幸せになる方法を探してきた人生

2019/7/15

今、「私は幸せ」とはっきり言える状態になっている。それを自覚するたびに、驚き、感動してしまう。なぜなら、若いころは、「ああ、ここは地獄なんだ」とか、「空が落ちてきて、人類が消滅したら楽なのに」と思っていたことがあるくらい、幸せ感がなかったから。

自分になぜ幸せ感がないのか、子どもの頃から謎だった。父は医師で両親の夫婦仲はまあまあ良く、妹も含めた家族4人の仲もまあまあ良かった。いわゆる恵まれた家庭だった。私は小学校では知的に早熟だったらしく、中学受験でまあまあ有名な東京のミッション系私立校に合格、そのまま大学までエスカレーター。傍から見ると何の不自由もないお嬢様だ。

高校の頃、「人類は地球の上に異常増殖してしまった癌細胞のような種であり、人類が滅ぶことによって地球が調和を取り戻せる」という話を、大真面目に信じていた。人生の意味と、真に幸せになる方法がもしあるなら知りたいと、大学では史学科の東洋史を専攻した。東洋の知恵に答えがあるかもしれないと思ったのだが、空振りだった。

エスカレーターの先もまだレールは続いていると勘違いしていて、「周りと同じに就職しなきゃいけない」との思い込みで就職。我慢できずに3年で辞めてしまった。それから職を転々として、幸せが見つからなかったし、年齢的に周りからの圧力も高まったので、「じゃあ結婚でも」と、20代後半で医師とお見合い結婚をした。新居に入った時、「結婚は人生の墓場というから、ここは墓場なんだな。」と思ったのを今でも覚えている。

そんな結婚が半年足らずで破局してから、以前より気持ちがずっと楽になった。幻の線路から降りて、自由になれたのだ。世界が白黒から色付きになった気がした。

断っておくが、私の両親がことさら厳しかったということは全くない。何しろ私が19歳のとき、インドの貧乏旅行3週間を許したほどの親だ。だが、第一子にありがちな「周りの期待に応えたい」という無意識の思いが、自分で自分をがんじがらめにしていたのだろう。

離婚後は10年ほど心の赴くままに探検をした挙句、伴侶と仕事を得る。そして20年間の「仕事と家庭の両立運営」という、私にとっては超ハイレベルな魂の修練を経て、現在に至る。

この数年は「ここはすでに天国かな」と思える瞬間が度々ある。「幸せ過ぎて怖いくらい」というフレーズがあるが、まさにそんな感じ。なんで幸福感がこれほど高まったのか、論理的な理由が知りたくてたまらなかった。何しろ、あらゆる事象に自分なりの理屈がないと気が済まない、厄介な性格なのだ。

そして去年ありがたいことに、私が納得いく説明をしてくれる学問に出会うことができた。その名もズバリ「幸福学」。慶應のシステムデザイン科の前野教授が創設者だ。さらにそこからのご縁で「ウェルビーイング心理教育アカデミー」と、創始者の渡辺先生ご夫妻との出会いもあった。双方とも、実験や調査に基づく理論がしっかりしているだけでなく、創始者ご夫妻のあり方とお人柄にも納得できた。

幸せ感の説明方法は、実は無数にあることはわかっている。「群盲象をなでる」だ。なんとか目を開きたいともがいてきた人生だったが、この歳になると、それは無理だとさわやかなあきらめがある。でも、自分のできる精一杯の探求をしてきた半生には、誇りを持とうとも思う。誇りを持つことには、誰からの許可も必要ないのだから。

というわけで、今の自分が心でも頭でも納得できて、人にも説明しやすい上に実践可能なこの2つ。「幸福学」と、「ウェルビーイング心理教育アカデミー」の理論。これらをベースに、周りの人の幸せを高めることに貢献することが、今の私の喜びであり、夢ともなった。

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