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こんな1年は二度とごめんだ

昨日、25歳になった。
24歳を振り返ると、自分の不甲斐なさに泣いてばかりだった。

ちょうど1年前から、設立6ヶ月くらいのスタートアップでインターンを始め
並行してアルバイトと就活をしていた。
今の会社に内定をもらったのもこの時期だった。

5月から今の会社で働き始めることになっていたのでインターン期間は2カ月と短く、やれることが限られていた中でマーケ施策やデザインや客先訪問など幅広くさせてもらった。

だけども幅広くさせてもらった業務の内容よりも私は、人への向き合い方を一番学ばせてもらった。人を大切にするために自分を大切にする。そのために自分の心の違和感をスルーせず噛み砕いて言葉にする。
これがどれだけ大事なことか、悲しいことや腹立たしいことがあるたびに実感する。

おかげで以前ほど感情的に何かを発信することはなくなった。
発信する前に、自分でこの感情はなんなのかを一旦考えその上で話す。
嬉しいことも嫌だったことも。

自分の心についてしっかり向き合ったうえで、人のことを初めて嫌いになったのもこの時期だった。人を嫌いになることはとてもしんどいことを知った。

インターン期間が終わり、5月から新しい会社での勤務が始まった。
最初は完全リモートワークだったので福岡から仕事をしていたが、だんだん孤独感に襲われるようになり泣きながら仕事した日もあった。
嫌すぎたので人に相談した結果、私の孤独の原因はコミュニケーション不足からくる疎外感だった。なので勇気出して会社の人全員にオンライン飲み会をしようと声をかけた。自分が誰と一緒に働くのかを知りたかった。これがとてもよかった。

コミュニケーションの問題が解決したら、次は仕事で問題が出てきた。
一度就職したことがあるとはいえ、2カ月半という短い期間だったのでほぼ新卒+不器用なので私は覚えが悪く誰かにフォローしてもらうことが多かった。

加えて前職の経験上「上司」が恐怖の対象となっていたので質問するのはおろか、声をかけることが怖く最初はなかなか何も聞けなかった。

でもそんな私に丁寧にビジネスとは、事業を進めるということとは、この会社で働くということとは、コミュニケーションの取り方について教えてくれた上司には感謝しかない。

上司のこと大好きだし信頼も尊敬もしている。私が嘘や誤魔化しをしない限り味方でいてくれる。だからから振られたタスクを受けることができる。

先輩たちからも定期的に
「平野さん最近調子はどうですか?」「タスク大丈夫ですか?」「きつくないですか?」
何もなければ「大丈夫」って返し、何かあれば「大丈夫じゃないです」と言う。そしたら一緒にどうするか相談させてくれる。

冒頭に書いた通り、この1年は自分の不甲斐なさに泣いてばかりだった。

何か月経っても新しい生活に慣れない、新しい仕事に慣れない、新しい業界に慣れない、こっちに気心知れた友達はいても気軽に会えない。休みの日もいまいちリフレッシュできない。そんなことが重なってむしろ心が健康な日の方が少なかったのではないかと思う。

先輩たちが丁寧に教えてくれるのに気にかけてくれるのに、ミスばっかりでフォローしてもらってばっかりで毎日「すみません、以降気を付けます」と言っていた。
フォローをしてもらう申し訳なさと、ミスをしたことに対してのショックと、ミスしたことにより自分の評価が下がっていくのが嫌だった。
だから改善なんてするはずもなく、仕事を振られるたびに「ああ、またミスしてしまう」と緊張していた。そんな毎日が、自分が本当に嫌だった。

だからミスの多さを改善するために、ミスノートというものを作った。
ミスしたらそのノートに書いて週末に見直す。書いてしまったら見てているので向き合わざるをえない。

これが非常に効果的だった。

仕事内容だけでなく、その仕事をしている時の状況と自分の感情を冷静にみることができ何が原因だったのかどうしたらいいのかを考えることができた。

いまは、まったくミスがなくなったかと言われたら全然そんなことはないが
ミスしたことにショックを受けるよりも「どうしたら再発防止できるかな」と次に進むことができるようになった。

東京生活については、シェアハウスに住んでいるおかげか
さみしくてさみしくて仕方がない…人と話したい…なんてことはなく
毎日だれかと「おはよう」と「おやすみ」を言っている。

今日は誕生日祝いということで
ケンタッキーとケーキをごちそうしてもらった。うれしいね。

すべてが初めてだらけで、孤独や自分の不甲斐なさに泣き、たくさんの人に手を貸してもらいながら問題を乗り越えた1年だった。

必死に生きて、全力で走って、過呼吸起こして
もう二度とこんな1年は送りたくない。

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