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【母の遺作】笙太は落人の子孫なの?②

[四]


 笙太は、すいかをたいらげると、ひいじいちゃんをつついた。
「ねぇ、いつ、大間の歴史を教えてくれるの?」
 ひいじいちゃんは、だまってたばこに火をつけ た。けむりを、ぷかあり ぷかありふかす。
「なにから話せぱいいかのう。笙太は、ちっとは、知ってるのかのう?」
「ええっ、なんのこと?」
「ははぁ、やっぱり! なんにも知らんのか」
 ひいじいちゃんの声が、大きくひびいた。
 かあさんが、くくくっと、わらった。
 ぱあちゃんが、指で眉 (まゆ) をなでなから、いった。
「ほら、ほら……。ひいじいちゃんの十八番(おはこ) が、 はじまるよ。 まゆつば、 眉つば」
「まゆつばとちがうぞ」
 ひいじいちゃんは、おこったようにいって、庭におりた。笙太は、ひいじいちゃんをおいかけた。
「ねぇ。 ひいじいちゃんの十八番(おはこ) ってなんなの?教えてよ」
 ひいじいちゃんは、 きげんを直して、
「たばこがすむまで、ちょっとまて」
と、 道のそばの丸太に、こしかけた。
 笙太も横にすわって、まった。
「ねぇ、はやく教えてよ!大間の歴史も、教えてくれるはずでしょ」
 笙太は、ひいじいちゃんのうでをゆすった。
「わかった、わかった。 今いうよ」
 ひいじいちゃんは、たばこをもみけした。
「なぁ、笙太は、学校で『応仁の乱(おうにんの らん) 』 のこと、習っただろう?」
「まだ、習ってないよ。なんか、ややこしい戦のことだろう。でも、そこまですすんでないの」
「まだなのかあ」
 ひいじいちゃんは、まゆをしかめた。
「どうしたの?」
「うん。もしかして、うちは 『応仁の乱」』の落人 (おちうど) の子孫かも知れないんだ」
「 ヘえ! ひいじいちゃんち落人の子孫なのお?」
 笙太は、ポケットからてちょうをだして、書きとめた。
『ひいじいちゃん家ーー落人の子孫かも?』
 ひいじいちゃんは、じっと、笙太の手元をのぞいてた。笙太は、前に見たテレピのことを、思い出した。
(たしか、『落人』ってのは、 戦に負けて、だれも来ないような所に住み着いた人のことを、いうんだよなあ)
「ヘぇえ! ひいじいちゃんち、落人の子孫なの かあ。でも、ぼくんちは、ちがうよね。まちに住んでるもの」
「いや!うちがそうなら、笙太んちもそうだ。笙太は、中村の血を引いてるんだからな」
 ひいじいちゃんは、いやにきっぱりと、いいきった。
「ええっ! ぽくも、落人の子孫なの?」
 笙太は、メモを取るのもわすれて、さけんだ。
 ホーホケキョ ホーホケキョ……。
 ホーホケキョ ホーホケキョ……。
うぐいすが、また、ないた。
「今の鳴き声は、後ろの山からだな」
ひいじいちゃんが、山をふりかえった。
「ね、ぼくらのご先祖さんが、ほんとに落人なら、どこから落ちのびてきたのかなぁ?」
 笙太が聞くと、ひいじいちゃんはいった。
「京の都じゃないかと思うけどな。確かなことは、ひいじいちゃんにも、わからん。でも、ご先祖さん達は、あの七つ峰をこえて、ここに落ちのびてきたらしいと、いわれてるけど……」
 ひいじいちゃんは、南アルプスのふもとの七つ峰を指さした。
「へえー!歴史ドラマみたい!もっとくわしく、話して」
 笙太は、ひいじいちゃんにせがんだ。
「じゃあ、 もっとこっちヘ寄りな」
ひいじいちゃんは、自分の横をトントンとたたいた。笙太がすぐ横に寄ると、ひいじいちゃんは、ゆっくりと語ってくれた。

[五]


「これは、大間に、伝わってる話じゃ。
 むかし、昔、戦乱の世のことじゃった。
 わしらのご先祖さんが仕えていた方が、戦(いくさ)に破れたそうな。その仕えてた方がどなたか、いまだにわからないのが、残念だけどな。
 ご先祖さん達は、命からがら、まず、信州・高遠(たかとお)乾(いぬい) の町に逃れ落ちた。
 ところが、高遠まで、追手がきた。
 身が危ういとみたご先祖さん達は、主従四人で、山づたいに、ここに落ちのびてきたんじゃて。
 砂 宮太夫 (いさご みやだゆう) さん、 森、 向井 (むかい) 、 仲谷 (なかたに) の四人じゃ。
 向井はそののち、中村と改名した。
 この中村が、うちのご先祖さんだそうな。
 ご先祖さん達は、砂さんを頭に、全員で『やぼ』という、焼き畑をしてくらしたんだと。
 『やぼ』 というのはの。
 山の雑木のかた方から、 火をつけて……。火事にならんよう、ようす見い見い、山焼きするんや。できた畑に、稗(ひえ) や粟(あわ) を植えて の。わずかにとれたものを、食料にしたんや。
 やがて、小豆(あずき) や、大豆(だいず)も植え、みそやしょうゆもみな手作りしたそうな。
 もともと、ここは、滝があるだけの山奥での。さるやしかや、おおかみや、いのししのすみかだったんじゃて。だから、せっかく実った作物を、けものに荒らされて、困ったそうな。もっとも、けもの方も、あとから来た人間が、勝手に山を切り開いて、困ったんじゃろうがの。
 『焼き畑』でとれるものは、 少ない。その少ない量を、みんなでやりくりして、細々とくらしていたんだと。
 ここが安全だと見極めがつくまでは、女房・子どもも、呼ベなかったにちがいないよのう。
 砂さんの名前も、落人になった時、身をかくすために、変えたんじゃないかといわれてるんだ。
 なんせ、戦乱の世じゃ。
 見つかれぱ、命はない。みんな、必死じゃ。
 嫁取りや分家も、ムラ内だけでして、ひっそりくらしていたんじゃと。
 塩がなくて困った時も、夜中にこっそり海ヘ行って、塩水くんできたという話が、残ってるくら いだもの」

 ひいじいちゃんは、山仕事であれた手で、ひたいをツルリとなであげた。
 笙太は、背中がゾクッとした。
「ねえ、ご先祖さん達は、いつごろ、ここにきたんだろう?」
「ああ、それは、わかっとる。
 ほらっ、目の前の白髭神社(しらひげじんじゃ) に祭ってある不動尊なぁ。天文五年 (一五三六年) の師走(しわす=十二月) に、建てかえられ た記録があるんだ。
 記録にはな。旦那 (だんな) ・砂 宮太夫(いさご みやだゆう) 、刀工 玄眞(とうこう げんしん) と、のこっているそうだ。
 砂さんの子孫は、今でも、このムラに住んでるよ。ムラの一番高い所に二軒並んでるだろう。ほら、その左側がそうだよ」
 ひいじいちゃんが、立って、指さした。
 笙太も、 伸び上がって、見た。
 砂さんの家は、小さな山を背に、守るようにたっていた。

「なあ、 笙太。
 わしは、天文五年の前が、まだあると思ってるんじゃけどな。
 砂さんが、はじめに持ってきた不動尊は、檜材(ひのきざい) だったそうな。
 檜材じゃあ、朽ちやすい。朽ちてしまったから、天文五年=一五三六年に 作り直したんじゃ
 天文五年というと、今から四五四年前の、室町時代(むろまちじだい) のことじゃ。静岡の歴史年表を見たら、今川氏親(いまがわ うじちか) が、 『今川仮名目録』 を制定 (せいてい) したのが、 一五二六年だと。
 徳川家康(松平竹千代) が、 今川義元(いまがわよしもと) の人質になったのが、天文一八年=一五四九年のことじゃった。
 天文五年は、その間のことなんじゃよ。
 もっときっちりいうと、今川義元が、家督をついだ年だそうだ」
 
 ひいじいちゃんは、力を入れて語ってくれた。
 笙太でも、『徳川家康』 のことは、 テレビや本で知っている。家康が、 今川義元の人質になっていた話も、 静岡では、有名だ。
 そのことを思い出すと、天文五年の頃が、笙太にも、少しは想像できるような気がした。
 ひいじいちゃんは、一息ついて、話を続けた。
「白髭神社に納められてる不動尊はのう。
 前、砂さんが持ってきたものを、あとから建て直したんだからな。
 前の分をたして計算すると、ご先祖さんがきたのは、『応仁の乱』のころのような気がしてな。
 いとこも、同じ考えだってさ」
「へええ!ひいじいちゃん、よく調ベたねえ」
 笙太は、感心した。
「でも…… 。 ちょっと、むつかしい話だね」
「そうよのう。笙太には、ちと、むつかしかったなあ。でも、まあ聞いてくれや」
 ひいじいちゃんは、色あせたメモ用紙を、ごそごそと、ポケットからとりだした。

「ええと、わしが調ベたところでは、な。
『応仁の乱』というのは、 室町時代の一四七九年から十一年も続いた戦だったらしい。
 細川勝元 (ほそかわかつもと) と山名宗全(やまなそうぜん)との対立に、 将軍 ・ 足利義政(あしかがよしまさ) のあとつぎ問題、 斯波 (しば) ・畠山(はたけやま) 管領家(かんりょうけ) の 相続争い(そうぞくあらそい) がからんでの。
 国中の大名が、東西にわかれて争ったんだと。
 その争いが、地方にまで拡がって、乱世の世になってしまったんじゃ。
 今日の都は、荒れ果てて、室町幕府の権威も、すっかり、落ちてしまったそうな」

 話が、ますます、むつかしくなってきた。でも、笙太は、いっしょうけんめい聞いた。
「のう、笙太!争いごとが続くと、人の心もみだれる。
 一刻もはやく、戦が終わってほしいと顧うのは、 今もむかしも、同じよなあ」
「そうだよねえ」

[六]


 ひいじいちゃんが、きゅうに早口になった。
「大間が、落人のムラだという証拠は、ほかにもあるんだよ。
『陰暦二月十六日』 と 『陰暦六月十六日』 にな、若い衆が、『おひまち』するんじゃ。
 月がのぼりはじめたら、仕事をやめて、砂さんの家に『おこもり』するんじゃ。
 そして、夜ぴいて、笛をふいたり、即興の和歌を吟じて、楽しんだそうだよ。
 ふつうは、『十五夜お月さん』って歌うだろ。
 けど、大間では、みな陰暦の十六日なんじゃ。『神楽』の舞い方も、藤原の流れをくむものと、似てるらしいがの…… 」
 ひいじいちゃんの目が、きゅうに、いたずらっこみたいに、光った。
「わしも、腰が曲がらなかったころは、ずいぶん舞ったもんじゃ」
「楽しかったの?」
「ああ、楽しかった!
 つらい山仕事も、食科のとぽしいこともわすれ て、むちゅうになって、 舞ったもんさ」
「ぽくも、『神楽舞』習おうかなぁ?」
「おお、そりゃあ、ええ!こりゃ、めでたい!」
 ひいじいちゃんは、手をうって、喜んだ。
(ぽくが落人の子孫なら、いつか、きっと!
 ご先祖さん達が、生まれた所に住めなくなった『戦(いくさ)』の正体を、見極めなきゃ)
(ここに来てからだって、大変だっただろうな。それも、ちゃんと知らなくちゃあ)
「ね、ひいじいちゃん。ぽく、ムラのほかの人にも、取材していいかなぁ」
「そりゃあいいさ。砂さんや、ムラに残っている人に、いろいろ、教えてもらうといいよ。いい勉強させてもらえるぞ」
 ひいじいちゃんは、にこにこわらった。
 白くのぴた八の字まゆげが、もっと、たれさがって、絵本にでてくる仙人の顔みたいになった。
「じゃ、たのんでみるね。どんなこと、教えてもらえるかなあ?」
 笙太の胸は、わくわくしてきた。 
 ホーホケキョ、 ケキョケキョケキョ……。
 ケキョケキョケキョ。 ホーホケキョ……。
 うぐいすが、また、鳴いた。

☆☆☆☆☆

「かしの木」21号 1991年4月 掲載
「コロナ」No35   1991年5月 掲載



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