雨が降った

春の風が気持ち良い。乾いた真綿で肌を撫でつけるように、やっと柔らかくなってきた風が強く押し寄せてくる。花粉と黄砂で、透き通った金春色のわらび餅にきなこ粉をまぶしたみたいになっている愛車――ルノー・カングーの中で私は出勤中にそれを感じてちょっと荒んでいる。

ここ数日の体調はあまり良くない。いつものように気温と気圧の乱高下に自律神経があてられたのか、アレルギーの所為なのか、不定愁訴なのかはわからない。明確にどこか痛いだとか苦しいという事はなくて、ただ漠然と調子が悪いとしか言いようがない。面疔が出ているし、首筋は張って、後頭葉が鉛になったみたいに頭の奥が重苦しく、口の中で舌はピリピリして、手足は仄かにぼんやりしている。微熱があるみたいに意識はなんとなく不鮮明で、食欲までそんな有様だ。――今日は昼食を食べて少し後悔した。胃がムカムカする。でも吐くような程度でもない。平気だ。しかし無性に気分が晴れないので、ジャスミン茶やミントタブレットを口にしてみては、それらが気持ちの全く見当はずれのところに染み込んでいって、出涸らしのように空しく身体に蓄積されていくのを感じる。

どだい私は鈍い。幼い頃も不注意で何度か火傷や怪我をしたけど、大して痛がりもしなかったから跡になってしまっている。トイレに行くのが面倒だからと水分を控えて脱水症状で倒れた事もある。だから自分の苦痛については注意深く観察しているつもりだけど、それでも言葉にならないのだから、たぶん大したことは無い。私のおぼつかない愁訴なんかより、日頃から激務をこなしている同僚の嘆く足腰の痛みの方が遥かに明確な苦痛だ。――私だったら耐えられない。

雨が降ってきた。さぞ大粒なのだろう水滴がベチベチベチとアスファルトに打ち付けて砕け散る音がする。どこからともなく空気が雨の臭いに薄ら染まって鼻孔を触る。するとなぜだろう、渇きを潤したように気分がすっと澄んできた。気圧とか湿度とか、エアロゾルに溶け込んだ化学物質による働きなのか。あるいは雨が、私の吸い込む愁訴の原因を空気中からすっかり洗い流してしまったのかもしれない。とにかく気持ちが急に軽くなって、ずっとみぞおちを突き上げていたらしい妙な力が抜けたのを感じた。

雨はすぐに上がった。私の晴れ間もまたほんのひと時の事だった。だけどすっかり湿っぽく冷めた空気の中で、雨が降る前より少しだけ感覚がはっきり感じられた。洗車をしなくちゃ。それから病院に行って、買い物もしないと。

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