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『意味論的展開』第6章

研究室で輪読を行なっている『意味論的転回―デザインの新しい基礎理論』の第6章「人工物のエコロジーにおける意味」について、全体のサマリ、ゼミでの議論内容、読んだ感想をまとめていきたいと思います。(文責 M1 福原)

サマリ

第6章の大枠

第6章では、人工物がお互いにどのような意味的関係を持つのか、人間が人工物をどのようなものと考えるのかによって、その人工物の相互作用は何であるのかということを「エコロジー」という概念を用いて説明しています。

人工物の種は人間の言葉によって相互作用する

自然の種のエコロジー(生態系)に人間も参加していますが、そこには二つの方法があります。一つは、生態系に介在するという存在としての参加の方法、次に生物種としての人間として参加する方法だとクリッペンドルフは説明します。また、エコロジーという概念は人類以外が持つことはありません。各々の種が独力で捕食・被捕食の関係を結びながら全体を構成します。
しかし人工物のエコロジーを考えたとき、「人工物の種がどのように相互作用し、それらが互いに対して何を行うのか、そして何がそれらの相互作用を導くかについての文献がほとんどない」とクリッペンドルフは指摘しています。
本書の中では、まず人工物の種と生物種のエコロジーの違いについて説明していきます。クリッペンドルフは、二つの種の違いについて「生物学的種は自らの言葉によって相互作用し、人工物は人の言葉によって相互作用している」と指摘しています。具体的に言えば、蜂は蜜を集めることで花に接近し、花が花粉を蜂につけることで種の拡大ができます。つまり、お互いの生命活動が各々によって相互作用します。一方で、人間が家具の配置をするときや、コンピューターに配線を繋ぐとき、これらは人工物同士が勝手に動き回るのではなく人間の理解によってそれぞれの機能を発揮することができるのです。
また人間の理解は、人工物の種のエコロジー的理解(=各々の相互作用を生態系的に把握すること)をしているように見えますが、これは極めて局所的な理解であり全体のエコロジーを包含したり、一般化したりすることもできません。

人工物の種のつながり

人工物の種が一般化することができないような局所的なものなので、分割しながら人工物の相互作用を考える必要があります。そこでクリッペンドルフは二つの説明の仕方を取り上げます。それが、通時的説明と共時説明です。
通時的説明とは、「他の技術、制度および社会問題におけるコンテクストの中で、時間軸に沿って一つあるいは少数の人工物の進化をたどるのである」とクリッペンドルフは言います。
例えば、電話の進化を考えてみると、初期の電話は木箱式で、表面には震鈴装置、マイクロフォン、受話器などがあり、内側には単純な配線が収納されていました。しかし、電気的な発明が充実すると震鈴装置は見えなくなり、受話器とマイクロフォンは一体化されていくようになります。
このように通時的説明は、人工物の種の分化や融合、さらには人工物の種の特性が移動することなどを説明します。
共時的説明とは、「人工物が互いの使用を決定し合っている同時的な結びつきのネットワーク」だと説明しています。これらの結びつきには、因果関係の結びつき、家族的な類似、メタファー的な結びつき、制度間のつながりという4種類があります。
文量の都合上、ここでは家族的な類似、制度間のつながりについて簡単に説明します。
家族的な類似とは、相互に因果関係はないがユーザーが概念的にそれらを結びつけられるものを指します。例えば、カトラリーなどがそれに当たります。
制度間のつながりとは、ある人工物の持続や発展に共同で専心することにおいて黙示的に存在するつながりです。例えば、テレビはテレビ局、設備メーカー、広告主、ケーブル・衛星通信サービス供給者という制度間のつながりとテレビを見て楽しむ人々がいて成り立ちます。 他、2つのつながりについてはぜひ本書を読んでいただきご確認ください。

これら人工物の相互作用はデザイナーがどれも無視することができないものです。デザインは、他の人工物との関係に参入し、そのようなエコロジー的相互作用を生き抜く能力を考慮してデザインされなければならないとクリッペンドルフは言います。

人工物の種の相互作用

ここまでは人工物の相互作用を人工物同士のつながりに焦点を当てて説明していました。ここからは具体的にどのような力学が働いているのかということに焦点を当てて説明がされます。
クリッペンドルフは全てのエコロジーには3種類の相互作用があると説明しています。協働的相互作用、競争的相互作用、独立的相互作用です。これらの相互作用は結果として種の数的なサイズを変動させます。協働的相互作用は、Aの数が増加した際にBの数を増加させる場合の作用の仕方。競争的相互作用は、Aの数が増加した際にBの数を減少させる場合の作用の仕方。独立的相互作用は、Aの数の変化がBの変化の数の変化と関連しない場合の独立した状態のこと。また、種の再生産や引退(死)の比率も種のサイズの増減を左右させます。
この3つ(4つ)の相互作用を具体的に見ていきたいと思います。AとBという2つの人工物のうち、一方が他方に置き換えられたとき、その人工物は意味的に同義であるとみなすことができます。AとBが異なる種からなる人工物だったとき、その置き換えには競争が発生します。クリッペンドルフは、タイプライターとコンピュータの例を出しています。両者とも文字を打つことができ、他者に共有することもできます。しかし、この勝負はコンピュータに軍配が上がりました。コンピュータの利点がタイプライターよりも優っていたからです。現在、タイプライターはエコロジー的(=人工物の種のつながり)にはほとんど意味をなさなくなり、博物館で展示されることで現存しています。
人工物は、それらが意味するものに基づいて協力したり競争したりしますが、それは人工物が相互に比較するところで行われます。デザイナーがエコロジー的に勝利するようなものを生み出すためには、自分達の方へ意思決定者を振り向かせるようなエコロジー的意味を供給しなければなりません。
通時的説明、共時的説明で見てきたようなエコロジー的意味はありますが、エコロジー的なものの結末は理論的に常に協力か競争か独立かしかありません。
クリッペンドルフは、この他で技術社会学においての知見をまとめ、ボールディング[Boulding,1978:77-78]が協力、競争、独立をそれぞれクロス集計することで人工物の任意の2種の間に7タイプの相互作用があることを発見したことなどを紹介しましたが、ここでは割愛させていただきます。

技術の協働体と神話

さまざまな相互作用のあり方を見てきましたが、クリッペンドルフは人工物同士の関係性について、「ほとんどの人工物の種は協働的関係を結ぶ」と説明しています。これはデザイナーが首尾一貫性を好むことや、ユーザーが極めて新しい代替物によるわけの分からない動揺に直面したくないため、合理性の共有やテクノロジックを推定した共通の意識に依存する傾向があるのかもしれないとクリッペンドルフはいいます。こうした嗜好に基づいて行動する結果は、人工物の複雑なネットワークの成長および洗練の繰り返し、すなわち技術の協働体であるとしています。
例えば、自動車を考えることができます。自動車の開発は道路を整備し、製油業、修理店、道路沿いのファストフードチェーン店などを生み出したと考えることができます。さらには、都市を変形させ、日常生活を変化させたということもできます。
技術の協働体は人間の集団行動によって一つにまとめられ、しばしば社会的制度によって調整されます。それは歴史を持って、世代を超えて発展していきます。
また、巨大な技術の協働体の出現、さらには人工物のエコロジーを成長させるものは神話であるとクリッペンドルフは説明しています。
ここでいう神話とは、「人間の考え、物語、共同の慣行の基礎となる、大部分は無意識的なナラティブ」のことです。
神話が文化に統一を与え、デザインの取り組みを正当化し、人工物にエコロジー的意味を割り当て、人間個人と地域社会の関わりを指示するとクリッペンドルフは言います。
クリッペンドルフは本章の最後に「エコロジー的な文化の知恵(=神話)に反するデザイン戦略は失敗するだろう」と書いています。これが意味することは、エコロジー的な意味が合理性を超えたところにあると認めることにより、神話を人工物のエコロジーの究極のドライバーであると認識するということです。

第6章では、人工物のエコロジーについて見ていきました。人工物の種のつながり、相互作用と人間の関わり、それは最終的に人間が共有する刷り込まれた無意識のナラティブ(=神話)によって駆動するということを説明していました。

ゼミでの議論

ゼミでは今回の内容を踏まえて様々なディスカッションがされましたが、特に盛り上がった2つのトピックを取り上げて紹介します。

技術の協働体

技術の協働体は、人工物の種のエコロジーの理想的な状態なのかという意見がありました。サマリー本文では省略しましたが、書籍の中では技術社会学のピンチとバイカーが、技術開発の最終的な段階は、デザイン上の安定(構造の安定)と意味上の安定(解釈の終了)を示すとあります。この状態に達すると、技術的な変更は人工物の理想系のほんのわずかな変更にとどまり、人工物が意味するもの、どのように、いつ、誰に使用されるのかについてある種の一致に到達し、人工物の他の種との相互作用は比較的沈静化するとあります。技術の協働体も、複雑なネットワークに対する意味上の安定が訪れている状態と解釈することもできそうです。一方で、クリッペンドルフはこれを一時的なものに過ぎないと説明しています。実際に、自動車もAIによる生活の改善という神話を前にして、自動運転など新しい変更を迫られています。
加えて、こうした技術の協働体には一足飛びに向かうことはできず、過去の遺産を引き継ぎながら進化していくという長期的な視点の重要性も指摘されました。

ANT理論

クリッペンドルフは本文中では引用することはありませんでしたが、現代的には人工物の種のエコロジーの話をブリュノ・ラトゥールなどのアクターネットワーク理論的(ANT理論)なものと捉えることもできるのではないかという意見が出ました。ANT理論では、複雑な社会現象を理解することができるようなアクター同士のネットワークモデルを提供しています。クリッペンドルフとの大きな違いは、クリッペンドルフは人工物と人間、もとい非人間と人間を多少なり区別して話していますが(人工物のエコロジーとステークホルダーを区別して分析している)、ANT理論では非人間と人間の区別をすることなく、アクター(非人間/人間)の関係と接続の仕方に焦点を当てていることです。おそらくANT理論はクリッペンドルフの時代には既に提出されていたと思いますが、これをどのようにクリッペンドルフは理解したのかに興味が湧いてきます。

感想

「人工物のエコロジーにおける意味」という章では、人工物同士のつながりや相互作用について見てきました。この章を読み終わり、周りを見るとあらゆる人工物が溢れていることに改めて気づきます。そして、それらが整然と私の言語によってつなげられたものだということにも気付かされます。デザインという行為は、ネットワークの中で位置づけられるのだということをこの章を通じて学びました。一つの人工物が社会を大きく変えてしまうという技術の協働体の話は非常に興味深いです。社会をデザインするという言葉がありますが、それはまさに人工物のエコロジーを強めたり弱めたりする行為なのではないかと感じました。しかしそれは神話を無視して行うことはできません。ということは、むしろ神話を生み出すようなデザインをすることが戦略的なのかもしれません。それがクリッペンドルフがいうところのディスコースのデザインに結びつくのかなと思います。

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