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「魔法使いの決心」 #お話

ハロウィン

 街が暗くなってきた。今日はハロウィン、魔界の門が開く。この世のものが仮装しているのと、あの世のものが混ざりわからなくなる。満月なので魔力も増える。外は賑やかになりつつあるけれど、私の家の中は静かだ。そんな中私は黙々と魔法陣を描く。正確に魔法が発動するために魔法陣は大切だ。

 歪みや切れがあるとそこから魔法が漏れてしまう。小さくなった私の魔力を全て魔法に変えるためには、正確な魔法陣が必要なのだ。ゆっくりと描いたのもあってか、きれいに描けた。そこに満月が上がってきて、月の光が当たる。ゆっくりと魔力を貯めている。私は呪文を復唱しながら、魔法陣に魔力が溜まってくるのを待っていた。

 いったい何の魔法を放とうとしているのかというと「呪い」だ。しかも親友サリアに向けて放とうとしている。魔女が使う魔法の中で「呪い」の魔法は初歩的なものだ。それを放とうとしている。完全に私は敗北者になってしまった。いつまで経っても1番のサリアに勝てなかった。どうしても2番なのだ。この間本気で取り組んだ試験でもやっぱり勝てなかった。それで私が取った作戦は親友サリアと幼なじみのトールを接近させ、サリアに恋に落ちてもらう。

 魔女や魔法使いが恋に落ちると魔力が落ちる。その魔力が少し落ちたぐらいでサリアに勝てるかどうかわからなかったけれど、それでもサリアに勝ちたいと思っていた。そうしたら、なんと自分が恋に落ちた。しかも親友の相手のトールにだ。サリアも少しは魔力が落ちてきているようだけれど、私は完全に魔力が落ちている。


 もう魔法が使えないのかもしれない。その実験のために親友に「呪い」の魔法をかける。おそらくサリアならあの膨大な魔力もあるから、私の小さな呪いははねのけられてしまうだろう。それでも彼女に向けたのは嫉妬だ。どうしても勝てない相手、自業自得だけれど、自分の心の中から離れない相手トールといつも仲いいのは悔しい。

 少しぐらい呪いの魔法をかけてもバチが当たらないなどと考えていた。魔法陣には月の光が満ち、いつでも魔法を放てるようになっていた。私は呪文を唱え始める。それほど長くない呪文なので、唱え終わり魔法を放つ。一見かかるように見えた魔法は途中で消えた。目の前で消えた。やはり自分にはもう魔力はほとんど残っていないということを再確認するだけになった。

 満月で魔界のものがやってくるこんないい条件なのにかからないなんて、やはりもう魔法は使えないんだろうか。自分の家のため魔女にならなくてはいけないこと、親友に「呪い」をかけようとしたこと、そしてトールのことが自分の中でぐるぐる渦巻いておりどうしていいかわからなくなった。どうしてこうなってしまったのかはわかっている。それでもどうしようもないのだ。

にぎやかな街

 私は家にいたくなかったので、外に出る事にした。しかしお母様に見つかってしまった。

「テリアちゃん、今からどこへいくの?」

「お母様、実はサリアに誘われて、今日のハロウィンの祭りに行く事になったの。」

 私は嘘をついた。

「そうなの?そんな事ぜんぜん言っていなかったじゃない。」

「私も昨日急に言われたのでどうしようか迷っていたのですが、サリアがどうしてもというので行く事にしたのです。」

「そぉ。じゃ遅くなる前に帰ってくるのよ。じいに送らせましょうか。」

「いえそれには及びません。途中で待ち合わせする事になっているので大丈夫です。もし何かあったら魔法でなんとかしますから。」

「そうね。テリアちゃんは魔法が使えるから大丈夫よね。じゃあ気をつけていってらっしゃい。」

「はい、お母様。いってきます。」

 私はさらに嘘をついてまでして外に出た。かといって行き先もない。まずは街に出てフラフラして、しばらくしたら帰ってこよう。あんまり心配かけるのもいいことではない。ただ、このごちゃごちゃした心を落ち着かせたいだけだった。

 街はお祭りのせいでにぎやかだった。魔界のものもいるせいもあるのか、こんなに人がいるのかと思うぐらいにぎやかだった。そんな街の様子とは裏腹に自分の心は沈んでいた。つい思い浮かんでしまうトールのことを思うとますます沈んでいった。

魔法も恋も何一つ得ることはできずにいる自分をどうしていいかわからず、ただぶらぶらしていた。いろんな屋台が出ていた。食べ物だけではない、マッサージや魔法で探し物をするサービスなどもあった。私はただ呆然とそれをみながら歩いていた。そのとき、

「彼〜女、一緒に遊ばない。」

と数人の男の人に声をかけられた。私がびっくりしていると、いきなり腕を掴んで引っ張ろうとする。肩を組んで、

「あっちにいいところあるから行かない?」

などと言っている。どうしていいかわからず連れて行かれそうになったとき、

「こら、何やってんのあんたたち!か弱い女の子に何してんの!」

と威勢のいい声がした。

「やべ、グランマじゃねぇか! 逃げたほうがいいぞ。」

そういうと男たちは散り散りにいなくなった。

「大丈夫、あなた?何かされていない?」

「はい大丈夫です。ありがとうござます。」

 私は胸がドキドキしながらもお礼を言った。

「ちょっと落ち着いたほうがいいわね。私はそこの屋台で占いをしているの。そこで少し休んで行きなさい。」

「ありがとうございます。何から何まですいません。」

 そう言って、占いのテントで休ませてもらった。

「大丈夫、はいお水。なんだか元気ないみたいだけれど。」

「そうですか?ちょっと気分が優れないもので。」

「それだったら早く家に戻ったほうがいいわよ。お祭りなのにそんな暗い顔している人はなかなかいないわよ。」

「そうでしたか。」

 苦笑いするのが精一杯だった。

「私ね占いやって長いの。でもね占いって絶対じゃないのよね。いい占いが出て何もしないと悪い道に行くし、悪い道に行ったとしても、幸せに暮らしていくこともできるのよね。あくまでも指標。それからどうするかは自分次第。だから辛いことがあっても心の持ちようよ。」

「そうなんですね。」

「そうよ〜、長く生きているといろんな人の人生見るわ。人の人生っていつもたくさんの分岐があって、それをどう選ぶかで決まっていくものなのよ。だからこうしてあなたと出会えたのも何かの縁ね。よろしくね。」

「ありがとうございます。」

 今、優しさに触れたからだろうか涙が出てくる。

「あらあら、心が少し弱っているのね。泣きたい時は泣いてもいいのよ。」

 なぜだろうしばらく涙が止まらなかった。しばらくすると涙もおさまった。

「大丈夫です。少し落ち着きました。」

「じゃあ少し占ってあげる。」

「すいません。今お金持っていないので、代金を支払うことできません。」

「いいわよ気にしないで。ではそこに座って。」

 そういうとグランマと言われたその人は瞑想し始めた。何か気が集まってくるのが見える。そんなにたくさんの魔力ではないのだが、とてもしっかりとした魔力を感じる。そこでぼそっと、

「月蝕の魔女」

とだけ言った。私が、

「それは一体どういうことでしょうか?」

と尋ねると、あなたが将来「月蝕の魔女」と呼ばれているところが見えたわ。あなた魔女見習いでしょ、良かったじゃない将来魔女になれるわよ。」

そんなことはない、もう今にも魔力が尽きようとしているのに魔女になれるわけがない。きっとこのお婆さんの占いは当たらないんだ、と思った。

「ありがとうございます。よくわからないのだけれど何かの暗示かもしれませんね。そのときが来たら思い出すようにします。」

「ごめんね。あまり私の占い役に立たなそうね。」

 帰ろうとテントから出ると向こうのほうからトールがやってくるのが見える。少し喜んだが、隣にはサリアがいた。仲のいい二人の姿を見て、二人には会いたくないと思った。早々に占いのおばあさんにお礼を言ってその場を離れた。

するとそこにじいがやってきて、

「お嬢様、こちらにいらしたのですか。お迎えに参りました。」

と言った。

とにかくそこから離れたかったので、

「ありがとう、すぐ帰るわ。」

 と言って車に乗り込んだ。たぶん私がいたことは気付いてないと思う。トールの顔を見られたのは嬉しかったけれど、今サリアには会いたくない。ただそれだけだった。

今日は満月、月は満ちているけれど、私の心は空っぽだった。


グランマ

 サリアとトールがこちらに歩きながら何やら話している。

「トール大丈夫?けっこうな荷物運んでくれてありがとう。私一人じゃ運びきれなかったよ。」

「うん、これぐらいなら大丈夫だよ。これってサリアのおばあちゃんのところに届ければいいんだよね。おばさん言ってた。」

「そうそう、おばあちゃん久々に帰ってきたと思ったら、このハロウィンの祭りで占いやるんだって。」

「そうなんだ。おばあちゃんも魔女だよね。」

「そうそう、偉大なる魔女(グレートウィッチーズ)らしいけれど、今じゃ魔力は全然だよ。私の方が強いぐらい。」

「あはははは、サリアそういうことは言わない方がいいよ。」

「だって本当だもん。でもおばあちゃんの占いってけっこう当たるんだよね。評判なのかいつも行列ができるんだよ。」

「そうなんだ。やっぱりサリアんところは魔女の家系なんだね。」

「どうだか。」

 そういうと占いのテントの前にやってきた。

「ここだね。おばあちゃんいる〜。」

 そうすると先ほどのグランマが中から出てきた。

「あぁ、サリアいらっしゃ〜い。大きくなったわね〜。」

「おばあちゃんも久しぶり〜。これお母さんから頼まれていた荷物、持ってきたよ。」

「ありがとう、トールくんもありがとうね。重かったでしょ。」

「いえいえ。これぐらい大丈夫ですよ。」

「あら、サリアの彼氏はイケメンで優しいのね〜。」

「おばあちゃん何言ってんの、トールは彼氏じゃないよ!お・さ・な・な・じ・み!」

「じゃあ、なんでそんなに赤くなってんのよ。」

「気のせい、気のせいだよ。」

 トールは横で何が話されているのか理解できずにニコニコしていた。

 少し焦ったサリアとからかっているグランマ。そんな楽しいやりとりはお祭りの雰囲気の中溶けていった。

 そこでグランマの頭の中にまたビジョンが現れた。”月蝕の魔女”のビジョンだ。サリアを前にしてもまた”月蝕の魔女”が脳裏に宿る。

「先ほどの女の子のビジョンとは違うけれど、サリアからも”月蝕の魔女”のビジョンが見えるなんて…。」

 心の中でつぶやきながら首傾げていた。

「おばあちゃん、これここでいいの〜?」

 サリアの元気な声がテントから聞こえる。

「今行くね〜。」

と叫んでグランマはテントに入っていった。


決心

 テリアは帰りの車の中で考えていた。この先どうしたらいいか考えていた。もう自分ではどうすることもできない。魔法陣も発動しない、使える魔法も日に日に少なくなってくる。このままいくと魔女家系の家から魔女がいなくなってしまう。でもどうにもならないのだ。

 サリアとトールが並んでいるのを見て心がモヤモヤした。たぶんこれは”嫉妬”だろう。嫉妬するなと言われてもしてしまうものを抑えることはできない。先ほど楽しそうな人混みの中を歩いても自分の心は満たされなかった。車の中で、じいは何も話しかけてこなかった。だから私も何も話さなかった。

 家に着いた。中に入るとお母様が心配そうに近づいてきた。

「遅いから心配しちゃったわよ。大丈夫。」

「大丈夫だって言ったじゃない。」

 ちょっと今はお母様と話したくなかった。早くひとりになりたかった。

「いくらサリアちゃんと一緒だからって遅いわよ。」

 お母様は怒っているというより心配で泣きそうになっていただけだった。だから私は、

「ごめんなさい。ちょっとだけ疲れていたので言い方がキツくなってしまいました。お母様心配かけてごめんなさい。」

 そういうとお母様は納得したようで、それ以上は責めてこなかった。

 少し悪いなと思ったのだけれど、今は本当に一人になりたかった。

 自分の部屋に戻りいろいろと考えた。もう逆にトールのことは忘れるために家を離れて魔女に弟子入りしよう、そして魔法の道を極めようそう思った。そうしたらトールは褒めてくれるだろうか。またトールのことを考えてしまった。これじゃ全く意味がない。結局魔法を失う事に変わりはない。

 もう何も考えたくない。家のことも魔法のこともトールのこともサリアのことも、何も考えたくない。深い海に沈んで音も光もない世界に行きたい。今日ぐらい許されないのだろうか。それも叶わない。もうここでどうにもならない事に気づいた。

 それならばもうどう転んでもきちんとしていこう。魔女の道からはずれたとしてもその道を歩いていこう。その中でできることを頑張っていこう。そう決心した。もうそうするしか仕方ないのだ。今日はたくさんのことがあった。このたくさんの出来事がいつか笑い話になるのだろうか。そうなると信じたい。

 窓からさした満月の光は高く深く部屋の中まで照らしていた。

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