マイクに入力した音ってどうやってヘッドフォンから出力されるの?
自身の勉強も踏まえて、ダイナミックマイクSHURE SM58(以下「SM58」と書く)に入力した音が、オーディオミキサーYAMAHA AG03mk2(以下「AG03」と書く)を経由して、ヘッドフォンSONY MDR-CD900ST(以下「MDR-CD900ST」と書く)から出力されるまでの音の遷移について、考えてみよう。
そのために、まずは前提として必要になる音の知識について記載する。
■前提知識① 音波と音圧
波の性質の1つに振幅がある。
池に石を1つ投げ入れると波紋(波)が生じる。
波は、石を投げ入れた地点を中心に、同心円状に広がる。
石を投げ入れた地点から離れれば離れるほど、振幅は小さくなる。
このときの、波が伝わる場所(池の水)を媒質と呼ぶ。
音も波であるため、その性質は同様である。
部屋の中において、スピーカーから音楽を流した場合、スピーカーから離れれば離れるほど聞こえる音が小さくなる。
そして、この場合の媒質は部屋の中の空気となる。
目に見えないだけで、現象としては池の水に石を投げ込んだときと同じで、音を聞いているとき、音の振幅が空気を揺らしている。
1秒間あたりの振幅の数を周波数(単位:Hz)と呼ぶ。
※1秒間に1,000回振幅していれば1,000Hz=1kHzである。
また、音により空気を揺らす力(空気にかかる圧力)を音圧(単位:Pa)と呼ぶ。
そして音圧の強さを比較する際は音圧レベル(単位:dBもしくはdB SPL)であらわす。
音圧と音圧レベルの関係性は基準が定義されており、人間の聞き取れる最小の音圧が20μPaであることから20μPa=0dB SPLとされている。
また音圧レベルから音圧を導く式は10^(発生音圧レベルdB/20)×20μPa[μPa]である。
※逆に、音圧から音圧レベルを求める場合は20log(発生音圧/20μPa)[dB SPL]である。
よく歌声の音圧レベルは90dB SPLくらいと言われるが、計算すると以下の通りとなる。
10^(90dB SPL/20)×20μPa≒632,460μPa
つまり、イメージとしては、歌声を発したとき、632,460μPa≒0.6Paくらいの音圧を空気中に与えたことになる(もちろん音圧レベルには個人差等がある)
■前提知識② 音圧と電圧
前述の通り、部屋の中で歌うと、音波が空気を揺らし、音圧が生じるわけだが、その音波を電気信号に変換する道具がマイクである。
そもそもマイクによって変換された電気信号とは何か。
先ほど、音波には振幅があると記したが、この振幅を電圧に変換したものが電気信号である。
例として、SM58に音を入力する場合について考えてみる。
カタログスペックとして、SM58の感度は-54.5dBV/Paと記載されている。
これは、SM58に向かって、1Paの音圧を与えると、-54.5dBVの電気信号に変換される、という意味である。
(厳密には1kHzの音を1Paの音圧で与えると、という意味であるが今は省略する)
※SM58の感度は公式Webページ掲載のスペックシートで確認できる。
dBVとは、0dB=1Vを基準とする単位である。
dBVから電圧を求める計算式は10^(電圧レベルdB/20)[V]であるため、
10^(-54.5dBV/20)≒0.00188V
SM58は1Paの音圧を与えると0.00188V=1.88mVの電圧を持った電気信号に変換されることが分かる。
※公称スペックとしては1.85mVとしているようだ。
なお、音圧から音圧レベルを求める式により、
20log(1Pa/20μPa)=20log(1,000,000μPa/20μPa)≒94dB SPLのため
94dB SPLの音圧レベルでSM58に入力すると1.85mVの電圧を持った電気信号に変換されることが分かる。
なお、これは瞬間的な音圧を切り取った計算式である。前述の通り音波には振幅があるため、常時94dB SPLの音圧レベルがSM58に入力され続けているわけではない。また、実際に歌う際には張り上げたり、ブレスしたり、マイクと口の距離が変わることでも継続的に音圧レベルが変わり、より複雑な電気信号が生成される。
※先ほど省いた説明にもなるが、正確には1kHzの音が94dB SPLの音圧レベル(1Paの音圧)でSM58に入力されると1.85mVの電圧を持った電気信号に変換されるため、音程(Hz=周波数)が変わることでも生成される電気信号の電圧は変化する。
■SM58からAG03への入力
ここからが今回の本題である。
SM58をXLRケーブルでAG03の1chに接続し、SM58に1kHzの音を94dB SPLの音圧レベル(1Paの音圧)で入力した場合に変換された電気信号における1.85mVの電圧の変化を想像してみる。
機材には抵抗が存在する。
学生の頃に勉強したであろうオームの法則でいう抵抗のことである。
公称としては、SM58から出力する際の抵抗(出力インピーダンス)は150Ω、AG03に入力する際の抵抗(入力インピーダンス)は3kΩである。
※AG03の入力インピーダンスやその他仕様は公式Webページ掲載の技術資料から確認できる。
AG03に入力されたあとの電気信号の電圧は、以下の計算式で求められる。
3kΩ/(150Ω+3kΩ)×1.85mV≒1.76mV
※汎用的な計算式としては以下の通りである。
入力インピーダンス/(出力インピーダンス+入力インピーダンス)×入力電圧[V]
つまり、AG03に入力した段階で、多少の電圧低下が発生する。
■AG03からの出力まで
続けて、AG03のヘッドフォン端子から音を聞く場合の電気信号における電圧の変化を想像してみる。
前述の通り、今回想定するケースではAG03へ入力されたあとの電圧は1.76mVである。
AG03の技術資料によると、入力された電気信号は直後にあるGAINのツマミで増幅され、GAINが0の位置でも+14dBされるようである(読み取り方が違うようであれば申し訳ない)
1.76mVを+14dBした値は以下の計算式で求めることができる。
10^(14dB/20)×1.76mV≒8.82mV
※汎用的な計算式は以下の通りである。
10^(dB値/20)×増幅前の電圧
ちなみに、AG03の公称クリップレベルは+10dBuである。dBuは0dBu=0.775Vとする単位であり、dBuから電圧を求める計算式は10^(dBu/20)×0.775V[V]であるため、
10^(10dBu/20)×0.775V≒2.45V
AG03内での電圧が2.45Vを超えなければクリップしないことが分かるため、前述の8.82mVならクリップしない電圧であることが分かる。
その後、フェーダーを太線位置のままにし、EQ/COMPもREVERBもオフの状態のままで、MIX MINUS(ダイレクトモニター機能)をオンにすることで、8.82mVがMONITORのツマミに送られる。
MONITORのツマミは、技術資料を見たところ、おそらく-14dB〜+20dBの範囲で電気信号の電圧を増減できるようなので、MONITORツマミを0の位置にしたとき(-14dBするとき)の電圧は
10^(-14dB/20)×8.82mV≒1.76mV
これでAG03のMONITORツマミを経由した後の電圧が1.76mVであることが分かる。
※GAINツマミで入力電圧を+14dBし、MONITORツマミで-14dBしただけなので、入力電圧と同じ電圧に戻っている。あくまで理論値的には。
■AG03からMDR-CD900STへの出力
最後にAG03にMDR-CD900STを接続した場合に聞こえる音について考える。
前述の通り、機器を接続した際の抵抗を考慮すると、AG03の出力インピーダンスは公称値で120Ω、MDR-CD900STの負荷インピーダンスは公称値で63Ωのため、
63Ω/(120Ω+63Ω)×1.76mV≒0.61mV
以上のことからMDR-CD900STへ入力された後の電圧は0.61mVとなる。
※MDR-CD900STの負荷インピーダンスは公式Webページで確認できる。
ここまでずっと電圧の話ばかりだったが、ヘッドフォンやスピーカーからの出力は電圧ではなく電力で語られる。
そのため、先ほど算出した電圧0.61mVでどの程度の電力を消費するか算出する必要がある。
電力を求める式は電圧V^2/抵抗Ωのため
0.61mV^2/63Ω≒0.000006mW
今回のケースでは0.000006mWの消費電力となることが分かる。
MDR-CD900STの公称感度は106dB SPL/mWであり、
電力からdB SPLを求める式は10log(出力電力W/基準電力W)[dB SPL]のため、
10log(0.000006mW/1mW)≒-52dB SPL
106dBからその差を引くと
106dB SPL-52dB SPL=54dB SPL
以上のことから今回のケースでは、MDR-CD900STから出力される音圧レベルは54dB SPLであることが分かる。
なお、54dB SPLのイメージとしては、諸説あるが静かな事務所くらいの騒音環境である。
■まとめ
あくまで計算上ではあるが、94dB SPL(1Pa)で発した1kHzの音をSM58に入力し、AG03でGAINツマミを最小、エフェクトをかけずに、MONITORツマミを最小にしていてるとMDR-CD900STからは54dB SPLの音が聞こえることが分かる。
なお、前述の通り、以上の計算は瞬間的な数値の変化を追ったものであることはご容赦いただきたい。
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