ガラスの天井を魂の一球で打ち破れ
プロ野球選手を目指して奮闘する女子部員の姿に胸が熱くなる！「女子には無理」「女子なら弁えろ」というレッテルに剛速球を投げ込む『野球少女』
わたしの未来は誰にもわからない。わたしでさえも。
高校の野球部で唯一の女性部員チュ・スインはかつて天才少女と呼ばれたピッチャーだった。プロ野球選手を目指し奮闘するものの女子というだけでプロテストを受けさせてもらえず、幼馴染みの男子の方がスカウトされてしまう。高校卒業が近付いても進路は決まらず母親からは就職を急かされる日々。そんな時新しく就任してきたコーチのジンテは彼女の持ち味である剛速球とは別の長所を見出して特訓を始める。そしてついにプロテストにつながるチャンスが舞い込んでくるが…。埋もれた野球部員と落ち目のコーチがタッグを組んでプロに挑む！と聞くとスポコン映画のようですが、とても静かな空気とミニマルな音楽でアート系映画のような雰囲気があります。しかし根底には魂の一級で未来を切り拓こうとする熱い心がある、それが『野球少女』です。
野球を通して見える保守的で男性優位主義な社会構造
韓国のプロ野球は制度上男性・女性問わず選手になることができます。しかし女性が野球選手になった例はほとんどないのが実情です。劇中でスインはプロ選抜テストに応募するのですがほとんど相手にされず、本来存在しない書類選考まで言い渡されます。監督からは女子野球で趣味として野球を続けることを勧められ、現実的な母親からは「諦めることは恥ずかしいことではない」と告げられます。このようにスインが女子だというだけで様々な障壁が押し寄せてくる様子をじっくりと描いています。この映画を見ると「野球界って保守的だな」と思うかもしれませんが、思い返せばあらゆる業界でも同じようなことが起きていることに気付くのではないでしょうか。この映画は野球界という一例を通して保守的で男性優位主義な社会構造をあぶり出しているのではないでしょうか。
まるでそこにいるかのようなリアリティで印象に残る味わい深い名優たち
主人公チュ・スインを演じるイ・ジュヨンは持ち前のクールな雰囲気を活かして一見ぶっきらぼうですが燃え盛る情熱を持つ野球少女を見事に演じています。リアリティを出すために野球のトレーニングを受け、ボディスタントを一切使用しなかったというエピソードが劇中のスインのようにストイックで胸を打ちます。ジンテ役のイ・ジュニョクも金の工面のために入った野球部でスインの情熱に触れて一念発起する中年男性感が味わい深いです。スインの母役のヨム・ヘランは「国民のお姉さん」的な俳優ですが今回は厳しい家庭を支える現実味のある母親役を演じています。個人的にはイ・ジュヨンと別のドラマで因縁の相手として共演したユ・ジェミョンが登場するところに唸りました。一見穏やかでも無自覚な女性差別を見せる人物として最高の演技を見せています。
主人公の心に燃え盛る炎が、周囲にも火を灯していく物語
この映画の魅力は、主人公が周りから影響を受けて成長するのではなく、主人公が周りに影響を与えて、周りが変化・成長していく物語だということです。スインはこの映画の中で最初から最後までプロ野球選手になる夢を諦めません。そんな頑固で実直なスインの心の炎が、彼女の周りにいる夢を諦めた人、何者にもなれなかった大人、古い価値観に囚われていた人々の心に火を灯していくのです。ずっと孤独な戦いだと思っていたスインに仲間ができたこと、自分と同じように戦い続ける先輩がいたこと、そして戦う自分の姿を見て勇気づけられた後輩がいたことを知るシーンには胸が熱くなります。この映画を見ると厳しい難題に果敢に挑む人を見た時、馬鹿にしたり冷笑したりせず、寄り添って「ファイティン！」（がんばれ！）と言える人間になりたいと思うのです。
Text／ビニールタッキー
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ビニールタッキー プロフィール
映画宣伝ウォッチャー。ブログ「第9惑星ビニル」管理人。海外の映画が日本で公開される際のおもしろい宣伝を勝手に賞賛するイベント「この映画宣伝がすごい！」を開催。Twitter：@vinyl_tackey