IASDR 2023に参加しました
ミラノ工科大学で開催されたデザインの国際学会
イタリアのミラノで開催されたIASDRというデザイン研究の国際学会に参加してきました。IASDRはThe International Association of Societies of Design Researchの略で、その名に反映されているように、世界の様々な地域を拠点とするデザイン研究関連の学会が集まってできた国際学会です。
もともと日本、台湾、韓国の学会の連携から始まり、そこに欧米系の学会であるDesign Research Society(DRS)が参加し、現在のIASDRの形になったという、アジアの起点に始まった特徴的な組織です。
今回は、昨年フィランドで実施したフィンランドにおける政策のためのデザインのエコシステム研究の一部を発表してきました。筆頭著者は、当時フィンランドのアアルト大学に在籍されていて、武蔵野美術大学ソーシャルクリエイティブ研究所の客員研究員でもある森一貴さんで、発表も森さんに行ってもらいました。
論文のタイトルは「How do PSI Labs establish legitimacy?: Dynamics, approaches, and knowledge creation」。フィンランドの政策のためのデザイン組織が行政組織の中でどのように正当性(legitimacy)を獲得してきたかということについて、1. Promotion、2. Collaboration、3. Networkingの観点から論じています。
IASDRは2005年から2年に一度の頻度で開催されています。前回の2021年は香港理工大学がホストでしたが、パンデミックの影響でオンラインでの開催となりました。前回はオンラインで参加しましたが、リアルで参加するのは今回が初めてでした。いくつか気付きに関して、こちらでも紹介したいと思います。
1.デザイン研究の潮流
今回のIASDRのプロシーディングス論文はDRSの論文アーカイブで早くも全文公開されています。研究発表は複数のトラックが平行して進むいわゆるパラレルセッションで行われるため、すべての発表を聞くことはできませんでしたが、このアーカイブの論文タイトルを見ると、世界のデザイン研究の一つの潮流を把握することができます。
パラレルセッションは、似たようなテーマを持つ発表が集められ、3〜5の発表で構成されるセッションに分かれています。それぞれのセッションに関連する研究テーマをもつ研究者がセッションチェアとなり、ファシリテーションを行います。
今回は、開催ホスト校であるミラノ工科大学の研究者がセッションチェアを務めていることが多いように思いました。後述しますが、ミラノ工科大学の多様で新しいセッションテーマのファシリテーションができるだけの研究者の層の厚さにも感心しました。
公共(public sector)におけるデザイン
近年、行政や自治体におけるデザイン方法論適用の可能性についての議論が広がっています。今回われわれが発表した研究も、フィンランドの行政におけるデザイン組織の研究でした。今回のIASDRでは、われわれの研究の他にも多くの政策のためのデザイン研究が発表されていました。
加えて、今回のカンファレンスのキーノートスピーカーの一人であるLucy KimbellはイギリスのUniversity of the Arts Londonのデザイン研究者で政策のためのデザイン領域において多くの研究を行ってきた方です。そんな研究者がキーノートを行うことからもデザイン研究者においてこの領域に対する関心が高いことがよくわかります。
エコシステムとしてのデザイン
今回のIASDRにおいていろんなセッションで聞かれた言葉の一つが「ecosytem」です。直訳すると生態系ということになりますが、デザインを多様なステークホルダーのネットワークとして見るという論点があります。
これまでデザインではサービスデザインに代表されるように、時系列の体験の流れを対象としてきました。デザインにおいてエコシステム概念が注目されるようになった背景は、世界がより複雑で多様なステークホルダーが関係することになった時に、一つの体験の流れだけでは説明することが難しくなってきたことが挙げられます。多くのセッションでエコシステムのデザインの可能性が議論されており、今後の展開が注目されます。
未来ビジョンとしてのデザイン
未来をどのように構想するかという点についても多くの研究において言及がありました。短期的な問題解決としてのデザインから、より長期的視座に立つデザインのあり方が積極的に議論されていました。
この背景として、サステナビリティやサーキュラーエコノミーへの注目があります。持続可能な社会のあり方を考える上で、長期的な視座に立ったビジョンの検討が必要になっているのです。
関連して、いわゆる人新生(Anthropocene)を前提とした脱人間中心的なデザインのあり方についても議論されていました。これもサステナビリティを念頭においた長期的視座における議論の延長線上にあるものと言えます。
2.実践研究としてのデザイン研究
今回参加して一番はっとさせられたのは、パラレルセッションやキーノートスピーチにおけるディスカッションにおいて、「We as designers」という発言が多く聞かれたことです。私たちデザイナーとしてということなのですが、ポイントはデザイン研究者としてではなくデザイナーとしてという点です。IASDRに参加しているのは多くがデザイン研究者ですが、デザイン研究者であったとしてもデザインの実践者、つまりデザイナーとしての自覚を持っているということを感じました。
私は、デザインとビジネスのハイブリッドとして、デザイン関連の学会だけではなく、経営系の学会に足を運ぶこともありますが、他の学会でこうした発言はほとんど見られないのではないかと思います。古典的な社会科学の世界は、研究者の役割は研究対象を観察することでデータを取得し理論を構築することであり、自らが実践者になることは想定されていません。
研究者が「We as designers」という自覚を持っていることは、デザイン研究が実践と研究をつなぐものであることを指しているのだと改めて感じることができました。
この点でもう一つ感じるのは、Research thrugh design (RtD)と呼ばれるデザイン実践を伴う研究方法を取る研究が多く見られたことです。RtDとは、研究者と観察対象が分離するのではなく、研究者が自らデザイン実践を行い、その結果生じたことを観察対象とするという実践的な研究アプローチです。90年代に当時RCAの学長だったFraylingが提唱し、近年改めて注目されている研究方法です。
https://researchonline.rca.ac.uk/384/3/frayling_research_in_art_and_design_1993.pdf
3.ミラノ工科大学におけるデザイン
今回大きな収穫だったのは、ミラノ工科大学のデザインを肌で感じることができたことです。アメリカに留学していた時に仲が良かった友達がミラノ工科大学出身だったり、日本からの留学生に時々お会いしたりしていて、これまで間接的な接点はありましたが、実際に訪問したのは今回が初めてでした。
あまり日本では見られない光景かも知れませんが、今回学会の会場が授業が行われている最中の大学の教室だったこともあり、キャンパスには学生が溢れ、授業やグループワークの雰囲気を垣間見ることができました。またセッションチェアの多くは、ミラノ工科大学デザイン学部の教員によって担われていて、教員の雰囲気もよくわかりました。教員の皆さんは、皆さん英語も堪能で、最新のデザイン研究をリードする研究者としてセッションをファシリテートされていました。
ミラノ工科大学のデザイン学部は、2000年前後に建築学部から分離し、独立した部門となったようです。教育のSchool of Design、研究のDepartment of Design、プロフェッショナル教育のPOLI.designの3つの役割をPolimi Design Systemとして体系化しています。
School of Designは学部相当の教育プログラムとして、Communication Design(いわゆるグラフィックデザイン)、Fashion Design、Interior Design、Product Designに分かれています。修士レベルでは専攻がアドバンスドなものになり、Communication Design、Design & Engineering、Design for the Fashion System、Digital and Interaction Design、Integrated Product Design、Interior and Spacial Design、Product Service System Designに分かれます。
Design & EngineeringやInteraction Designなどとともに、大学院から設置される専攻として、Product Service System Design(PSSD)があります。PSSDまたはPSSはミラノ工科大学から生まれた、サービスデザインの系譜とも重なる新しいデザイン分野です。
ミラノ工科大学デザイン学部は研究機関としても先進的です。研究を担うDepartment of Designには学部の専任教員を含め120名のリサーチャーとPhDの学生を含めた80名のリサーチフェローが在籍し、数多くのリサーチプロジェクトが行われています。
おわりに
パンデミックを経て、今回久しぶりの国際学会への参加となりました。大学所属として海外で開催された国際学会に現地参加するのは初めてのことで新鮮な気持ちになりました。
大学に来てから、国内の学会に出たり、リサーチプロジェクトをいくつか行う中で、世界における自分たちのデザイン研究の位置づけが今ひとつ分からなかったところもあったのですが、今回のIASDRへの参加でこのあたりがかなり明確になってきました。
自分たちの向かう方向性は大きくは世界の潮流とも合致していることが確認できたことはよかったです。一方で、議論の質と深さではまだ発展途上であることも自覚することができました。
英語における発信と議論もまだまだやるべきことがあると感じました。世界のデザイン研究に触れることで勇気と次のステップへのモチベーションを得ることができた貴重な機会となりました。
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