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ゼミ生研究内容紹介「実践コミュニティの自律的維持の研究」高田紀子

自身のコミュニティ体験からの研究動機

私は社会人として働きながらも、所属する組織や組織外の勉強会、ネットワーキングに数々取り組んできました。共通テーマを探求する集まりや、新しい技術やフレームワークを議論する仲間との時間はとても楽しく、有意義に感じています。このような集まり「実践コミュニティ」は有志の自発的なものであり、強制も責任もありません。立ち上げ当初は熱量高く盛り上がるものの、時が経つと自然消滅する残念なことも多く経験しました。個々のライフステージや様々な要因からコミュニティへの関与が難しくなることもありますが、どのようにすれば参加者たちが不本意な脱落なく自律的に関与し続け、実践コミュニティを維持することができるかを探求したいと思いました。

どのように自律性に基づいたコミュニティの維持ができるだろうか

本研究の問いは、実践コミュニティの自律的な維持に影響を与える要素は何かということです。実践コミュニティにおける先行研究では、実践コミュニティの成果や機能、特性などに焦点を当てたものが多くありますが、成果を明らかにしながらも、コミュニティ維持は設計や運営者視点であり参加者に焦点を当てた研究は十分にされていません。本研究の問いを探求することで、自律的なコミュニティ維持を目指すコミュニティ運営者、参加者、またはこれからコミュニティを始める人の示唆の1つになればと思います。

本研究の調査フィールド「議論メシ」

2022年12月から2023年11月の間、議論メシというコミュニティに調査協力をいただきました。議論メシは2017 年に設立し、参加者の自分ごとの「問いのテーマ」についてディスカッションする入会者数300名超えのコミュニティです。コミュニティ設立当時から月に約15 回のディスカッションイベントを継続的に開催していること、そして300名以上の入会者を主宰者が1人でマネジメントしていることから、参加者の自律性があると考えました。
議論メシhttps://www.gironmeshi.net/
私自身が議論メシに入会し、ディスカッションイベントに参加することでコミュニティの実態を理解するとともに、他の参加者と交流することで参与観察を行いました。また、参加者がコミュニティで大切にしていること、典型的行動や習慣、議論メシに居続ける理由など知るために、議論メシ参加者に対してインタビュー調査を実施し定性データを収集しました。

参加者の自律的関与に影響を与える要素

議論メシ参加者のインタビュー調査での発見は、4つの要素が参加者の自律的関与に影響を与えているということです。

参加者の自律的関与に影響を与える要素(筆者作成)

欲求は、参加者がコミュニティで満たしたいことです。参加者は、紹介や誘われたという軽い気持ちで入会しても、参加を重ねるにつれて自己欲求を明確にしていったと考えられます。 贈与は、コミュニティに貢献するには何をすべきかを自ら考え行動することです。教訓は、コミュニティで避けたい振る舞いや状態で、自身の経験や他者の言動から回避したいことです。また、教訓が具体的な欲求と贈与に繋がると考えられます。二次的意義は、コミュニティ本来の目的から派生した参加者独自の意義です。議論メシでディスカッションをするという本来の目的以外の意義、例えば、新しい人との出会い、自然体でいられる居場所などをあげる人がいました。
議論メシの参加者がこれら4要素の1つまたは複数を明確に持っていることで、自律的にコミュニティに参加すると考えられます。

コミュニティ観のアップデート

コミュニティにおける欲求と贈与はコミュニティ観に影響すると論じた先行研究三浦・川浦 (2009) を参照し、本研究ではコミュニティ観という概念のアップデートを提案します。
先行研究では、知識共有コミュニティの調査で、コミュニティ観を「コミュニティ参加スタイルに規定され、コミュニティをどのような場と考えているかという一般的態度」と定義し、参加者の欲求と贈与に着目していますが、本研究の調査では欲求と贈与以外の要素も発見しました。本研究の調査で発見した参加者の自律的関与に影響する要素「欲求」「贈与」「教訓」「二次的意義」はコミュニティ観によるもの、そしてそれらはコミュニティでの関係性に対する価値観であると解釈し、コミュニティ観の概念を整理しアップデートしました。

コミュニティ観の再定義と構成要素(筆者作成)

コミュニティ観は、コミュニティ活動を通して認知し、具象行為として現れます。コミュニティ入会時に一定の期待値や自身のコミュニティ観を持っている可能性はありますが、常に一定ではなく参加を重ねることで継続的に形成されることをインタビュー調査で発見し、コミュニティ観がどのように形成されるかを図のように3つのステップでモデル化しました。

コミュニティ観の形成モデル(筆者作成)

コミュニティ観を育むコミュニティマネジメント

コミュニティ観を持つことで、参加者は自分の意思に基づく自律的な関与をします。そして、コミュニティ観が一定に留まることなく、参加を通して再形成されることが、関与し続けるという「維持」に寄与すると考えます。そのため、実践コミュニティの自律的な維持には、参加者がコミュニティ観を持つこと、コミュニティ観を再形成し続けることをサポートするコミュニティマネジメントが重要です。コミュニティ観が具象した行為が取りやすい環境を作ったり、フィードバックを歓迎し内省の機会を作ったり、コミュニティ観形成の各ステップを促す工夫が必要です。
コミュニティ観を育む環境作りで特に着目すべき点は、そのコミュニティにおいて多様なコミュニティ観を共存させるための受け皿を示すことです。議論メシでは、コミュニティのビジョンとして「ひとりのしたいことがみんなでできることに」、ディスカッションの流儀として「1 つの結論よりもみんなの気づき」といった、異なるコミュニティ観が尊重され共存する受け皿を示しており、参加者にも定着していることが分かりました。

コミュニティ観を認知するアートワークショップ

これまでの調査結果と議論を踏まえ、3つのコミュニティでワークショップを実践しました。このワークショップは、自分のコミュニティ観を具象化し、対話することで自他のコミュニティ観を認知し、既存のコミュニティ内でコミュニティ観の具象行為が起こりやすく受け入れられる仕組み作りの1つとして検証するものです。具体的には、粘土アート制作でのコミュニティ観を表現し、対話によってコミュニティ観の要素を引き出し具体的行為につなげることを狙いとします。
参加者にはコミュニティ観の定義や「欲求」「贈与」「教訓」「二次的意義」の要素の説明をせず、「このコミュニティ名は、あなたにとってどういう存在ですか?あなたとの関係性は?」という問いを与え、参加者は問いに基づいて粘土制作をします。

制作中の様子
制作中の様子

制作後、参加者それぞれが自分の制作物を説明します。コミュニティ観を具象した「欲求」「贈与」「教訓」「二次的意義」に関する言動を垣間見ることで、コミュニティ観の認知を促します。


制作後の対話

事後アンケート結果からは、ワークショップによって参加者の現在のコミュニティ観を認知するという狙いが達成できることが分かりました。また、参加者の過半数が具象化した行動がイメージできたことから、具象した行為も期待できます。本ワークショップは、自他のコミュニティ観を認知し、具象行為につなげる仕組みの1つとして実践的利用ができると考えられます。しかし、今回ワークショップ実践に参加くださった1つのコミュニティは設立して日が浅く、コミュニティ観の具象に躊躇する人が複数見られたため、コミュニティ観がまだ十分に育っていないようでした。まずはコミュニティ観を持つための参加支援をすることがこれからのコミュニティの発展につながると考えます。

最後に

本研究で提案したコミュニティ観、およびコミュニティ観の形成モデルは、議論メシの単一事例研究によって導いたものですが、コミュニティに携わる人にとって曖昧な感覚値だったものを理論として理解しやすく整理できたのではないかと思っています。自分自身が知りたいと思っていたことから始めた研究ですが、大学院を修了した後も様々なコミュニティに参加したり調査を続けることで、探究を深めたいと思います。

三浦麻子・川浦康至 (2009).「内容分析による知識共有コミュニティの分析: 投稿内容とコミュニティ観から」『社会学心理学研究』25(2), 153-160.
 
Wenger, E., McDermott, R., & Snyder, W.M. (2002). Cultivating communities of practice. Harvard Business Review Press. (野村恭彦監修, 櫻井祐子訳『コミュニティ・オブ・プラクティス ナレッジ社会の新たな知識形態の実践』翔泳社, 2002年)


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