見出し画像

『意味論的転回』 第4章

研究室で輪読を行なっている『意味論的転回―デザインの新しい基礎理論』の第4章「言語における人工物の意味」について、全体のサマリ、ゼミでの議論内容、読んだ感想をまとめていきたいと思います。(文責 M1 本島)

サマリ

第4章の大枠

第3章では、人間が人工物を使用する際にその意味がどのように立ち現れ、デザインやデザイナーはそこにどう関与できるのか、を「認識」「探究」「信頼」という3つの概念を用いながら説明していきました。第4章では人工物の意味について、本書で一貫して重要視している部分である言語の性質から見ていきます。

人工物の運命は言語の中で決定される

本章の中心となる理論が「すべての人工物の運命は言語の中で決定される。」という人工物の意味に対する言語的理論です。この理論では人工物の生はステークホルダーが語り合うナラティブの中で決定していくものであるとしています。人工物に関わるステークホルダーはそれを使用するユーザー以外にも評価者や解説者など様々な人が関わります。人工物はそのステークホルダーがいる共同体の中で、言語によって概念化され、構成され、会話される中で意味(生)を形作るため、使われるだけではなく人のコミュニケーション過程に参入することが大切だと述べました。

図4.1 言語とコミュニケーションにおける人工物

知覚におけるカテゴリーと特徴

言語において対象物は名詞の形式を取っていますが、人間中心主義ではそれは人工物そのものではなく、人工物の概念と結びついていると述べます。例えば、私たちは「座ることができる」というアフォーダンスを知覚し、「椅子」という名前を与えますが、「椅子」という言葉の抽象概念は見ることはできないため、「椅子」という語は現実に存在する全ての椅子を示しているわけではなく、座ることをアフォードするものとして椅子を認識しています。これらの区別はカテゴリと言われますが、カテゴリは必ずしも分類体系などの論理性を持っているわけでなく、人の知覚によって成り立っているものも存在することがわかります。
また、対象物の性質はよく”パワフルな車”など形容詞を付け加え表現されますが、例を見る通り、これは物質的な特徴だけでなく、人が何を知覚しているかの特徴を捉えることができます。特徴は受け手の認識や意思決定を大きく左右する要素であるため、デザイナーは数値で測れるものに加え、このような人の認知にも注視する必要があると述べています。

アイデンティティーの付与

人工物は人に対してアイデンティティーを付与することも可能だと述べています。アイデンティティーは個人や個体を他から区別する本質的な特徴であり、以下の種類で分類されます。

  1.  個人のアイデンティティー:自立した個人としての特徴

  2. 制度的アイデンティティー:職業などの社会的役割としての特徴

  3. 集団アイデンティティー :集団や文化の帰属意識から生まれる特徴

  4. ブランドおよび企業アイデンティティー:モノやサービスから供給される特徴

人はこれらのアイデンティティーを複数有しています。これらは個人で付与することもあれば、他社から付与されることもあります。また、アイデンティティーは、その付与の拒否や保有している特徴の保護を繰り返すことで確立され、強固になっていくため、流動的であることがわかります。

言語的メタファー


何かを考える上でメタファーを利用することがありますが、人間中心主義のデザイナーにとって、人工物を理解可能とするためにメタファーは必要であり、複雑な人工物を理解し、新しい視点を与えることができると述べています。ここではメタファーの特徴について5つの内容で整理しています。

  1. メタファーは概念を理解する表現の基となるソースドメインと、ソースドメインを用いて理解しようとするターゲットドメインの2つの領域を操作する

  2. メタファーが効果的に使用できるかはこの2つの領域が構造的に酷似しているかを前提とする

  3. メタファーはソースドメインの理解パターンを構造的類似性をもって、ターゲットドメインに適用され、ソースドメインが何であったかは関係なく認識される

  4. メタファーはどのように、どのような方法でということを意識することなく、ユーザーの理解を構築する

  5. メタファーは繰り返し使用するうちに消失するが、その意味は日常的な言説として溶け込む

本書においてほとんどの技術革新はメタファーが適切に用いられた結果であると述べています。メタファーは経験した領域を超えることができ、他者との会話で自由にメタファーを使える人は刷新を行うための機会を持つことができます。

ナラティブと文化

本章ではデザインとナラティブの関係性についても記述しており、デザインに対してのナラティブは以下を示すとしています。

  • ナラティブは人間の創造物であり、デザインも同様である

  • ナラティブは語り手と聞き手を必要とし共同的な構築物である

  • ナラティブは理解されるという期待の基に語られるものである

  • ナラティブは語り手と聞き手の世界に意味づけを行う

人間においてナラティブは紡がれていきますが、クリッペンドルフは人工物においてもナラティブがあると示唆しています。例えば、人工物が壊れた場合、過去の事象から類推し、それで説明できない際は単なる偶然として片付けますが、これはナラティブの構造と近いものであり、ナラティブの構造と人工物のインタフェース作成は近い関係があると述べています。そういった中でクリッペンドルフはインターフェース作成においてデザイナーが考えるべき概念をナラティブの「平滑化/連鎖構造/埋め込み/スキーマあるいは意味的機能」として整理しました。
また、クリッペンドルフは、言語は文化を存続させる文化による人工物だと述べています。文化は様々な要素によって成り立っており、デザイナーは直接文化を変えることはできないかもしれませんが、様々なステークホルダーの会話に参入する人工物を提案していくことで多少なりとも文化に影響を与えることができるとしています。このように第4章では言語の存在を分解しつつ、様々な用途に対して言語が与えられる影響を論じました。

ゼミでの議論

ゼミでは今回の内容を踏まえて様々なディスカッションがされましたが、特に盛り上がった3つのトピックを取り上げて紹介します。

言語を基にした行動決定

言語の特性の一つとしてある「言語使用は身体化された現象である」という点について、様々な例から意識せず自然に取っている行動であることが感じられました。これは言い換えると、言語のフレームワークは思考や行動に現れる(言語によって行動が規定される)ということですが、例えば、ゼミという言葉に従い、人はそこにふさわしい態度を取ることや、航空会社のカテゴリであるLCCもそれができたことで企業の動きに影響を及ぼしました。これらの例により言語によって人工物の運命が決定されるというクリッペンドルフの理論に対して実感値を得ることができました。

ナラティブを前提とするデザイン

ゼミ生の一人からは、本章を読み、「デザインは語られることを前提にしている」という言葉に共感を覚えたと話がありました。彼は過去、言語を構築せず、造形から入るアプローチについて、それは自分の内なるものを表出する行為であり、語れないものを表現することがデザインであるという話を受けたことがあると語っていました。アートや映画、プロダクトもそうですが、様々な人工物は解釈の説明は行わず、見た人、使った人の解釈を許容することが一般的に行われています。サービスデザインの分野におけるサービスドミナントロジックにおいても商品(サービス)の価値は顧客によって決められ、そして価値は顧客と企業が一緒に生み出すものであるとされていることから、解釈を制御せず各人の解釈の結晶を生み出すことがデザインの良さであると感じました。

デザインにおける言語の重要性

本章では言語の重要性を理解し、デザイナーは言語をうまく巧みに使っていくべきであることが指摘されています。デザイン領域では視覚的要素が大切にされている場面も少なからずありますが、岩崎先生からは建築は言語において非常に成熟した領域であるとお話しがありました。建築は多くの制約要件の中で制作物を作っていく領域ですが、優れた建築家は優れた言葉使いによって創造的な建築物を作っていると言います。たしかに他の領域でも第一線で活躍しているクリエイターは言葉を巧みに扱うことが得意であると言われています。クリッペンドルフはこういった点を含めてさらにデザイン領域は成熟するべきであると示唆していたのかもしれません。

感想

第4章では意味論的展開において大切な要素である言語の用途と可能性について言及がなされました。今は幅広い領域でデザインという言葉が活用されていますが、まだまだ視覚的な部分に対する認識で捉えていることが多いのも現状です。しかし、視覚的な表現でもそれを制作する前に思考をしている時点で言語を用いているため、言語によって人工物の運命が決定するという考え自体は自然であり、それを既知として認識しておくべきであると感じます。当たり前ですが、社会は人と人が言葉を交わすことで作られています。現在はインターネットの普及により新しい言葉ができやすく、またスピード感を求められることから言葉が無味簡素化し、表現の幅が失われつつあると感じます。言葉の表現がきっかけとなり良いアイデアが生まれることは少なからずあるため、意味としてでのみ言葉を捉えるのではなく、表現・想像力として多くの言葉を受容し、ゆっくり咀嚼していくことも、この時代において大切にしておくべきことなのかもしれません。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?