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『意味論的転回』 第5章

研究室で輪読を行なっている『意味論的転回―デザインの新しい基礎理論』の第5章「人工物の生における意味」について、全体のサマリ、ゼミでの議論内容、読んだ感想をまとめていきたいと思います。(文責 M1 福原)

サマリ

第5章の大枠

第5章では、製造・販売・使用などといった人工物のライフサイクルがどのように意味を生み出しているのか、そこに人間はどのように関わっているのかということを、「固体発生論」や「ステークホルダー」という考え方を用いながら説明しています。

デザインには明確な始まりと終わりは存在しない

クリッペンドルフは人工物には明確な始まりと終わりが存在しないのと同様に、デザインにも明確な始まりと終わりは存在しないと言っています。人工物の始まりと終わりを説明するために、プロペラがうまく作動する前にジェット機を開発することはできないという例を出しています。技術の因果関係は現状から振り返ることでしか認識できず、どこに始まりと終わりがあるのかは誰にも予言できません。したがって、人工物を生み出すデザインという行為にも明確な始まりと終わりが存在せず、その代わり現状から振り返ることによってしか認識できない因果関係が存在することになります。工業化の時代、技術中心のデザインにおいては「問題解決が新たに解決されるべき問題の要因となる、無限のサイクルにある」とクリッペンドルフは指摘しており、より大きな観点からデザイン思考を把握する必要があると言います。

人工物の変化の過程を捉えること

では、なぜより大きな観点を捉えることはできないのでしょうか。クリッペンドルフは4つの障壁を挙げています。ここでは、そのうちの一つである「固体発生論の代わりに存在論に注目すること(という障壁)」を取り上げたいと思います。
ここでいう存在論とは、あらゆる人工物は観察者とは独立に不変のものとして扱うことを指します。自然科学的な態度には、こうした考え方が導入されることがあります。しかし、クリッペンドルフは「ほとんどの物質的な存在は一時的なものである」と指摘します。例として工場から出荷された製品も、その後、広告のコンテンツ、商品・所有物・修理の必要なもの・環境に危険なもの・学習されるべきものと変化していくかもしれないと言います。
そのため断片的・瞬間的な形に専念することは、変化・変形の途上にある人工物の意味を理解することを厳しく限定するとクリッペンドルフは説明します。

ライフサイクルと人工物の意味

本文中に掲載されている図5.1では、人工物の変化の過程を示しています。同時に、このようなネットワークには本質的に始まりと終わりが任意であるということも示唆しているとクリッペンドルフは言います。

図5.1 技術的な人工物のライフサイクル -デザイナーの視点(書籍を参考に筆者作成)

この図の見方としては、実線が事態(≒形)に支配される推移、点線が情報に支配される推移と説明しています。アイデアがデザインチームを手に入れ、そのメンバーが開発の方向を協議し、次段階で機能面をエンジニアリングが担い、工場などに発注する製造過程があり…、というものです。引退からデザインに向けて点線が引かれていますが、これはデザイナー自身が構想を描いた人工物がどのようにライフサイクルを通り抜けたかということを学習し、次の機会に自らのアイデアを扱う能力を高めたということを意味しています。デザイナーが微視的な視点でデザインを扱うことから脱出し、巨視的な視点を構築するためにこのプロセスは非常に示唆的であると思います。

人工物は変化をし続け引退へと向かう途上にあるということを理解すると、人工物の生は複雑で一人で扱いきれないのではないかと思う人もいるかもしれません。ですが、クリッペンドルフは複雑な人工物の生も扱いきれると言います。彼はここから具体例を列挙していくのですが、その趣旨はあらゆる人工物の変化に対応するには一人ではなく多様な人間たちが関わっていることを理解してほしいということを伝えたいのだと思います。エンジニアやメーカー、マーケター、広告主、運送業者、販売スタッフ、消費者など多様な人々が人工物にその都度関わることによって、その人工物は一生を終えることができます。これは人工物が関わった人によって意味を変えられ、変えられた意味が次にその人工物を必要としている人のところへ向かうことになるので、意味がネットワークを推移させる原動力になっているということも示唆されています。
ただ、ここで大事なことは、一方でデザイナーは構想を描かなければいけないということです。多様な人々と人工物の関係によって人工物はライフサイクルを通り抜けられますが、どのようにライフサイクルを通り抜けるのか、デザイナーは自分達のデザインが生き続けると予想できる人工物の推移のネットワークを計画する必要があります。構想を描くという巨視的な視点を持たなければ、その場の問題解決に勤しむだけで固体発生論的なデザインからは離れたものとなってしまいます。

ステークホルダーの多様性

見てきたように、人工物の推移には多様な人々との関わりが必要になります。こうした人々のことをステークホルダーと言います。ステークホルダーは、デザインに利害を主張してくる多様な人々のことです。なので、単にライフサイクルを全うさせる役割を担っているだけではなく、ときにデザインの実現を防ぐことに利益を見出している人も含みます。そしてこのステークホルダーにはデザイナー自身も含まれていることを忘れてはいけません。ステークホルダーという存在はとても多様で複雑な存在であると言えます。
デザイナーはこうしたステークホルダー同士の調整することや、そもそも多様で複雑なステークホルダーを引きつけるプロジェクトを提案することにも注力する必要があります。人工物がライフサイクルを全うするにはステークホルダーの協力がないといけないからです。
ではどのようにしたら、多様で複雑なステークホルダーを引きつけるようなプロジェクトを提案したり、ステークホルダー同士を調整したりすることができるのでしょうか。

ステークホルダーを引きつけるプロジェクト

既によく知られているような人工物を改善するようなプロジェクトでは動機付けが職業的な義務や経済報酬によってしばしば規制されるとクリッペンドルフは指摘します。しかし、技術が発展しているか、技術が新しい用途を得ている場合にはプロジェクトには多くの人を巻き込む余地があります。そのような状況下で、ステークホルダーを呼び込むこと、反対者を支持者へ転向させること、彼らの見たいものを実現するために必要とされる資源を作り出すことがデザイナーの大きな役割となります。
クリッペンドルフはいくつかの要素を提示していますが、その中の一つに「プロジェクトには、参加者が目的意識かビジョンを提示して、互いに確認することができるナラティブである『意義』がある」とあります。意義は、簡単に理解することができない概念ですが、プロジェクトの目的や価値と考えることができます。こうした意義は、参加者の注意を方向づけたり、行為を調整したり、資源を導き入れることや意見の相違を縮小させることに貢献できます。クリッペンドルフは他にも、プロジェクトを支配する人は誰であれ存在しないこと、誰もが尊重されている空間を作り上げることなどを挙げています。

第5章では、他にもコミュティの大きさの臨界規模に関わる考察やライフサイクルを進めていくための工学的マネジメントの発想に対して批判的な考察を行っています。このサマリーでは、本章の特に重要な論点を中心にまとめさせていただきました。

ゼミでの議論

ゼミでは今回の内容を踏まえて様々なディスカッションがされましたが、特に盛り上がった2つのトピックを取り上げて紹介します。

アップサイクル

ライフサイクルの円環の中に「引退」という要素があります(図5.1参照)。そこについて、2020年代の現在と本書が記され2000年代における思考の違いが表れているのではないかという指摘がありました。というのも、現在であればリサイクルの中にもアップサイクルという考え方があります。アップサイクルというのは、廃棄予定のものに新たな付加価値をつけることで別の製品へと生まれ変わらせるというものです。このような考え方を用いれば、人工物のライフサイクルは引退からさらに別のライフサイクルを生み出すことになります。

プロジェクト

現在、岩嵜ゼミでは企業と連携をした共同研究を実施しています。その中の一つに地域をフィールドにした研究プロジェクトがあります。そのプロジェクトの推進の仕方は、クリッペンドルフが指摘するようなステークホルダーをうまく巻き込んだプロジェクトであると言えます。プロジェクト全体がどのような成果を生み出していくのかは誰にもわかりません。大学(デザイナー)がステークホルダー間にうまく入り込み、内部的な存在でも、外部的な存在でもない、その間の存在としてうまくプロジェクトが実施されているのではないかと議論が盛り上がりました。
また、企業の中でプロジェクト的なものの進め方をすると、どうしても責任を明確にして分業にしてしまいがちになるという指摘もありました。企業の場合ではどのような組織をデザインできるのかということが、そもそもプロジェクトの推進には大きく関わってきそうです。

感想

「人工物の生における意味」という章では、人工物がライフサイクルを全うする中でどのように意味が生まれていくのかということを説明していました。本章で特に印象的なのは、ステークホルダーを巻き込みながら、プロジェクトを進めていくという点です。デザイナーがネットワークの中を自由に動き回りながら、利害関係の調整をしつつプロジェクトを推進していく姿勢は、当時はまだ理想ベースだったのかもしれませんが、現在では比較的受け入れられ実践しているデザイナーも多くいると思います。本書は、そうしたデザイナーの在り方を定義づけたという意味でもデザインの基礎理論として非常に示唆に富む書籍だと思いました。

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