【母の遺作】 すすきの村で その1

友達になったしるしに三百円…

 ひとりっ子のマリ子は、おとなしくて、すごく人みしりする性格だった。
 それが、五年生の二学期に、町の団地から田んぼの中の一軒家に引越してから、すこしずつかわってきた。
 きっかけは、隣りの五年二組の麻子だった。
 まだ友達ができなくて、 一人で下校してきたマリ子を、麻子は、土手のすすきの中にねころがって、 まちぶせしていた。
「マリちゃん、いい服着てるねえー、あんたっち、金持ちなんでしょう。あんな、いい家、たてたんだから」
 麻子は、いじわるく、 マリ子の白いワンピースで、自分の手をふいた。すくいあげるように見つめている、麻子の目から、マリ子は、逃げられない。
 だれかがいってた言葉が、わあっと、 マリ子の頭の中にひろがった。
ー麻子ちゃんは、延能小学校のボスよー
「あ、あの …」
「もうすぐ、お月見よ。すすき、とっといてあげた。いるの、 いらないの?・」
「う、 うーん」
「ほしいの、ね」
 麻子は、ひくい声で、念をおした。
「は、はい」
「じゃーあげる。これで、私たち友達よね」
 麻子は、マリ子の胸に、すすきをおしつけながら、 ひとこと、ひとこと、たしかめるようにいった。
「さて、と」
麻子は、ドロをはらうように、両手をパンパンとならして、マリ子のわきに、すりよった。
「三百円かしてくれる。友達になったしるしに…。三百円落として、困ってんのよ。タはんのあじ、買ってかえらなきゃなんないのに」
 麻子は、わざとらしく、ジーパンのポケットに手をつっこんで、ふってみせた。

 マリ子には、三百円落としたという麻子の言葉が、 ほんとか、うそか、わからない。
 ただ、すこしでもはやく、麻子とわかれたかった。
 恐さが、胃のあたりから、つきあげてくる。
「三百円ですね。じゃ、これ。返してくれなくてもいいです。だから… 」
(これっきりにしてください)
 ロの中でつぶやくと、マリ子は、ポケットから、 小さなサイフを取りだした。えのぐを買ったおつりの中から、三百円をふるえながらだす。そして、麻子の手の中に、おしこんだ。
「サンギュー。でも、くれとは、いってないんだよ」
 麻子は、くやしそうに、口をゆがめた。

 その二日後。麻子は、また、あの土手でマリ子をまちぶせしていた。
「マリちゃん、悪いけど、また、二百円かしてよ」 麻子の声は、やわらかかった。けど、前の三百円のことは、なにもいわない。マリ子が、返さなくていいといったのだから、もういいと思っているのだろうか。マリ子は、それを確かめる勇気はなかった。
 やっと、声をおしだして、聞いてみる。
「今日は、なぜ二百円いるの?」
「いいじゃない、そんなこと。友達だったら、そんなこと聞かなくても、貸してくれたらええやんか」
 関西なまりで、麻子にすごまれたが、マリ子は、ふと思いついて、いってみる。
「だって、今日は、もってないもん」
サイフをランドセルの中に入れておいてよかったーとマリ子は思った。
「じゃ、つきあいな」
 麻子は、マリ子の手を、むりやりひっぱると、すすきの中にかくれた。秋風が、銀色のすすきの穂をゆらしていく。
「きた、きた。八重子だったら、いいなりになるよ。おとなしいから… 」
 一人で、うつむきがちにくる八重子を見て麻子が、マリ子をつついた。
「マリちゃんよ。あんたが、二百円貸りてきてよ」
 麻子は、トンと、マリ子の背をおした。
「逃げると、しょうちしないから」
 おしころした麻子の声が、マリ子を追ってくる。ほこりっぽい道のまん中で、マリ子は、逃げるに逃げられないで、立ちおうじょうした。
「あ、あの…」
「どうしたの、マリ子ちゃん」
「明日、返すから、八重子ちゃん、二百円貸してくれない?・」
 八重子は、びっくりしたように、口を半びらきにして、 マリ子を見つめた。同じ五年一組でもほとんど話したこともないマリ子にたのまれて、なんと返事しようかと、首をかしげている。
 ザザッと音がして、マリ子のうしろに、麻子がたった。
「マリ子ちゃんは、ノートを買うのに、お金がいるんだよ。だのに、落として、こまってるってわけ。あんた、友達が、こまってるのに平気なの。かしてあげなよ。ね、 マリ子ちゃん、ノート二冊買ってかないと、宿題できないんだよ、ね」
 マリ子は、麻子のウソに、おどろきながらも、 つい、うなずいてしまった。
 八重子は、麻子の顔を、じっと見ていたが、
「わかったわ」
と、つぶやいた。そして、ビーズのサイフを出して のぞいてみた。
「たりないわ。マリ子ちゃん、じゃ、 こうしよう、山庄雑貨は、おばさん家だから、ノート、かりてあげる。さ、いこうよ」
 すすきの土手道を、先に立って歩く八重子を見て、 麻子は、ちえっと、舌をならした。
 それでも、マリ子と、八重子のあとから、ついてきた。
 マリ子は、山庄雑貨店で、買いたくもないノートをいいかげんにえらんで、二冊、買った。二冊のノートは、つけにしてもらった。
 八重子が、別れ道で、むこうにいくのを見とどけた麻子は、マリ子の手から、ノートをひったくり、 ノートを開いて、草の汁を、たっぶりぬりたくった。
「いい? 明日、学校で、八重子にいってやりな。八重子のおばさん家では、こんなノートを売って、 金もうけしてるのかって」
「だって…」
「だっても、へちまもないんだよ。八重子のやつ、 おとなしそうな顔してて、なまいきなんだよ。こらしめてやらなきゃ。つけあがるばっかりだよ。おかげで、こっちは、晩のおかずも買えやしない」
 麻子は、肩をそびやかせた。うすい肩が、かっと、 はげしく、はねあがった。
 マリ子は、だまって自分の家へむかった。

マリ子は、かげの子分?


 つぎの朝、マリ子は、ゆううつな気分で登校した。 艇予が、校門の手前で、まちぶせしていて、耳もとでささやいた。
「いいかい。ノートのこと、うまくやんなきゃだめだよ。八重子から、二百円せしめるんだよ」
 マリ子は、家に、逃げて帰りたかった。
 前の学校では、マリ子は、めだたない、おとなしい子ということで、ほっておかれた。友達どうしで、 買物にいく時も、誕生パーティーをする時でも。

 そのころは、つまらないと思ったが、今の延能小学校よりましだった気が、急にしてくる。
 麻子におされて、五年一組の教室に入ったマリ子に、麻子のーの子分の勝子が、声をかけてきた。
「マリ子ちゃん、きのう、ノート買ったんでしょ、どんなの? 見せてえ」
「どんなのって、べつに… 」
「かくすことないじゃない。見せな、見せな」
 勝子は、いいながら、 マリ子のランドセルを、かってにどんどんあけた。ノートを取りだし、パラパラめくる。
「まあ、麻子ちゃん、このノート、どこで買ったのよ。こんなによごれてるわよ。ひどいわねえ、こんなノートを売るなんて。まあ、こっちのノートもよ」
 勝子は、二冊のノートのよごれを、これみよがしに、みんなの鼻先につきつけてまわった。
「あ、あの …」
マリ子が、ノートを取ろうとするのを、さえぎって、勝子は、となりの席の典子に話しかけた。
「町からひっこしてきたばっかりのマリ子ちゃんに、 こんなノートを売りつけるなんて、ひどいじゃない。ね、そうでしょう」
 典子は、正義感で、顔を赤くそめ、うなずきかえしている。
 マリ子は、はずかしくて、トイレに逃げこもうと、 教室をとびだした。
 すこししてマリ子が、教室に帰ってきたら、八重手が、机に顔をふせて、泣いていた。
 勝子が、ウインクしながら、マリ子の手の中に、 二百円をおしこんだ。
「わ、わたし、もらえません」
 マリ子が、首をふるのに、勝子は、
「なにいってんのよ、マリちゃん、不良品は、店にひきとらせるのは、あたりまえよ。それより、さっき、二組の麻子ちゃんがきたわよ。用があるってよ。 はやく、いきなさいよ」
 教室中のみんなが、このやりとりを、遠まきにながめていた。だれも、なにも、いわない。
 マリ子が、ぐずぐずしていると、勝子が、ひきずるように、マリ子をドアのところにつれていった。そして、ドンと背中をおした。
 マリ子は、そのままのかっこうで、麻子にぶつかった。麻子は、片ほほで、笑いながら、サンキュー と、二百円を取りあげて、すばやく消えた。

 それからしばらくすると、 マリ子が、麻子のかげの子分だという「うわさ」 が、たちはじめた。
 すると、今まで、転校生のマリ子を見むきもしなかった五年一組のみんなが、 マリ子に、 一目おくようになってきた。
 誕生会にさそってくれたし、プレゼントも、もらった。こんなことは、前の学校ではなかった。
 マリ子は、なんだかきゅうに、自分が強くなったような気がして、気分がよかった。
 マリ子は、小説の主人公にでもなった気がして、 毎日、リボンを取りかえたり、こっそり、リップクリームで、口びるをそめてから、登校した。
 靴下の色にも気をつかい、ますます、ゆうがに見えるようにふるまった。
 勝子にそそのかされ、八重子におばさんの店からハンカチや、においケシゴムを万引きしてくるように、命令したりもした。
 八重子は、日毎に、青白く、暗くなっていったが、 自分のおしゃれに、自分のいまの地位に夢中なマリ子は、気がつかなかった。
「マリ了さん、八重子ちゃん家に、先生の手紙、ことづてしてくれない? 今日で、もう、三日も欠席でしょう」
 担任の八木先生にたのまれた時も、
「先生、今日は、麻子ちゃんに、山につれていってもらう約束があるから、 またにしてくたさい」
と、あっさりことわった。
 四十すぎたばかりの、お母さん先生の八木先生は、 かなしそうに、まゆをよせた。が、気をとりなおしたように、市子に手紙をわたして、なにかたのんでいる。
 マリ子は、山に行くには、ジーパンがいいか、キュロットがいいか、考えていた。

☆☆☆☆☆☆

1985年度子ども世界・児童文化の会 年度別文化賞受賞作品

子ども世界No.140 141 86年3月号4月号 掲載
   


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