春極まり、夏が来る

「暑い」
 暦的には夏が始まったばかりで、数日前までは桜が咲いていた筈なのだが、もう夕方に近いというのに刺すような日差しがもう春はもういないんだぞと警告していた。
「この国は四季の国じゃなかったんですかぁ!?」
 泣き言は空気を揺らすだけで誰も何も返してくれなかった。
「はぁ……」
 溜息、温度と不運は誰にも八つ当たりができない問題なのでタチが悪い。
「神様はいないって言うのは本当の話なんだぁ、ふざけやがって」
「イラつくと独り言が多くなる癖はどうにかならんものかね」
 止まらない悪態がとうとういるかも分からない存在に怒りの矛先を向け始めた時に見かねた知り合いが声をかけてきた。
「神はいないかもしれんが、僕らみたいな存在はいる」
 狐面で顔を隠した存在は私を軽蔑するように、尊敬するように諭してくる。
「はぁ、わかってますよ、あなたも神様みたいなものでしたね」
 あの日以来、縁が出来てしまった人では無いナニカは、やはり人ではなかった事を知ったのはもう思い出になってしまっている、自分の順応性が怖い。
「人、というか日本人はあらゆるものに、神や精霊が宿っていると信じていたという話は知っているか?」
「神は居らず、信ずる人の心にのみ存在する、でしたっけ」
「お化けや妖怪もまた、信じれば存在する、最近は信心深い人も少ないからね、そういう神様や精霊、妖怪なんかが消えてしまった、だから気候もおかしくなったりする」
 嘘くさいなぁ、現実はファンタジーやメルヘンじゃないんだから。
「嘘くさいって思ったね?」
 バレてしまった。
「そういうところが見えないナニカに嫌われる要因なんだよ?」
「うるさいですねぇ、私からしたらこの瞬間も非日常なんですから、知らないものは信じられません」
 理屈っぽい話は好きじゃない、私はキラキラした宝石のようなおとぎ話だけを信じていたいんだ、そう、今のこの夕日のような、黄色い、例えるならそう、カナリーイエローのような、キラキラした、そんな物語を見ていきたい。
「カナリーイエローとはいい例えをするね、この非日常の、黄昏が支配するこの空間を、そんなキラキラした言葉で例えるなんて、素晴らしいと思うよ、だけどね」
 夜がくる、今日は月がない。
「御伽噺は夢じゃない、英雄達が何かを成した事実だ、君はまだ、何も成してはいない」
 私は知っている、私がまだ、何もやっていない事を。
「あの時、この世界から消えてしまうはずだった君は何を成す?」
 空には宝石を散りばめたような星空、星空よりも煌めく双眸は私を籠に閉じ込めたように覗く。
「私は」
 寒い、あれほど暑かったのに、今では冬に戻ったように震えるほど寒い。
「何も成さない、私は何もしない」
 彼は何も言わない。
「私のすべき事は、語る事だから」
 御伽噺を御伽噺で終わらせない、語る事で型をつける、そして片付ける為に。
「私はあなたを語り続ける、それが私の役割だから」
 この非日常を日常に変えるために、私はここにいる、人の記憶でしか存在できない彼を、彼等を消さない為に、私はここにいるのだ。

「私はあなたを忘れない、それが私の成すべきことだだから」

 私は英雄にはならない、だけど、彼等の日常を守ることは出来るのだ。
 春極まる、そして夏が来る、こわぁい存在が語られる為にやってくる季節が来る。

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