ゼミ生研究内容紹介④「基礎自治体職員におけるデザインアプローチ適用の有用性と障壁」M2 五十嵐悠
2023年3月に大学院を卒業した元岩嵜ゼミ生の五十嵐です。自分は在学期間中、岩嵜ゼミにて「基礎自治体職員におけるデザインアプローチ適用の有用性と障壁」というテーマで修士研究に取り組みました。研究については、いくつかのWeb 記事で紹介してもらっています。そのため、このnoteでは、研究内容はWeb記事のリンクで参照しながら紹介し、なぜこの研究を始めたのかを中心に書きたいと思います。 (文責 五十嵐)
背景と研究の問い
この研究テーマを選んだ個人的な背景ですが、2年前大学院に入学した理由と大きく関係します。自分は鹿児島県種子島にある西之表(にしのおもて)市で地域おこし協力隊として、3年間大学連携の活動を行っていました。自治体の職員とともに持続可能な地域づくりを目指し、20以上を超える大学と実証研究や活動を行ってきましたが、活動が住民側にあまり知られていませんでした。それどころか、何やってるかよく分からんなど時には否定的なことも言われたこともありました。方向性は間違っていないはずなのに、何でだろうと悶々とする日々が続きました。
任期終了後は縁あって、連携先の一つであった大学に転職します。今度は大学の立場から自治体、民間企業と協働をすることになりました。だが、モヤモヤは止まりません。特に、身近にいた行政や政策について考える時間が増えました。
そんな時にコロナが起こり、あらゆるイベントがオンラインで参加できるようになりましたが、偶然ムサビのイベントを見つけました。行政という単語に反応したのは間違いないですが、行政と美大?デザイン?の関係性が分からず興味を持ち参加しました。
このイベントに参加して民間企業だけでなく、海外を中心にデザイン思考に代表されるデザインの知恵(本研究ではデザインアプローチと呼んでいます)が行政や政策立案にも活かされていることを知り刺激を受けました。これは面白そうだなと感じたのと同時に、ムサビが社会人向けの大学院を開いていることを知ります。迷うこともありましたが、最終的に受験し入学しました。
これまでが入学動機でもあり、個人的な研究背景でもあります。行政の中でも、特に自分が所属していた基礎自治体と呼ばれる市区町村規模の自治体に興味がありました。海外では、政策立案にデザインアプローチが有効とされ実際に取り入れられています。一方で、日本ではこの動きが始まったばかりです。基礎自治体において、デザインアプローチが本当に有効なのか、どういったことが導入障壁となり得るのか、を知りたかったというのが研究の出発点でした。
研究の構成
自分の研究は大きく二本立てとなります。一つ目が、全国基礎自治体職員向けに行ったWebアンケート調査。二つ目が、政策立案プロセスでのデザインアプローチの実践活動です。一つ目が定量的な調査、二つ目が定性的な調査が中心となります。この二つから、基礎自治体職員におけるデザインアプローチの有用性と導入障壁を明らかにしようと試みました。
なお、両研究ともに武蔵野美術大学ソーシャルクリエイティブ研究所と株式会社日本総合研究所の共同研究「政策のためのデザインアプローチ」の一環として実施されました。共同研究の成果報告会を2023年3月に行いました。成果報告会の様子は以下のページをご覧ください。
①全国基礎⾃治体職員へのWeb アンケート調査
現状における基礎⾃治体のデザインアプローチの導⼊度合いや今後導⼊可能性の⾼い領域を明らかにするため、全国基礎⾃治体の職員約1,500人を対象にWeb アンケート調査を実施しました。「政策⽴案・実施時における課題認識」、「広義のデザインの認識」、「政策⽴案・実施時におけるデザインの実践」の3つの観点で質問しています。本調査の結果について、日本総合研究所の以下のページに詳しくまとめられています。
結果を簡単に見ると、まず基礎⾃治体職員は⽇常業務の中で、「取り組むべき課題(政策課題)の複雑化」、「引き出した住⺠・企業等のニーズを活⽤した政策⽴案」、「⻑期にわたる政策課題の設定」に難しさや課題を感じていることが分かりました。デザインアプローチの導⼊度や実践度合いの観点では、基礎⾃治体職員のデザイン思考の認知度は8.4%であり、⺠間企業と比較しても低い数値となりました。デザインアプローチ各⼿法の期待値を⾒ると、「バックキャスティング」のような⻑期化する政策課題に対し有効な⼿法や、「インタビュー/ヒアリング調査」、「観察調査/エスノグラフィー」のように定性的な調査から市⺠ニーズを把握していくような⼿法の期待値が⾼いと言えます。
②特定基礎⾃治体へのデザインアプローチ適⽤の実践
では、実際に政策立案プロセスにデザインアプローチを導入すると、職員にどのような反応があり、また結果が得られるでしょうか。上に書いた種子島の西之表市役所において、部局を横断した若⼿職員が⼦育て事業をつくるプロジェクトで、2022年6月から約5ヵ月間デザインの実践活動を行いました。この活動に私がファシリテーター役として伴走しました。この活動内容はGREEN×GLOBE Partners の記事で紹介してもらいました。
研究の視点としては、プロジェクト期間中のフィールドノートやプロジェクト終了後に参加していた職員にインタビュー調査を実施し、それらをもとにプロジェクトそのものを分析しました。
考察
Webアンケート調査と西之表市の政策立案プロセスへのデザインアプローチ適用の実践活動の調査結果を統合して考察しました。結果、9個の有用性と7個の導入障壁を確認しました。
有用性について一言で言えば、「職員が自信をもって政策立案できるようになること」と言えます。現在の政策立案は、特定の職員のみのクローズドな環境において、アンケートに代表する定量的な調査で市民のニーズを把握し、議論で一度決めたことはあまり戻らない直線的なプロセスで行われます。市民の声を直接聞く機会が乏しく、本当に政策が市民の役に立つのか職員が分からなくなることがあります。
一方で、デザインの考え方では、市民の声を直接聞くことや観察を重視し、また色々な人と共創しながらつくります。つくったものを見せて、意見をもらい、またつくりなおすプロセスが求められ結果的に、市民の声を根っこに持ち、プロトタイピングと様々な人との対話を通して自信を深められます。
導入障壁については、まずデザインアプローチ知見の不足の壁があります。他にも、縦割りに代表する共創の壁、日常業務に追われる時間的制約、供給者目線で発想してしまう行政文化の壁が存在します。予算的制約やデジタルツールが使いにくい制度上の壁や、行政には「失敗はない」という無謬性と呼ばれる文化の壁も立ちはだかります。
導入障壁を突破する方法、つまり⾏政組織にデザインアプローチを導⼊する⽅法をこれまでの結果から演繹的に考察した結果、職員個人レベルでは定性調査の活用、組織ではデジタルトランスフォーメーション(DX)の推進を挙げました。今後、行政とデザインの実践と研究を推進するためには、既存領域の横断が求められます。
最後に
岩嵜ゼミでは、「デザイン」という方法論をもって、個々が関心ある領域や対象と向き合ってきました。自分の場合は、それが行政や政策でした。これまで他のメンバーが研究内容を紹介してくれたように、このゼミで扱うテーマは幅広く岩嵜先生や友人たちと議論する時間は刺激的でした。それぞれ異なるバックグラウンドや実務経験を持っているため、話が深まります。
興味を持たれた方は、ぜひ他のnote記事を読んでもらうことやムサビ市ヶ谷キャンパスで行われているイベント、特に1月に行われる卒業・修了の展示会への参加をお勧めします。自分もムサビのイベントに参加したことがきっかけで入学しました。この記事も未来のムサビ生となる誰かに届けば良いなと願っています。
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