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【母の遺作】はれた五月に

 一ねんせいの ルミちゃん、ランドセル ガタガタさせて、プンプン おこってるんです。
 きょう、がっこうで つくった かみのこいのぼりは、ふりまわされすぎて、めを まわしちゃったみたい。しっぽが、ちょっぴり ちぎれてます。
 おまけに… すごい らんぼうな うた。ルミちゃんと おなじくみの タロチンと ヨシキくんまで、どらごえで うたっています。
「やねよーりー、ひーくーいー こいのぽりー」
 ルミちゃんは、 かけあしで りっきょうを かけあがって、どなります。
「カッちゃんなんて、ほんとうに しらないから」

 きょう、ずこうのじかんは、かみのこいのぼりつくり。みんな できたのに、カッちゃんだけ チャイムが なっても、できないんです。
 カッちゃんたら、うろこの ひとつひとつに、 いろんな えを かいているのです。
 くま、たぬき、きんたろう。ロケット、ちょうちよ、トンボにセミ、カブトムシ。アメリカザリガニなんか、けんかしてるところの えです。
「カッちゃん、はやくしないと、おかえりに まにあわないよ」
 ルミちゃんが、しんぱいして いっても、ききめが ないんです。とうとう"おのこり"なんです。
「ルミちゃん まって、おわるまで まってよ」
 カッちゃんが、なきがおで たのんだけど、ルミちゃんは、さきに かえってきたのです。「ルミが、いったのに、カッちゃん やめないんだ もん。カッちゃんたら、まだ、あいうえおも よめないんだもん。カッちゃんが おなじだんちで、おなじくみなんて、はずかしいもん」
 ルミちゃんは、プンプンおこりながら、りっきょうを ガタガタ かけだします。
「おーい、ルミちゃん まってよ。カッちゃんさあ、まだ、こいのぼり かいているかなあ」
 ヨシキくんが、おいかけてきても、ルミちゃんはまだまだ、おこっているんです。
「カッちゃんって、ようちえんの子みたいに すぐなくんだもん」
 カタカタ カタカタ カタタタタン。
 ルミちゃんは、りっきょうの かいだんを かけおりると、めのまえの よこちょうに とびこみます。
「ルミちゃん、みちが ちがうよう」

 ヨシキくんと タロチンが、あわてます。
「いいもーん。どこへいくか いってみるんだもん。タロチン、ヨシキくん、いくよ」
 ルミちゃんは、よこちょうの おくへ どんどんかけていきます。タロチンも ヨシキくんも、おいかけます。よこちょうを かけぬけたら、はらっぱに でました。
「あれれ、こんなとこ あったっけ」
「さびたドラムかんが、ごろごろしてるよ」
「こんな はらっぱ あったっけ」
 さんにんが びっくりしていると、どどーっと、つよい はるかぜが ふきぬけます。
 キーン、 コーン、カーン。
 キーン、 コーン、カーン。
 かねが なって、きゅうに 子どものこえが さわがしく きこえてきます。
 ルミちゃんも タロチンも、ヨシキくんも、いきなり つきとばされます。
「はやく すわれよ。おこられるぞ!」
「いたいわね。なにするのよ」
「シーッ、しずかに!」
 ルミちゃんは、びっくりして あたりを みまわしました。ピーンと ひげを はやした 子どもたちが、きちんと すわって います。みんな、せすじを のびして、てを ひざに おいています。
「あら、あんなに すまして おかしいの」
「ほんとだ。みんな すましてやがんの」
 ルミちゃんと タロチンが、わらったら、
「おっほん、おっほん」
 せきばらいと ともに、ピーンと ひげのはった おじさんが きました。あかい チョッキに、ダブダブの くろズボン。
「きりつ!れい!」
 げんきな ごうれいが かかって、ひげの 子どもたちが、ガタンとたって、れいをして、ガタンとすわるんです。さんにんが、びっくりしていると、
「おい、そこの さんびき、なぜ、れいを せんかった。きのう あれほど おしえたろ」
 ルミちゃん、タロチン、ヨシキくんは、なにがなんだか わからなくなって、ぽかーん。
「このさんびきみたいに、きのう おしえたことを わすれては いかんよ。せんせいが きたら、さっと たって、あいさつする。これは のねずみがっこうの きまりだね。わかったかね」
「ええっ、のねずみがっこう?」
「あたしたち、町田小学校のーねん二くみよ。にんげんなのよ。しつれいしちゃうわ」
「ぽくだって、にんげんだからね」
 ヨシキくんが いったら、ひげの 子どもたちが、おおわらい。
「にんげんだって …?しっぽが あるのに!」
「ひげだって、ピーンと はえてるのに」
 ルミちゃんは、あわてて おしりを さわります。しっぽ。かわいい しっぽが、はえているのです。 タロチンも、ヨシキくんにも、ちゃんと やっぱり、しっぽが はえています。おまけに、タロチンも ヨシキくんも、かおに ピーンと ひげが、はえてるんです。
「ルミちゃんのかお、ひげが はえてるよ」
「タロチン、どうしよう。みんな のねずみに なっちゃったよ」
 のねずみのせんせいは、ムチを ビューンと ならし、こくばんに じを かきます。
「しずかに、そこの さんびき、このじを よんでごらん」
 こくばんには "ふうせん"と、かいてあります。
「はい、ふうせん」
 のねずみせんせいは、くびを よこにふります。
「あっ、そうだ。ふうせんです」
 ルミちゃんは、おおきな こえで、はっきり いいなおします。のねずみせんせいは また、くびをよこにふります。
「だめ だめ、こんなじが よめないなんて、それでも ーねんせいかい。よめるひと」
 ひげの 子どもたちが、 「ハイ」「ハイ」 って、てを あげます。
「はい、チューコさん」
「はい、ひこうきです」
「よろしい」
 ルミちゃんたち さんにんは、あわてます。きょろきょろ、ひげの 子どもたちを みます。みんな、すましているんです。
「ああ、そこの さんびき、これなら よめるだろう。きのう おしえたばかりだから」
 のねずみせんせいは "はな"と、かきます。
タロチンが、げんきよく こたえます。
「はなです」
 のねずみせんせいは、くびをよこにふります。
 ヨシキくんを じっとみます。
「はなだと おもいます」
 ヨシキくんが、ちいさな こえで こたえます。
 のねずみせんせいは、あきれたという、かっこうをして、ルミちゃんを じっとみます。
 ルミちゃんは、ほんとうに こまって しまいました。
ーだって、"はな"じゃない。"は"は"は"だし、"な"は"な"だし、ほかに よめないわ。
 ルミちゃんが、こたえられずに ふるえていると あおしゃつのねずみが、そっと おしえてくれます。
「ルミちゃん、 "くち"って いうんだよ」
ーええっ、だって "はな" が "くち"なんて、おかしいわよ。でも、なぜ "は"を"は"と よむのかしら。だれかが "は"ときめたんだから、ほかのよみかたを きめたとこも あるのだわー
 ルミちゃんは、おおいそぎで こたえます。
「せんせい、 "くち"です」
「よろしい」
のねずみせんせいは、うれしそうに わらいます。 ルミちゃんは ほっとして、あおしゃつのねずみに、 「ありがとう」と、おれいを いいます。
 あおしゃつのねずみは、ほそいめを もっと ほそくして、わらいます。そのみぎめの したに、なきぼくろ。
「あれっ、カッちゃん?カッちゃんじゃない」
「シーッ」
 あおしゃつのねずみは、ひとさしゆびを くちびるに あてました。
もう、さんびき、いや、さんにんとも だいじょうぶ。"チーズ"が、 "たべもの"だったり、 "ネコイラズ"が、 "どくやく"だったり、 "ねこ"が"たいてき"なんて、みんな こたえられます。
 キーン コーン カーン キーン コーン カーン
「きょうの べんきょうは これで おわり」
「きりつ、れい」
 ガタンとたって、れいをして、あたまを あげたら …。のねずみせんせいは ひげを ひとひねりすると、さっと いなくなりました。ひげを はやした 子どもたちも、いっぴきも いません。
 どどーっと、つよい はるかぜが ふきぬけます。
 
 ルミちゃんたちは、あわてて もとのみちに ひきかえします。さんびき、いや、さんにんとも、ひげも しっぽも、なくなっているのです。
「ルミーちゃん、タロチン、ヨシキくん。まっててくれたの。ありがとう」
 あおしゃつのカッちゃんが はしってきます。うれしそうな わらいがお。いとのように ほそいめ、 みぎめの したには、なきぼくろ。
 さんにんとも、カッちゃんをみて、ほっとしました。カッちゃんの てには、すてきな こいのぽり。
「ねえ、みて、ルミちゃん。ぽくの こいのぽり、 せんせいが ほめてくれたよ」
「わあー、かっこいい。カッちゃんて、のねずみごも うまいけど、こいのぽりも うまいね」
 ルミちゃん、タロチン、ヨシキくんに カッちゃん。かみのこいのぽりを もって、だんちに かえります。五月ばれの そらのした、みんなで うたっているのは、やはり らんぼうな うた。
「やねよーりー、ひーくーいー、こいのぽりー」
(おわり)

☆☆☆☆☆☆☆

1981年5月「子ども世界」という童話雑誌に、(多分)初めて掲載された作品です。

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