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【母の遺作】 すすきの村で  その4

卒業生を送る会で祭り


 校庭の桃の花も、さきほこって、いいにおいをさせていた。
 五年生という学年も、もう半月ほどで、終了となる。

 市子と、マリ子は“卒業生を送る会“で“祭り“をしようと、走りまわっていた。担任の八木先生も、校長先生も賛成して、協力するといっていた。
 でも、心配なのは、今だに、一週間に一度、それも、職員室にしか、登校してこられない八重子を、みんなのわのなかにいれられるか、どうかだ。はっきりいって、“祭り“は、八重子が、クラスにかえってこられるようにと、期待してのプランなのだから。
「ね、市子ちゃん、私、やっぱり、麻子ちゃんに協力してくれるように、たのんでみる」
マリ子は、市子にいった。
「どんなふうにたのむのよ?」
 市子は、心配して、まゆをよせた。麻子は、八重子の事件があっても、いっこうに、気にしていなかった。おりをみて、また、マリ子を、自分の子分にしようと、考えてるようにさえ、市子には、見えていた。
「マリ子ちゃんが、また、ひっぱられたんじゃ、どうしょうもないよ」
「そんなことには、ならないから。ぜったいよ」
マリ子は、あわてて、首をふる。
(私、もうちょっとで、八重子ちゃんを、死なせてしまうところだった。それを忘れたら、生きてるかいないもん。私、死ぬのは、ヤダもん。ここで、なんとかしなきゃ。自分が、許せない)
「麻子ちゃんちね、大阪で、人にだまされて、大変な借金しちゃったらしいの。それまでは、明るくって、いい子だったんだって。八木先生が、前の学校にといあわせて、わかったらしいんだけど…。八木先生にも、いわれたの。ここが、正念場だって。八木先生や、校長先生、まわりのみんなが、どれだけ、やさしくなれるかだって」
 マリ子は、胸のおもいを、一気に、はきだすようしゃべりつづけた。
「まわりのみんなが、どれだけ、やさしくなれるかだなんて、どういうこと?」
 市子は、八重子のために、ものわかりが、わるくなろうとしている自分を感じていた。"あの場"にいきあわせた市子は、あれ以来、すべてのことを単純には、考えなくなっていた。
 市子の母に言わせれば、単眼でものを見なくなっている。複眼でものを見ようとしてるのよ。それは成長のあかしなのよ、ということらしいが…。
「麻子ちゃんの人間に対する絶望感を、なんとか、変えないかぎり、麻子ちゃんのいじめは、直らないんじゃないかって、八木先生が、いってた」
「そう」
「マリ子に、ちょっかいだしたのも、八重子ちゃんに、ひどいことしたのも、麻子ちゃんが、なにかに、すごく、うえてたんじゃないかなあって。マリ子にも、少しわかってきたような気がしたの。だから、逃げてばかりいないで、ぶつかってみようかなって」
 マリ子は、考え、考え、いった。


"ドンツク、ツクツク、ドンツクドン、
ドンツク、タッタッ、ドンツクタック"
大だいこの音が、突然、ひびいた。
「わーい、しんいちにいちゃん、きょうは、学校でたいこ、たたくの?」
 学童保育にいってる一年生が、うれしそうにさけんでいる。
「そうだよ。今年は、学校でも、祭りをするんだ!」
 ほかの青年団の人もいる。
「ほんと!たいこ、たたかしてくれる?」
「うん、あとでな」
 わいわいと声が、近づいてくる。
「おっ、マリ子ちゃん。市子もいるな。今日、三人つごうがついたから、さっそくきたぞ。あとで、正吉じいさんも、くるってさ」
 伸一兄さんは、かるがると、たいこをかかえて、校長室に入っていった。
 校長先生が、廊下にいた、マリ子と、市子をよんだ。校長室に入っていくと、八木先生も、麻子の担任の高田先生もいた。
「ちょっくら、たたいてみっか」
校長先生は、子どもみたいに、目をキランギランさせていた。
「おいおい、光坊、たいこの皮、やぶるなよ」
 ガランと、戸をあけて、のぞきこんだ正吉じいさんが、でっかい声で、からかった。
「あっ、正吉じいさん!」
 校長先生は、いたずらを見つけられた子どものように、首をすくめた。
「いつまでも、光坊じゃ、かなわんですな」
 校長先生は、正吉じいさんを、にらんだ。
「は、は、まあな。じゃ、おれと、たいこのたたきっくらするか?・」
 正吉じいさんは、腰の手ぬぐいを、しゆっとぬくと、きりりと、ねじりあげ、はちまきをした。校長先生も、まけじと、オランウータンばりの腰を、さぐった。が、てぬぐいなど、さがってるはずは、ない。
「正吉じいさんの一本勝ち!」
 伸一兄さんが、じゆうどうの審判のように、判定をくだした。
「校長先生、このスカーフ、お使いになります?・」
八木先生が、首にまいていた花がらのスカーフをさしだした。
「おお、こりやー、いい。こっちの方が、モダンじゃ。な、みんな」
「校長先生の一本勝ち!」
 伸一兄さんは、校長先生の右手を、高くあげた。
 大人二人は、かわるがわるに、大だいこを、たたいた。
校長先生のたいこは、
ドーン、ドーン、ドドドド、ドーン
と、重くて、太い音。
 正吉じいさんは、
 タッタカ、タカタカ、タカタカ、タン、
 タタッカ、タカタカ、タカタカ、タン。
と、軽い音もまじる。
 みんなの気持ちが、すこしずつ、陽気になってくるのが、マリ子にも、伝わってきた。
「ね、市子ちゃん、ぜったい、お祭り、成功させようよね!」
「うん」
 市子の胸も熱くなっている。八木先生も、高田先生も、ポッと、上気している。
 校長室のドアから、学童保育にいってる子どもたちが、うれしそうに、のぞいていた。


八重子ちゃんは、やつぱりバツグン


 卒業生を送る祭りねつは、学校中にひろがリ、それは、地区をもまきこんだ。
 祭りの日は、三月十六日(日)、二時からと、きまった。場所は、延能神社の境内をかりることになった。
 校長先生が、はりきって、正吉じいさんと、まっはりきって、正吉じいさんと、まっこうからたいこで、勝負をすると、宣言した。校長先生は、低学年の子を相手に、毎日、たいこをたたいて、練習している。
 伸一たち、青年団員は、ちょうちんをかざったり、おどりの練習をしたり、祭りにそなえて、地区を、走りまわっている。
 マリ子も、麻子に、やっと、はっきり、いえた。
「麻子ちゃん、これから、マリ子、子分は、やめにするからね。それから、麻子ちゃんとは、親分、子分じゃなくて、友だちになりたいから。はじめっから、やり直すつもりよ」
「フーン、それで」
「八重子ちゃんにも、ちゃんと、あやまってよ。今まで、いじわるしたこと、ごめんねって」
「あやまらんっていうたら、あんた、どうする」
「麻子ちゃんは、ほんとは、やさしい人やって、大阪の先生が、いうとったよ。八木先生が、前の先生に聞いたもん。ね、私も、八重子ちゃんに、何べんでも、あやまるつもりや。だから、麻子ちゃんも、いっしょに、あやまろう」
 マリ子は、麻子の腕をとって、ゆすった。
 麻子は、しばらく、考えていた。
 そまつなジーパンのすそが、ドロで、よごれている。セーターのそでぐちは、パカパカにのびている。そのそでぐちをひっぱりながら、麻子は、八幡山のむこうの空を見あげた。
「ヨッシャ!もういじめへん。あんな、ヘョロヘョロした八重子ちゃん、いじめても、おもろない」
「いやよ。かわりにだれか見つけるなんて、いわないでよ!そんなことしたら、マリ子が市子ちゃんと、とんでくるからね」
 マリ子は、パシンといっておく。
(…麻子ちゃんは、もう、そんなことしないわ。きっと。麻子ちゃんは、ホントの友だちがなかったから…)
「そんな、ケンチなこと、せえへんから、安心しとき!」
「よかった。ありがとう!ホントの友だちに、ぜったい、なろうね!」
 麻子は、ちょっとてれて、笑った。


 三月十五日は、すばらしい天気になった。
 延能神社の境内は、梅の木にも、桃の木にも、祭りちょうちんが、かざられた。
"ドーン、ドーン、ドーン"
大だいこの音にまじって、正吉じいさんの、軽快な
 タッタカ、タカタカ、タカタカ、タン、
 タッタカ、タカタカ、タカタカ、タン
いう、たいこの音が聞こえてくる。
「八重子ちゃん、はやく、はやく!」
おばさんといっしょにきたのに、大杉のかげに、かくれた八重子ちゃんを見つけて、みんなが、よんだ。
 マリ子は、麻子の手をひっぱって、市子とかけよった。
 おばさんの背中にかくれた、八重子に、マリ子は、あやまった。
「私、弱虫だったから…。それだけじゃないの。八重子ちゃんをこまらせてると、なんだか、胸が、すうーっとする気がして…」
「ほら、麻子ちゃんも、あやまるんじゃないの?」
「ごめんね。麻子も、いつのまにか、麻子じゃなくなってた。いじわるが、楽しくなるなんて、最低よね。あやまってすむことじゃないけど。すみませんでした」
 麻子は、ペコリと頭をさげた。
「八重子ちゃんのおどりは、ばつぐんだってね。はやく、おどろうよ!」
 市子が、八重子の手をひっぱった。
 梅のかおりが、ただよう境内で、時ならぬ、祭りがはじまるというので、地区の人たちも、おどりにきていた。おどりのわは、二重にも、三重にも、ひろがっていく。
 校長先生のたいこは、ゆっくりと、おもおもしく…おどり手も、ゆったりと手を動かす。正吉じいさんや、伸一兄さんが、たいこを、うちはじめると、身体の底から、チャッ、チャッ、チャッと、リズムが、わきおこってくる。
 八重子のおどりは、やっぱり、バツグンだった。身体中が、みごとにリズムにのっている。
 はじめは、おずおずと、手を動かしていたのに…。たいこの音が、はげしくなるにつれ、手も、足も、生きいき動きはじめた。
「上手ねえー」
 市子や、マリ子が、声をかけると、八重子の手や足は、よけい、しなやかに動いた。麻子も、勝子といっしょに、途中から、おどりのわに、入ってきた。
「ごめんな、八重子ちゃん」
たしかに、麻子ちゃんの声で、そう聞こえた。マリ子は、とびあがるほど、うれしくなった。
 麻子に、走りよると、きく。
「麻子ちゃん、今、なんて、いった?」
「ごめんねって、いった、だけよ」
麻子は、すまして、横をむいた。八重子が、こまったような顔をして、モジモジしている。
「本気で、あやまったんだよね、麻子ちゃん。ちゃんと、いったげて」
マリ子は、くどいと、おこられてもいい、と思いながら、念をおす。
「ああ、本気だよ。八重子ちゃん、ほんとに、ごめんな」
 麻子は、ちょっと、めんどくさそうに、でも、はっきりと、返事した。
"ドン、ドン、ツクツク、ドン、ツク、ドン、
ドン、ドン、ツク、ツク、ドン、ツク、ドン"
校長先生が、ねじりはちまきで、新しいリズムをうちはじめた。八木先生、高田先生、地区の人たちが、先にたって、おどリの形を、かえていく。
 八重子ちゃんの手ぶり、身ぶりにあわせて、マリ子たちも、おどりの形を、かえていった。
 卒業生を送る祭りは、ますます、もりあがっていく。(おわり)

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1985年度子ども世界・児童文化の会 年度別文化賞受賞作品

子ども世界No.140 141 86年3月号4月号 掲載
   

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