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NO BORDER


先日とあるテレビCMをYouTubeで検索した。
映像を観終えたわたしは熱い衝動を堪えきれずSNSにその心情を吐露した。十五年前、初めてそのCM観た日からその衝撃は何も変わっていなかった。

「NO BORDER」

そんなキャッチコピーとともに2003年から打ち出された日清カップヌードルのテレビCM。中でも印象的だったものが「宇宙篇」だった。

無重力空間で漂う宇宙飛行士。その宇宙飛行士が丸く固められたカップヌードルをパクリと食べる。窓の外には真っ青に輝く地球。そこに「NO BORDER」という白い文字が浮かびあがりCMは終わる。

ナレーションは一切なし。Mr.Childrenの名曲、「and I love you」のみが流れ、それがさらに宇宙の壮大さを引き立てていた。

当時10歳の私は初めて観た時テレビの前で呆然とした。テレビCMを観て涙したのはその時が初めてだった。当時今ほどCG技術が当たり前ではなかったからCMは宇宙空間でリアルに撮影したのだろうということは容易に想像できた。でもそれ以外のことは謎のままだった。

「どうやって撮ったんだろう?」

当時の私にそれを知る術はなく、ただその美しい映像と、力強いメッセージだけが心の中に落ちていった。


それから数年が経ち、高校生になった私は昔から大好きだった宇宙や星についてもっと多くの人と分かち合いたい、と名古屋市科学館の天文指導員というボランティアをはじめた。宇宙への興味と敬愛の気持ちはますます膨れ上がっていた。

そして、2014年、高校生活最後の夏休み。当時最も敬愛していた(もはや溺愛に近い)プラネタリウムクリエイター大平貴之氏のプラネタリウム「MEGASTAR」が芸術として鑑賞できるという情報を聞きつけ、「ミッション[宇宙×芸術]ーコスモロジーを超えて」という芸術展を見に東京へ出掛けた。初めての東京ひとり旅。両親の反対を押し切り半ば強引に新幹線に飛び乗った。

美術館内の展示をぐるりと回っていると、大画面に映し出された青色の地球が目に飛び込んだ。それは大塚製薬「ポカリスエット」のCMだった。その映像を観たとき、10年前と同じ衝撃が走った。私はすかさずキャプションをみて、そこに書かれたアーティストの名前を検索した。そこには十年前テレビの前で衝撃を受けた「NO BORDER」と同じ名前が書かれていた。それが高松聡さんとの運命的な再会だった。


その日から私の夢はコピーライターになること、となった。この人と同じ景色をみたい。同じように人の人生観を変えてしまうような仕事をしたい。そう思い、広告業界への道を真剣に目指した。

だけど、現実は甘くなかった。結果はこのとおり、叶わなかった。

最終面接の次の日、「お祈りメール」を新幹線の中で受け取った私は夕日の美しく射す新幹線の車内(C席)で人目も憚らず号泣した。隣のサラリーマンが引いていた。行くあてのない熱意と愛、一通のお祈りメールだけを残して私の夢は終わった。


その日以来、私は夢を公言することをやめた。叶わなかったときの恥ずかしさ、それからなにより有言実行できなかった時の自分への不甲斐なさと悔しさに耐えられなくなってしまった。


「夢や期待を持って生きるのをやめよう。」
そうすれば自分に失望することも、傷つくことも少なくなる。日々を淡々と生きるだけ。私は生活の安定と少しの幸せを守るための労働を続けることとなった。

社会人三年目の9月。ぼんやりSNSを眺めていると突然タイムラインに高松さんのアイコンが現れた。高松さんがSNSを更新したのはなんと五年ぶり。そこには衝撃の事実が書かれていた。

「宇宙飛行士訓練を修了し、宇宙飛行士になれませんでした。」

頭に飛び交う大量の「?」

そして投稿はこう続く。

「宇宙飛行士になれなかった。だからその展示を、五年間のすべてを展示します。」

私はその真相を知るべく東京行きの新幹線に飛び乗った。まるで六年前のあの日と同じように。


展示の内容の詳細をここに書くことは控える。ただ展示の最後、約20分間の映像の中で高松さんは現在の心の内(今回の個展に至る経緯や沈黙の五年のこと)を包み隠さず話していた。そして改めてはっきりと言う。「自分の夢は叶いませんでした」と。

その言葉の重圧に苦しくなった。仕事も地位も全て投げ捨てて異国の地に飛び込み、辛く厳しい宇宙飛行士訓練を終えたのにも関わらず宇宙飛行士になれなかった。しかもその理由はとても理不尽なものだった。私だったらこんなに努力も覚悟もしたのに!理不尽極まりない!と腹を立てると思う。だけど高松さんは誰のせいでもないと言い、こう続けた。


「新しい夢があります」


そして、まっすぐな瞳、わくわくした表情で、真剣に新たな夢を教えてくれた。




全てを観終えた時、私は涙を瞳にいっぱい溜めていた。



夢は叶わなくてもいい。
敗れてもまた作ればいい。
胸を張って次の夢を語ればいい。


胸の奥に閉じ込めた夢が叶わなかったことへの羞恥心と自分への失望が高松さんの言葉ですっと溶けていった。


大事なのは夢をちゃんと終わらせること。
そして、次なる夢に精一杯純粋に向き合うこと。


三年間止まっていた私の歯車が今日ようやく動き出した。


新しい夢をもう一度描いてみよう。


もうじぶんで引いたBORDERはいらない。
そう、「この星に、BORDERなんてない」んだから。


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