あの雲と同じ色
夏の暑さは残っているが秋の匂いを肌で感じ始める微妙な季節、私はこの季節が嫌いだ。
本日は曇天、空にはどんよりとした灰色が日差しを隠している、あの頃と同じ様に。
私はそんな曇り空の中、友人に押し付けられた煙草を吹かしながら煙を眺めていた。
「あー、また煙草吸ってるよぉ!」
飴玉を転がしたような声で声をかけたのは今回の呼び出し相手である女性。
「いいだろ、然るべきところで然るべき態度で然るべきルールの元嗜んでいるんだから」
「そうだけどさぁ、煙草なんて百害あって、一理くらいしかないんだよ?」
一理も無しと言わないのは優しさだろうか、プンプンという擬音が良く似合う怒り方をしているのを見ていると荒んだ心が浄化される気持ちになる。
「なんだその顔は〜!」
「なんでもないよ」
形だけ怒っている彼女を後目にもう一本を咥え火をつける。
「この前禁煙するって言ってなかった?」
「この世界で信じていけないものが二つだけある、酔っ払いの酔ってないよと喫煙者の禁煙するだ」
「失敗したんだねぇ」
「生暖かい目で見るな、禁煙は得意なんだぞ、私なんてこの前で二十回もした」
それは失敗した数である。
「別にわたしは嫌いじゃないけど、寿命を縮めながら吸うのは違うと思うよ、せめて数を減らしなさい!」
呆れるように叱る彼女はこちらのことを本気で心配してくれているのだろう。
「そうだな、せめて一日一箱にする」
「それでも多いよ!」
これがいつもの日常、他愛のない多分幸せな日常、でも何かが欠けた日常。
「後悔してる?」
唐突に切り出された、これもまた日常。
「またその話か、私は後悔なんてしないよ」
トントンと灰を落としながら昔を思い出す、この煙たい呪いを押し付けた、あいつの事を。
「あいつは私の代わりに居なくなった、そのうち皆の中から思い出になって消えていくだろうよ、だから、だからこそ、私はあいつの事を覚えていないといけない、この煙たくて不味い思い出を、私はあいつの代わりに吸い続ける」
例えそれが、自分の傷を抉り続ける行為だとしても、それが残された私に出来るただ一つの弔いだから。
「もうあれから五年経つのか……」
今日は命日、この呪いに罹った、記念すべき日、その思い出は語る気はないが、感傷には浸りたい。
「じゃあ、行こうか、お墓参り!」
「あ?」
吸い終わりそうなタイミングを見計らって次の煙草を咥える前に私のポケットから箱を取り出し笑いかける。
「残りは後でね」
そう言って喫煙所から出ていってしまった。
「ちょ……はぁ……」
溜息に似た一息で煙を吐き出す、あいつと同じ所作で、ただ不味そうに。
「まだそっちに行くのは当分先になりそうだよ、ダチ公」
本音と共に吐き出した消えていく煙を見送り、歩き出す。
まだ、あの出来事は思い出にはなっていない、まだ、あの時と同じ匂いを覚えている。
あの時に見た、空に浮かぶ雲と同じ色の煙と共に笑う、あのクソ野郎は私の中で生きている。
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