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【小説】ある技官、その妻とトキのぬいぐるみ 第37話

第37話 妻の地元の交友関係

 妻がかつて演劇人だったことは何度もお話していると思います。演劇人というのは、稼げないそうですね。そのため様々な仕事をしていたらしく、その都度、知り合いが増えていったらしいのです。
 また、妻はよく人に話しかけられます。一緒に歩いていたり、買い物をしているとよくあるので、またか、と私は思います。
「〇〇に行きたいんですけど、どう行ったらいいですか?」
 から始まり、
「こっちの方が安いわよね?(買い物中)」
「いい天気ねぇ? どこから来たの?」
「この公園では、この(桜の)枝が一番最初に咲き始めるんよ」などなど…
 ある時など、観光地になっている寺でいきなりお坊さんが近づいてきて、突然寺の由来を妻に説明し始めたのです。他にもたくさん人がいたんですよ? それなのになぜ、妻にだけ説明したのでしょうか?
 また、ある時は、
「とてくださーい(外国人観光客にスマホを渡され、写真を撮ってあげる)ありがとございまーす」
 などと、例を挙げるときりがありません。いやいや……。結婚当初はいちいち驚いていましたが、最近は慣れ、妻の隣でうんうんと一緒に聞く私は、スマホで地図を表示し教えてあげたりするようになりました。
 これらの話は決して妻自慢ではありません。そのへんはお断りしておきます。ゴホン、ゴホン。妻に言わせると、小柄で、よくいる顔だから(うん。確かに弥生人顔だ)話しかけやすいのだろう、ということです。
 なぜ、このような話をしているのかといいますと、妻の友人、知人、親戚(付き合いのある)の数が多すぎると言いたいのです。はっきりいってすべては覚えられません。
 加えて、妻はとてもおしゃべりです。例を挙げますと。
「あのさ、今度の木曜日に高校の友達のA子とBりんとランチしてくるね」
「うん」
「A子はD市(埼T県)のダンナさんの実家に入ってね、子供が1人いて女の子なんだけど~(しばらく紹介が続く)」
「ふむふむ」
「でね、BりんはもともとE市(落花生県)だから泳ぎが得意でね、男の子が2人いて~(しばらく紹介がつづく)」
「……」
「あ、ラ〇ン。(スマホを操作し)ああ、F美からだ。あはは。見て見て。(送られてきた写真を見せてくれる)」
 と、この調子でありまして。いやぁ~、正直1回ですべては覚えられません。例えば、同じ流れで複数の人の話をされると、情報が混じってしまいます。高校時代の友達の他にも、学生時代の友達、○○の仕事のときの友達、××のときの知り合い、劇団関係、演劇関係、いとこ、叔母、短歌結社の歌友かゆうなどなど。因みに、女子会とは、どうやらこれらのメンバーとだぶっているようです。これらの人達は落花生県とT京を中心とした関東エリアに集中して居住しています。(短歌結社の歌人達は全国にいるようですが)
 わかっています。今回の引っ越しでT京在住となった妻は、これらの人達に順番に会っていくつもりなのでしょう。
 就職したときからずっとN本列島転勤族である私から言わせれば、妻のような元定住族(県内をちょっと移動したくらいはカウントされんばい、美花ちゃん)は定住しているが故に、固定した人間関係が構築されやすいのでしょう。
 まあ、こうして友人、知人にすぐ会える環境のせいで妻の機嫌がよい。だから、よしとします。
「きいちゃんは?」
「どうした、きいちゃん」と私。
「もくよー、みかちゃ、どこいく?」
 しっかり聞いていたんだな、きいちゃん。
「えぇ~???」と言って妻は、とぼけた弥生人顔をします。
 これは…、きいちゃんを置いていくつもりだな。女子会は4時間一気に喋れると豪語する(お、恐ろしかぁ)妻なので、きっときいちゃんのことを気にかけてやれないと予想してのことなのでしょう。
「きいちゃんも、きいちゃんも」
 きいちゃんが騒ぎ出します。さて、妻はどうやってきいちゃんを納得させ出掛けるつもりなのでしょうか。私は出勤していますので、その時立ち会うことはできません。
 きいちゃんのぬいぐるみの顔を覗き込みますと、黒くて細い嘴の赤い先端をつんとさせ、ガラス玉のような目をうるうるとさせているように見えます。私はきいちゃんの小さな頭を撫でて、なぐさめました。


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