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『僕はこの瞳で嘘をつく』君と僕の目線の交わり

登場人物は、主人公の"僕"、恋人の"君"、そして僕の浮気相手である"あの娘"。恋人は既に浮気相手の存在を悟りかけている。

懐かしそうな瞳をしながら 僕の中の秘密の事
僕の中の誰かの事……?

そんな恋人に本当のことを言えるはずがなく、かと言って言葉の弁解もうまくいきそうにない。例えば……

言葉の迷路にはまり込む

幾つもの言葉を並べることで雁字搦めの状態に陥っていく様子や、

言葉の密度を抜けて行く

言葉の量に反比例して話の内容が空虚になっていく(もちろん彼の発言は全て嘘であるため)様子が描かれる。

そこで、主人公の彼は対話でなく目で訴えかける手法をとる。

どんなに君の瞳が僕を疑っても
僕はこの瞳で嘘をつく

とは言え、彼はこの手のことに熟れているタイプの男なのかというとそういう訳でもないようだ。実際のところはかなりの焦りを感じ心拍数も上がっている。

ガーゼで心を切るような時間に運ばれながら

一分一秒がやけに長く感じられるような、思わず逃げ出したくなるような耐え難い空気。柔らかいガーゼの端で心臓を擦るような何とも言えない焦燥感が喚起される。冷静な頭と妙に落ち着かない心。ざわざわとした感触。

心のリズムは散らばるようなタンブリン

不信感でいっぱいの恋人を目の前に打開策を思案する彼の速まる鼓動が聞こえてくるかのよう。

しかし、彼はそんな後ろめたさをおくびにも出さず、逆に強い眼差しで君と視線を交わらせるのである。

だから君の顔 見つめたよ

窮地に立たされているにもかかわらず「僕のこの瞳を見て信じてよ」という態度に出られる彼の度胸に(駄目だと知りつつも)男としての色気を感じずにはいられないのだが、その眼差しの強さを際立たせているのが「だから」という順接の接続詞の働きだと思う。

「嘘がばれてしまいそうだけど君の顔を見つめた」であれば、逃げの姿勢が強調されてむしろ弱さやかっこ悪さが目立つ。これが「だから」であるからこそ、彼女の疑念を否定し、その上「絶対に違う」と断言できる彼の強い瞳に魅了されてしまうのである。

***

さて、ここで「僕の瞳」ではなく「君の瞳」に焦点を当てたい。主人公だけでなく主人公が見つめる恋人の瞳にもフォーカスしているのが、この曲のミソである。

話の何処かできっと 掛け違えたボタンがある

着地点や方向性の定まらないままに弁解しているとその場その場で発言に矛盾も生じる。その説得力のない言動に疑念を抱く彼女は、言葉で追求するのではなく、静かに彼を見る。

女の瞳で僕を見てる 君が僕を見つめている

恋人を見つめる主人公と、そんな主人公をしっかりと見つめ返す恋人。どういうことなの!?と喚く代わりに彼を見つめる彼女、しどろもどろに弁解する代わりに彼女を見つめる彼。

男と女の(ヒステリックな口論ではなく)冷静沈着でスマートな駆け引きを、目線の交わりを通して描いた歌詞と言えよう。