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いまと地続きの痛み。残り続ける傑作

ただ平穏に生きることすら許されない、“普通”の人々の物語。2016年の第69回カンヌ国際映画祭で最高賞パルム・ドールに選ばれた力作を、3つのポイントで紹介。

映画を観る“眼”の解像度が上がる重要作

120年に及ぶ映画史の中で「歴史に名を遺す」傑作が生まれてきたが、本作もその1本。第69回カンヌ国際映画祭で最高賞パルム・ドールに輝き、日本でも多くの観客の心をわしづかみにした。労働者階級が、ある日を境に生活が立ち行かなくなる“すぐそばにある貧困”をリアリスティックに切り取った本作。生活保護等の精度の脆弱性、孤立した高齢者の現実を鋭く見つめたその影響力は絶大で、近年の「現代社会の格差を描いた映画・ドラマ」を語るうえで、必ずと言っていいほど名が挙がる。つまり「観ておくと解像度が上がる」超重要作なのだ。

全編に血が通った魂のヒューマンドラマ

ただ、テーマが“重い”映画ではあれど、予備知識が必要であったり、小難しさは皆無。むしろ、主人公のダニエル・ブレイクや彼が出会う女性ケイティが直面する困難や理不尽は、私たちが実際に経験している/するかもしれないといえるほど“近い”。仕事一筋で実直に生きてきた大工や毎日を懸命にこなすシングルマザーが、国や地域に支援を求めるもシステム至上主義社会の中でこぼれ落ちていく。表面的な悪人はおらず、物語を盛り上げるための作為的な対立構造もないが、“いま”を真摯に描き切った本作は圧倒的にリアルで全編に血が通っている。観賞後に胸にこみ上げてくる感情も非常に強く、やるせなさや怒り、悲しみに貫かれる(タイトルの意味がわかったときに、さらなる感慨が押し寄せるはず)。ここまでの激情を呼び起こさせるのは、本作が稀代の名作である証拠だ。

観た後も長く記憶に残る純粋なる熱演、温かみあふれる演出

現代社会の歪みを描いた「つらい話」に終わらず、市井の人々が支え合う共助の温かさや、1本の映画としての見ごたえを担保しているのがケン・ローチ監督の堅実な演出とキャスト陣の熱演。ローチ監督は他作品でも等身大の人々の姿を丹念に描いてきたが、そのまなざしにはどこか応援するような温かさがこもっている。その優しさを受けて輝くのが、ダニエル役のデイヴ・ジョーンズとケイティ役のヘイリー・スクワイアーズ。ダニエルがパソコンの操作が分からず途方に暮れるシーンや、食糧配給を受けた際のケイティが号泣するシーン、ふたりがお互いに支え合いながら生きていこうとするシーンなど、ジョーンズとスクワイアーズの痛々しいまでに純粋な演技が、私たちが抱える生きづらさとリンクしていく。切々としつつ、だが救われたような気持ちになるのは、彼らの演技が真に迫っているからであろう。

Text/SYO

SYOプロフィール

1987年福井県生。東京学芸大学卒業後、映画雑誌の編集プロダクション、映画WEBメディアでの勤務を経て、2020年に独立。映画・アニメ・ドラマ・小説・漫画・音楽などカルチャー系全般のインタビュー、レビュー、コラム等を各メディアにて執筆。トーク番組等の出演も行う。Twitter:@SyoCinema

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