オールスター映画の現代解釈
豪邸で起きた殺人事件。容疑者も探偵もみんなクセが強い!超豪華キャストによる一大ミステリー映画『ナイブズ・アウト/名探偵と刃の館の秘密』
往年のオールスター映画を現代の視点で再解釈&再構築
高名で裕福なミステリー小説家ハーラン・スロンビーが85歳の誕生パーティーの翌朝に自ら喉を切った状態で発見される。警察に自殺と認定された事件だったが、匿名の調査依頼を受けた私立探偵ブノワ・ブランが一家の聞き込みを始めると家族たちの裏の顔が次々と明らかになっていく。一人一人が主演を張れるほどの超豪華キャスト、一つの館で起きた殺人事件を描くミステリーエンターテイメント、という点で往年のオールスター映画のような雰囲気を纏っています。しかしそこには現代的なテーマやテイストがしっかり刻まれています。監督・脚本を手掛けたのはライアン・ジョンソン。役者のアンサンブルやコメディをふんだんに取り入れる手腕を発揮し、豪華キャスト、オリジナル脚本というハードルを軽々と飛び越える見事な傑作となっています。
映画ファンならニヤリ。「じゃない」役を堪能できるキャスティングの妙
主人公の私立探偵ブランを演じるのはダニエル・クレイグ。『007』シリーズのジェームズ・ボンド役でも有名で英国紳士というイメージの彼が本作では南部訛りの田舎探偵を演じています。他にもヒーロー役としてもおなじみのクリス・エヴァンスが言葉使いの汚い不良問題児役だったり、華やかなヒロイン役の多いアナ・デ・アルマスが地味な移民の看護師役で出ていたり。さらにドン・ジョンソンやマイケル・シャノンが気弱な役だったり、トニ・コレットが西海岸風のインフルエンサーだったりと普段映画で見慣れた役柄とはあえて反対の「じゃない」キャスティングをすることで新たな魅力を引き出しています。逆に俳優たちを見慣れた映画ファンほど固定観念が揺らいでミステリー要素が増幅するので見事な戦略だと思います。
容疑者も探偵もとにかくクセが強い!でもそこが魅力のミステリー
私立探偵ブランは南部訛りで飄々としつつも確実に犯人を追い詰める有能な探偵です。ただ、どこか間が抜けたところがあったり、興が乗ってくると周りの人間に呆れられるほど回りくどい喋り方をするのがクセです。容疑者となるスロンビー家の人々もクセが強く、中盤の一家が集まった場でのギスギスした会話や遺産相続に纏わるドタバタなど思わず吹き出してしまうほど笑える要素が多いのが特徴です。特にすごいのが看護師マルタの「嘘をつくと吐いてしまう」という体質。このミステリーとしてあまりに便利すぎるクセがとても重要なキーになってくるのです。実はこの映画は中盤でほぼ犯人がわかる作りになっているのですが、そこにも大きな仕掛けがあります。このクセの強いキャラ、ストーリー、構成がとても魅力的です。
この映画のもう一つのテーマ「移民」、そしてアメリカの縮図としての「刃の館」
ミステリーもコメディもあるエンタメ作品ですが、この映画の重要なテーマは「移民」です。スロンビー家の人々はみな人種差別的で階級主義的な人間です。そこに入り込んだ移民のマルタの居心地の悪さや「よそ者扱い」がところどころで示されます。いわばこの館自体が移民問題を抱えるアメリカという国の縮図になっています。元をたどればマジョリティとされる白人たちでさえヨーロッパからの移民なのに移民排斥を声高に叫ぶことの愚かさや虚しさ、大切なのはそういった隣人に対する親切さや寛容さを失わないこと、そういったことがこの映画には込められています。ラストで上下関係の変化を舞台を使って見せる構図、そして映画の最初と最後に映し出されるものは…映画としてのクオリティの高さ、そしてテーマの正しさに何度見ても唸ってしまう傑作です。
Text/ビニールタッキー
ビニールタッキー プロフィール
映画宣伝ウォッチャー。ブログ「第9惑星ビニル」管理人。海外の映画が日本で公開される際のおもしろい宣伝を勝手に賞賛するイベント「この映画宣伝がすごい!」を開催。Twitter:@vinyl_tackey