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国産早生樹ユーカリ「利用から考える材質研究」

1.はじめに
冒頭タイトル、国産早生樹には、どんな樹種が良いだろうか?利用から考えてみた。(1)成長が早い、(2)何かに使える。身の回りを眺めてみた。ティッシュ、プラスチック、エネルギー、ラーメン屋の壁板は、木目がプリントされた紙だった(騙されそう)。 我が国にはまだ木を好む文化が残っている。自分たちが使う木材は自国で育てる方が良い。木の安全保障である。

2.世界の早生樹ユーカリ
世界の植林地のうち23%が早生樹ユーカリである。すでに4千3百万ヘクタールあり、年間450万ヘクタールが植林されている。ユーカリはオーストラリアが原産である。大陸が乾燥しているため、雨量の多い沿岸部を除けば灌木のようにしか育たない。ところが雨量の多い南米では驚異的に成長した。ユーカリグランディスとユーロフィラの交雑種の挿木クローンは、1年間に1ヘクタールあたり34から45m3にも成長する。早生樹というと軽いイメージがあるが、ユーカリは重い点が特徴である。容積重は1m3あたり461から659kgもある。
成長量を表す単位には、Current Annual Increment (CAI その年のヘクタールあたり成長量)とMean Annual Increment (MAI その年迄のヘクタールあたり年平均成長量)がある。CAIとMAIの曲線の交点が経済伐期、ローテーションと言われている。ユーカリの場合6-15年である。

3.パルプ材利用に望まれる材質
パルプ材利用に望まれる材質を考える。
先ずは成長が早いこと。光合成の効率が関係する。ユーカリは、葉の両面に気孔を持つ。C3植物であるがC4植物並みの驚異の光合成活性がある。環境適応能力が高く、休眠の年周リズムがない。環境ストレスにも強い。水の利用効率が良い。雑種強勢があり、クローン増殖が可能であった。
次に重いこと。パルプ材は木材チップに加工され、トラック、貨車、船で運ばれるので、重い方が効率に優れる。成長と同じく遺伝する形質であるため、早期選抜が可能だった。
最後にパルプ収率が高いこと。リグニンの量や質によって左右される。製紙会社の植林では、ヘクタールあたり何トンのパルプが取れるか?が重要な指標であり、成長性(MAI)✕容積重✕パルプ収率=パルプ生産性Pulpwood Plantation Productivity(PPP)と呼ばれている。
この3つの特性に優れた樹種にユーカリグロブラスがある。原産地はタスマニアで俗称タスマニアブルーガムである。地中海性気候を好み、塩害に耐えて成長することから、西オーストラリアで盛んに植えられている。容積重も大きく、何よりパルプ収率が高いのが特徴である。クラフトパルプ蒸解時には、苛性ソーダが添加される。得られたパルプの残リグニン量や漂白度はカッパー価という指標で評価される。グロブラスはカマルドレンシスと比べて、アルカリ添加率が低く、カッパー価が低く、パルプ収率が高い傾向にあった。

4.家具用材利用に望まれる材質
家具用材利用に望まれる材質を考える。
先ずは通直性、製材歩留りに関係する。さらに節がないこと、ユーカリは自然に枝を落とすので、大径材では成熟材に節がないことが特徴である。次に木理がないこと。木理があると製材や乾燥時に暴れやすいと考えられる。
乾燥し易いこともポイントである。家具用材に好まれるナラやブナは総じて乾燥が難しいのは皮肉である。
ウルグアイでは22年生FSC認証材が生産されている。ユーカリグランディスの用材や製材品が100%植林木で持続可能な形で安定供給されている。
オーストラリアやニュージーランドでは、ユーカリ植林木のエンジニアードウッド利用が計画されている。単板、挽板を始め、様々な利用が考えられるのはご存知の通りである。
日本での用材利用の事例を紹介したい。山口県・山陽チップ工業では、21年生サリグナ植林木が71本成林していた。ヘクタール換算で621本である。樹高は大きいもので30mを超え、胸高直径は40cmを超えていた。毎木調査での有効利用材積はヘクタール238m3であった。
森林総研で製材試験と天然乾燥試験を行った。材色は淡いピンクで製材には問題がありませんでした。
一方、天然乾燥試験では割れや落ち込みなどが頻出した。歩留まりは良くないものの、静岡県のクラタ家具で製品に加工した。
ユーカリ材は水や空気を放射方向や接線方向にほとんど通さない6)。木材乾燥過程で収縮の異方性が至るところで発生して、微地形的に大きな乾燥応力が発生する。これが内部割れや落ち込みの原因になる。ユーカリ材は極めて難乾燥の特性を有していた。
高温蒸気式乾燥にもトライした。王子製紙森林研のユーカリを伐採し、高知県の吾川森林で乾燥させた。高温蒸気乾燥では色変わりだけでなく、著しい内部割れと材変形が現れた。
顕微鏡観察では、道管が変形し、放射柔細胞が蛇行していた。繊維細胞も原型をとどめておらず、細胞壁の熱軟化と急激な細胞収縮が起きたと想像された。
広葉樹材を暴れさせることなく徐々に乾燥応力を解放させるには、天然乾燥しかないと考えられてきた。従来の家具用材は、製材後に半年から1年以上の年月をかけて天然乾燥し、含水率を20%程度にしたのち人工乾燥で最終含水率を8%程度にしている。これを、天然乾燥を省いて製材後直ちに48〜60℃の低温で乾燥させた7)。国産広葉樹環孔材7種、散孔材15種を45日間で上手く乾燥させることを目標とした。
木材乾燥速度と含水率の関係をプロットに取ると乾燥速度は含水率のn乗の対数関数で回帰分析できた。nが大きい時乾燥速度が速く、乾燥の難しい樹種が判った8)。左図は全乾比重が大きいと乾燥が遅い傾向にあった。右図は放射組織の比率が高いと環散孔材を問わず乾燥が遅い傾向にあった。ハリエンジュ、クヌギ、ミズナラの環孔材では特に結合水の乾燥速度が有意に遅かった。
早生樹ユーカリは散孔材であるが、ミズナラの乾燥速度に近く難乾燥である9)。割れ、狂い、落ち込みのため、用材利用に適さない。辺材では空気・水を通すが、心材では空気や水をほとんど全く通さない。国産広葉樹と同様に、全乾比重や放射組織(径×数)の比率が大きいと乾燥が遅い傾向にあった10)。

飛騨産業で国産広葉樹の物性試験を行った。全乾比重が高いと概して表面硬さや曲げ強度の値が大きく、輸入材のホワイトオーク、ウォルナット、ビーチと比較して、家具用材に向く樹種が判った。早生樹ユーカリは比重0.57、曲げ強度1033、ブリネル硬さ152であり、合格ライン以下に位置付けられるが、近年家具用材に使われるクリよりは数値が高い。
しかし、曲げ加工性は悪かった。曲げ加工性は散孔材・環孔材によらない傾向があった。全乾比重が大きいと繊維方向の曲げ・圧縮強度が大きく座屈変形を抑える。放射組織や道管比率が高いと板目しわを緩和することが知られている。早生樹ユーカリは比重は高くとも、座屈変形や放射割れが多発した。

なぜユーカリは、難乾燥、難加工なのか?ナラ材では天然乾燥で心材は辺材より水が抜け難い。立木では心材化が進むと道管に気泡が入る。すると水の流れが遮断されるエンボリズムが発生する。道管の大きな環孔材では、道管と隣接する放射柔細胞のプロテクティブレイヤーが膨圧で道管に押し出されてチロースが形成される。ハリエンジュ材では顕著である。ところがユーカリは散孔材であるが、チロースが発達している。その他にも道管と繊維細胞の間にある壁孔はベスチャードと呼ばれる不定形の物質で覆われていた11)。これらはペクチンなどの高分子多糖類やタンニンなどのポリフェノール物質から構成されると考えられる。ユーカリはガムの木である。ガムの正体は、水平方向の通道を塞ぐ水分子と水素結合し易い粘性物質なのでは無いか?だとしたら、ユーカリの難乾燥や難加工性は十分説明出来ると考えている。

6.国産早生樹ユーカリの歴史
最後に我が国のユーカリ植林の歴史を紹介しよう。ユーカリは明治の初期に初めて導入された。1950年代になると盛んにユーカリの研究が提唱され、第一期ユーカリブームが巻き起こる。何と日本ユーカリ研究所なるものまであったそうである。1953年の林野庁の調査によれば当時20〜60 年性のユーカリが約3000本あった。そのほとんどがグロブラスではないかということで、和歌山県などに神崎製紙などによって数十ヘクタールの試験植林が行われた。その頃京都大学農学部演習林でも67種のユーカリが導入され白浜試験地で研究されたが、平成2年の台風により多くが倒木した。私は同年王子製紙林木育種研究所に入社した。台風でユーカリが建物に倒れてこないか寝ずの番をしたのをよく覚えている。ちょうどその頃製紙原料を海外ユーカリ植林に求める第二期ユーカリブームが起きた。私の使命の一つは日本に適するユーカリを見つけることだった。三重県亀山市に約15種の海外植林樹種ユーカリを導入した。ユーカリビミナリスなどは比較的台風に倒れることなく巨木に成長するのを目の当たりにした。その後ニュージーランド・オーストラリアでの海外駐在研究員を経て2013年に帰国、山口県の山陽チップ工業でユーカリサリグナが育っていると聞いた。実際調査すると日本でも成林する事例があると実感した。静岡県南伊豆の東京大学演習林樹芸研究所でも1982年に73種のユーカリ試験植林が行われた。斜面でもユーカリスミディの成長が良かったこと、ユーカリエラータがヘクタールあたり688m3と驚異的な成林を示したことを見てとても驚いた。残念ながらエラータはヤニが出て用材には適合しなかった。その一方で、サリグナには可能性を感じ、社有林と樹芸研に2014年試験植林した。

7.終わりに
国産早生樹としてユーカリ利用の可能性は、耐風性に関わる。今後の研究課題である。
この度、東京農工大に招かれ我が国でのユーカリ植林の可能性を再び研究できる機会を得た。長年ユーカリの研究に携わってきた私にとってこの上無い喜びである。


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