズレてしまうことがあります。
1991年に朴らは、小児(0-16歳)170人の臍の位置を検討して、臍上の長さは成長と共に伸びるけど、臍下の長さはあまり伸びない(!)と報告しているのです。

正確な位置に臍を作る。
お子さんが将来悩まないためにもとっても大事なことなんですね。
うーん、臍の世界は奥が深い。

本研究内容補足事項
<論文>
Isamu Saeki et al: Determination of the umbilicus position in Japanese children. Pediatric International 2022; 64: e15409 doi: 10.1111/ped.15409
<学会報告>
第8回日本小児へそ研究会
第9回日本小児診療多職種研究会
第49回小児栄養消化器肝臓学会
第59回日本小児外科学会
<院内倫理委員会>
承認番号E-2387

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