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第1回「MIYOSHI SOUR STAND」

 囲いの向こうに、鉄骨が組み上げられてゆく。長く続いた基礎工事を経て、いよいよ新しい公設市場が建ち始めた2022年の春、すぐ隣の松尾19号線でも内装工事がおこなわれていた。かつて「三芳商店」という果物屋さんがあった場所に、「MIYOSHI SOUR STAND」がオープンしたのは、4月3日のことだ。

いよいよ鉄骨が組み上がり始めた第一牧志公設市場

 店主の池田裕司さん(40歳)は宮城県仙台育ち。二十歳で海外に出て、数十か国を渡り歩いた池田さんは、2017年に沖縄に移り住んだ。

「話すと長くなるんですけど、沖縄に来る前はアメリカに住んでいたんです。会社を出して、飲食の仕事をしてたんですけど、ビザの切り替えに失敗して。いちどビザの審査に落ちると、観光でも戻れなくなって、会社も財産も荷物も置いたまま帰れなくなっちゃったんです。そのときは自暴自棄になりましたね」。池田さんは笑いながらそう話してくれた。

MIYOSHI SOUR STANDのある松尾19号線

 志半ばで帰国した池田さんは、心機一転、以前から好きな土地であった沖縄で暮らし始める。飲食の仕事をこなしつつ、浦添のアメリカ領事館に通ってふたたび渡米できないかと手続きを重ねていたけれど、コロナ禍で海外渡航が難しくなったことで、沖縄に腰を据える決心をする。

「沖縄に引っ越してきて、『小やじ』のオーナーをやっている千葉達実さんと知り合いまして、一緒に仕事をするようになったんです。この出会いが何よりも大きかったですね。本当に感謝です」

 松尾にある「飯ト寿小やじ」を手伝いながら、池田さんは自分のお店を出すべく物件を探していたものの、これといった物件と巡り会えずにいた。そんな池田さんに声をかけてくれたのが、「三芳商店」の店主・宮城洋子さんだった。

かつて松尾19号線に店を構えていた三芳商店

「宮城さんが店頭での販売を辞めて、インターネットの通販だけに切り替えられることになって。『これからはもう家で商売しようと思ってるんだけど、ここでお店やる?』って声をかけてくださったんです。もう、ほんとご縁ですね。そうじゃなければ、こんな良い場所に出会えなかったと思います」

 やりたい業態はいくつもあったものの、間口の狭い店舗だとせいぜい5席しか置けそうになく、利益を出すのは難しそうだった。どんなお店にしようかと悩んでいた池田さんに、宮城洋子さんが本部町で「仲宗根青果」という青果店を営む弟を紹介してくれた。毎日フルーツを食べるぐらい旬の果物が好きだったこともあり、それをきっかけに沖縄県産フルーツを使ったお店をやれないかと考え始めた。

「沖縄のフルーツはすごく甘かったりすごく酸っぱかったり、野生味が強くて独特だと思うんです。この立地だと観光のお客さんもきてもらえるので、沖縄のフルーツを広められたらと、サワースタンドをやることにしたんです」

パイナップルの甘さが際立つゴールドバレルサワー(季節限定)
トマトの香りが爽やかな沖縄県産華クイーントマトサワー(季節限定)

 宮城さんとのご縁で生まれたお店だから、「MIYOSHI」という店名を引き継いだ。そのおかげか、「三芳商店」に通っていたお客さんに声をかけられることも少なくないという。

「街が変わることに対して、一抹の寂しさは感じるんです。僕なんかも、たまに地元に帰ると、『あれ、ここのお店なくなってる』と思うことは多くて。料理もそうなんですけど、昔の人が作ってくれたものに感謝と敬意を込めながら、新しいものを作っていきたいと思っていて。温故知新という言葉を大切にしているので、そういった面でも『三芳』の名前を残させてもらったことに感謝してます」

三芳商店が営業していた時代には、通りにアーケードが架かっていた
第一牧志公設市場の解体工事に先駆け、2020年1月にアーケードは撤去された

 県外から移り住んだ池田さんにとって、まちぐゎーは「可能性を感じる場所」だという。観光客と地元客が交わる場所で、ここなら幅広い客層に訴求できると感じる一方、真新しい建物に生まれ変わる公設市場に観光客がどんなふうに魅力を見出すのか、少し不安もある――と。

 戦後の闇市に起源を持つまちぐゎーには、細い路地が迷路のように張り巡らされており、露店も含めて小さなお店がひしめき合っている。その物珍しさが、観光客を呼び込んできたのだろう。ただ、そうした観光的なまなざしには、「沖縄は風変わりな土地だ」という決めつけが混じる場合もある。

「観光でいらっしゃる方の中には、沖縄を軽視する人もいるんです」と池田さん。「小さな露店でおばあが商売されている姿を見て、『ああ、昔ながらの良い風景だな』と思う人もいれば、『うわ、沖縄ってこんな感じなんだ』と思う人もいる。僕は“この島に住ませてもらってる”という感覚があって、沖縄に対するリスペクトもあるので、沖縄の文化の良さを発信するために一役買えたらと思ってます」

 幅広い客層に届けられるようにと、お店をオープンしてからも試行錯誤を重ねている。初日はキャッシュオン(前払い制)で営業していたけれど、オープンのお祝いに駆けつけてくれた同業者に感想を尋ねたところ、「レジに行列が出来ていたから、2杯目はおかわりせずに帰ってしまった」という声もあり、すぐにキャッシュオンはやめにした。また、近所に暮らす高齢の方から「ノンアルコールがあれば入ってみたかった」という声があり、オープン翌週にはジュースの販売も始めて、開店時刻も2時間早めることにした。

オープン初日、あいにくの天気にもかかわらず、多くのお客さんで賑わっていた

「お恥ずかしいんですけど、あんまりプライドがなくて」。池田さんは笑う。「ほんとに大切にしているところ――美味しい県産品のフルーツを使うとか、お客様に対する考え方だとか、飲食店の在り方だとか——そういったところは信念を貫きたいと思っているんですけど、先輩方にアドバイスをもらいながら、探り探りやっているところで。何か良いアイディアはないかってスタッフに訊いてみたら、一個一個返ってくるんですよ。そういうアイディアを受け入れて、『じゃあそうやってみようか』と。だから、明日にも変わっていると思いますし、明後日にはまたどこか変わっていると思いますし、一歩一歩、日進月歩ではありますが、進んで行けたらなと思ってます」

 めまぐるしく変化を続けるまちぐゎーと同じように、「MIYOSHI SOUR STAND」も変わり続けてゆくのだろう。その移り変わりを、ずっと眺めていたい。

代表の池田裕司さん(右)とスタッフのひとり・絵模さん(左)


MIYOSHI SOUR STAND

沖縄県那覇市松尾2丁目11-12
営業時間:13:00-22:00(木曜定休)



フリーペーパー
『まちぐゎーのひとびと』

毎月第4金曜発行
取材・文・撮影=橋本倫史
市場の古本屋ウララにて配布予定




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