深い喪失感と向き合うドライブ
妻を亡くした舞台演出家と寡黙なドライバー。二人の心の通い合いが過去に囚われ深く傷ついた心を解き放つ映画『ドライブ・マイ・カー』
喪失感を抱えた二人の心の通い合いを静かに描いた傑作
舞台俳優で演出家の家福(かふく)は2年前に最愛の妻の音(おと)を突然亡くした。広島の国際演劇祭で上演される舞台の演出家として招待された家福は、開催者側が準備した専属ドライバーのみさきと出会う。車内で淡々と演劇の練習を繰り返す家福と寡黙だが完璧な運転をこなすみさきはやがて信頼を置くようになり、お互いに深い喪失感と後悔の念を持っていることを知ることとなる。村上春樹の同名作品を原作に、濱口竜介監督がリアリティのある演出と感情を抑えた表現を発揮し、国際的にも高く評価された映画がこの『ドライブ・マイ・カー』です。
静かな映像、平坦な会話、感情を表に出さない人物、全てに意味がある
主人公の家福は感情を表に出さないタイプの人物として描かれています。家福が妻のある秘密を知る場面、激しいセックスの場面、中盤で起きる重大な出来事の場面でも彼は声を大きく荒げたり感情を露わにしたりしません。あまりにも感情を出さないため棒読みにも見えるのですが、これには理由があることが段々と分かってきます。同じくドライバーのみさきも無口で無表情ですが、家福との会話を通して徐々にその人物像が浮かび上がってきます。この二人に比べると妻の音や舞台に参加する俳優たちはとても感情が豊かでなので明確に描き分けられていることが分かります。このように人物描写にメリハリを付けることで二人が強い喪失感を抱えていることを演出していると感じるのです。
台詞の奥にある感情を描き出す。独特の佇まいを活かした俳優陣
主人公の家福を演じる西島秀俊は持ち前の穏やかな表情と喋り方が役にピッタリで見事な配役です。感情を表に出さない佇まいはもちろん、海外ではこれまでのアジア系俳優とはまた別のセクシーさがあると評価されました。みさき役の三浦透子は基本的に無口ということで難しい役ですが運転の所作やルームミラー越しの目線だけで強い存在感と個性を見せていました。これだけ性の匂いがある映画の中で家福とはそういう空気が漂わない感じもとても良かったと思います。何よりも忘れられないのは音の知人で演劇の主役に抜擢された高槻役の岡田将生です。先の二人とは対照的に感情を抑えられない人物で底知れぬ雰囲気が見事でした。これまで彼の出演作は何本か見ましたが「感じの悪い爽やかなイケメン」を演じさせたら天下一品だと思いました。
自分の思いを相手に伝えること、相手の思いを理解することの難しさ
この映画の劇中で演じられる演劇は複数の言語が入り混じる多言語演劇となっています。台湾や韓国や手話も含めた多言語で演じる手法に最初は戸惑っていた俳優たちも徐々に何かを掴んでいく様子が描かれています。この「自分の思いを他人に伝えること、相手の思いを理解することの難しさ」が映画全体のテーマでもあるのです。家福もみさきも大切な人に思いを伝えられず、その人のことを理解できないまま失ってしまったために「もっと何かできたかもしれない」という感情に囚われています。この映画はそんな誰しもが感じる"亡くなってしまった人への深い喪失感"との向き合い方をそっと示しているのです。世界中が深い悲しみと喪失感を抱えたこの時代に『ドライブ・マイ・カー』が国や言語を越えて共感された理由がここにあると感じるのです。
Text/ビニールタッキー
ビニールタッキー プロフィール
映画宣伝ウォッチャー。ブログ「第9惑星ビニル」管理人。海外の映画が日本で公開される際のおもしろい宣伝を勝手に賞賛するイベント「この映画宣伝がすごい!」を開催。Twitter:@vinyl_tackey