星に願いを
梅雨を迎え、ジメジメとした暑さが肌を撫でる季節、小暑、暦上は七月七日の付近を指すらしい。
『世界は混乱しています』
何気なくつけていたテレビからは喧騒や怒号、果ては泣き叫ぶ声が辺りを満たしていた。
どうやら世界は終わるらしい、それもあと数時間で。
『シェルター等は正直無意味でしょう』
専門家のおじさんは冷や汗をダラダラと流しながら滅亡の原因について話している。
「あーあ、もう空も見えないな」
窓の外は真っ暗で、大きな影が太陽を遮っていた。
「雨の代わりに隕石が大量に降って来るなんてなぁ、雨にしては少し大きいよ、神様」
落下地点はこの近辺全域らしい、既に周りの住人は避難してしまっていた、どこに逃げる所があるというのだろうか。
「腹減ったなぁ」
実のことを言うと俺は無一文だ、この滅亡のニュースを聞いて仕事を辞めてなけなしのお金で遊び歩いた、もちろん計画性など皆無で昨日の夕方底をついた。
「まあどうせ今日で終わりだし、食わなくてもいいか」
『避難所の子供達が短冊にお願い事を書いています』
テレビは気絶してしまった専門家を映さないように避難所の光景を流している、そうか、今日は七夕か。
『お家に帰りたいです、友達と遊ぶ約束をしてるんだ』
拙い言葉で明日の予定を話す子供をリポーターは涙を流しながら話を聞いている、子供達は明日が来ないことを知らないのだろう、吊るされた短冊は将来の夢で埋め尽くされていた。
「将来の夢ねぇ」
子供の頃はどんな願いを書いただろうか、楽しい未来に思いを馳せないようになったのはいつ頃だろうか。
「せっかくだし、書いてみるか」
近くには数日前に貰った短冊が放置されていた。
「無難に億万長者とでも書いておくかぁ」
世界が終わるというのに願ってどうするのか。
「はぁ……何してるんだろうか」
そもそも吊るす場所がない、今から避難所に行く気にもならない。
「明日は何しようか」
来ない明日のことを考える。
「まずは飯を食おう、カレーがいいな、母さんが作った野菜がゴロゴロ入ったカレーが食べたい」
願い事が沢山出てくる。
「その為には地元に帰らないと……海にも行きたいな、仕事も探さないと……やることが沢山だ、時間がどれだけあっても足りない」
やろうと思っていた事が沢山出てくる、短冊に片っ端から書いていく、量も沢山になってきた。
「さて、どこに吊るそうか……」
『皆様、そろそろさよならの時間がやってきました』
テレビでは避難せずに放送していたキャスター達が一列に並んで頭を下げている。
『また、機会があればお会いしましょう、さようなら!』
エンドロールが流れる、そのままテレビは砂嵐を映し始めた。
「もう終わりか、短かったな」
心残りは沢山ある、もっとやりたい事が沢山あった、社会に出て、出来なくなっていた事も沢山ある、将来の伴侶を見つける事も出来なかった、借りたまま返せてない漫画がある、見ていない映画がある、感謝を伝えたい人達がいる、何も出来ていない。
「何やってるんだろうな、俺は……」
短冊をくしゃくしゃにして投げ捨てる、時間を無駄にしてしまった、残り僅かな大事な時間を。
「もっと生きていてぇよ……」
自然と涙が流れてきた、心にあるのは後悔だらけ、俺は何も成していない。
「明日、来ないかな」
最後に残った短冊に願いを書く、内容は。
『明日は晴れますように』
ただの雨も隕石の雨も降らない快晴を願う、窓から見える影が大きくなってきた。
「吊るすところは……」
近くに見えたモテると聞いて設置した蔦っぽい観葉植物の上の方に吊るす。
「ふむ、まあこんなもんでいいだろう」
暗い黄緑に最後に残った薄い空色の短冊が綺麗に見える。
「よし、寝るか」
明日の事は明日の俺が考える、たとえ明日が無いとしても、それは今考えることでは無い、布団に入って目を閉じる、遠くの方で大きな音が聞こえる、もう雨は落ち始めている。
「明日は晴れるといいなぁ」
意識が闇に落ちていく、こんな時でも眠れるのは特技だと言えるのではないだろうか、体が浮くような感覚に身を任せ、夢の世界に落ちていく。
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