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ヒムカと空

パステル色のブルーとピンクが交じりあったような海の色だった。空も海と同じ色をしていて、ずっと歩いていると自分がどこにいるのか分からなくなる。
 
たすきがけにした大きなカバンの肩ひものところを握りしめて、ヒムカがまっすぐ海の上を歩いて、梯子のところにやってきた。
 
梯子はずっと上まで一直線に伸びている。どこまで続いているのか、ヒムカの場所からは見えない。
 
ヒムカはカバンが背中に来るようにちょっとだけ調整すると、梯子に手をかけた。
 
まるで砂時計の中にいるようだとはよく言ったものだ。ヒムカは思い出してにっこりとした。先月号の特集記事。梯子の途中から撮影した海と空の写真にコピーをつけたのは編集長だ。
今月号はヒムカがコピーを考える係だ。天まで届く梯子を登りながら、どんなコピーにしようか、ちょっと考えただけでワクワクする。
 
随分と梯子をのぼってきたところで、誰かに肩を叩かれた。振り返ると、白楽鳥が大きな翼を広げてヒムカを見つめていた。
 
「あ、いつもお世話になっております。月刊神様のヒムカと申します。すみません、今手が離せなくて名刺をお渡しすることができなくて」
ヒムカが慌てて白楽鳥に会釈した。
「いえいえ、いいんですよ。ヒムカさんですね、どうぞよろしくお願いします。この梯子、まだまだ続くのでお迎えに上がりました」
白楽鳥はにっこり笑ってそう言った。
 
「編集長さんも、このあたりで一緒に行ったんですよ」
「そうなんですか。ご面倒をおかけしました」
できるだけ大きな声で白楽鳥の背中からヒムカがお礼を伝えた。
白楽鳥は、梯子にそってぐんぐん空をのぼってゆく。海がどんどんヒムカから遠ざかっていった。海の色も空の色も全部が溶けあって、パステルカラーの液体の中にいるようだった。
 
「あのう、白楽鳥さん」
ヒムカは白楽鳥の背中から、声をかけた。一瞬白楽鳥の頭がこちらに傾き、聞こえていることを教えてくれる。
「今日取材させていただく神様は、どんな方ですか?」
月刊神様では、毎回トップインタビューとして、神様を1人ピックアップして取材を行うのだが、神様にはプロフィールなどがないのでいつも行ってみないと分からないのだった。
「今日の神様は、海が趣味です」
「海が趣味?」
「よく集めてらっしゃるみたいですよ」
「海を?」
「海を」
 
どんなことを尋ねよう?ヒムカが質問を考えていると、白楽鳥が空を飛ぶ速度が弱まった。ゆっくりと速度を落としながら上昇した先に、誰かが立っているのが見えた。
 
「こんにちは」
 
微笑みに風が舞うような佇まいの人のような出で立ちの誰かがいた。ヒムカは白楽鳥にお礼を述べて背中から降りると、慌てて駆け寄った。
 
「神様ですか?初めまして、今日取材をさせていただくヒムカといいます。今日はお忙しい中、ほんとうにありがとうございます」
 
ヒムカはにっこりと笑って、ぴょこんとお辞儀をした。よろしくね、と返ってきた声が美しい音楽のようで、ヒムカはうっとりと目を閉じる。
神様はくるりと背を向けると、奥に向かって歩き始めた。白楽鳥がその後に続く。
 
「ヒムカ、海はどうでしたか?」
神様が振り返った。
「今日の海、綺麗だったでしょう?」
ヒムカはさっき、白楽鳥から聞いたことを思いだした。
「あの、神様は海が趣味って聞きました」
神様はそれを聞いて、嬉しそうに微笑む。
「そうなの。全ての光を反射して、世界に溶け込む…素敵よねえ。世界中の海を集めているのよ」
 
神様がそう言って、すっと右手を掲げたあと、目の前で手のひらをゆっくり振った。
 
「わあ!すごい!」
 
神様が手を振ると、さっきまでパステルピンクに包まれていたその場所が、くっきりとした極彩色のエメラルドグリーンに変化した。キラキラと輝く水面に透けて、蛍光色の小さな魚たちが泳いでいるのが見える。
 
「すごい!すごい!」
 
ヒムカは美しいその光景に目を奪われた。仕事で来たことなどすっかり忘れて、飛び込んでしまいたくなる。
 
「今度ヒムカがきたときには、また違う海を用意しておくわね」
 
神様はヒムカの様子に目をほころばせ、また歌うようにそういった。
 

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