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ゼミ生研究内容紹介③ 「量り売り型小売店における価値共創促進を通じたサーキュラーデザインの実践」 M2 山本莉央

本研究の目的とゴール、そしてリサーチクエスチョン

目的:食品小売業がサーキュラーエコノミーの実現に向けて取り組むべきデザイン活動を明らかにすることで、食品小売業の新しいあり方を示唆すると同時にサーキュラーデザインの定義の拡張を目指す。
ゴール:
・食品小売業のセルフサービス業態の中でも「量り売り型小売店」に着目し、顧客と店舗両者の視点から価値共創プロセスの把握を目指す。
・「量り売り型小売店」をフィールドとして、サーキュラーエコノミーの実現に向けた価値共創プロセスへ市民参加を促す方法を探索的に調査し提言する。
リサーチクエスチョン:市民を巻き込みながらサーキュラーエコノミーを実現していくために、食品小売業が実践すべきデザイン活動とは?

研究プロセス

私たちは、どうしたら循環型社会に向けた暮らしを営みたくなるのか。

近年小売業を取り巻くマーケティング研究では、モノとサービスを二元論的に論じることをせず両者を包括的に捉える「価値共創」を中核概念とした「サービス・ドミナント・ロジック(以下S-Dロジック)」の議論が活発である。一方、大量生産・大量消費といった効率を求めて市場拡大してきた食品小売業のスーパーなどセルフサービス業態では価値共創がされにくいとされ、価値共創の議論の対象にはなってこなかった。

Vargo & Lusch (2004)によるグッズ・ドミナント・ロジック(G-Dロジック)とS-Dロジック

そんな中、サーキュラーエコノミー*1 への配慮など社会全体が変化するにつれ食品小売業にも新しい動きが見られている。そのうちの一つが量り売り型小売店*2 である。食料品から日用品まで一つの店舗で数百種類を超える品揃え全てを量り購入ができる新たな小売形態であり、江戸時代から続く従来の量り売りとは異なる購買行動や店舗と顧客の関係性が生まれている。また、脱炭素化への対応が急務で求められる中、新たな量り売り型小売店での買い物は環境負荷削減の取り組みへ市民参画を促す機会であり、今後更なる進展が期待できる。
さらに、近年デザインの分野ではサーキュラーエコノミーの実現に向けたデザイン活動に関心が集まっている。しかし、現状サーキュラーデザインの議論の対象は物質的な製品が主になることが多く、狭義の意味でのデザイン活動の範疇におさまっている。この先サーキュラーエコノミーを実現していくためには、単純にデザインの対象を製品やサービスに広げるだけでなく、価値共創の視点を盛り込みサーキュラーデザインの定義を拡張していくべきなのではないか。
食品小売業のセルフサービス業態の中でもサーキュラーエコノミーを促す新たな小売スタイルの兆しが見えている量り売り型小売店における価値共創プロセスを明らかにし、この先の小売のスタンダードとなりうる価値共創のヒント探る。さらに、明らかにした価値共創プロセスに基づき、量り売り型システムへの参加を誘発するきっかけをプロトタイピングを通じて提案することを試みた。

*1 サーキュラーエコノミー | circular economy

*2 本研究が対象とする量り売り型小売店とは全ての商品を量り購入ができる新たな小売形態であり、「守貞漫稿」(著)喜田川守貞に記述されているような江戸時代の「振り売り」を始めとする従来の量り売りシステムとは異なる。

量り売り型小売店における価値共創プロセスと文脈価値

本研究では、Vargo & Lusch (2004)によるS-Dロジックの先行研究を踏まえ、本研究では顧客側の視点から店舗来店前・中・後の顧客行動に着目し、量り売り型食品小売業における顧客の文脈価値を明らかにした上で一連の価値共創プロセスを把握することを目的に調査を実施した。 

株式会社斗々屋を対象としてフィールド調査を実施した。過去一年間に国内二拠点に展開する斗々屋国分寺店あるいは斗々屋京都店を訪問し、12名の顧客に対して初回訪問時の行動と当時の心境についてムードメーターという手法を用いながらインタビューを行った。なお本研究では半構造化インタビューを採用した。

調査を通じて、「来店の準備をする」「量る」といったこれまでのセルフサービス業態では見られない特徴的な行動による価値創出の機会が明らかになった。さらに、M-GTAを用いて顧客の文脈価値の把握を行なった結果、店員と顧客の接点がない場合でも量り売りに関する背景知識や文脈などの情報を顧客が認識しており、店舗側が用意する量り売りシステムに能動的に顧客が参加することで「社会貢献に関する価値」「自己影響力に関する価値」「理想的な暮らしに関する価値」という文脈価値が創出できることが分かった。 

M-GTAで抽出された顧客の文脈価値
明らかになった価値共創プロセス

量り売り型小売店における店舗オペレーション

さらに、顧客側の視点ではなく店舗側の視点から量り売り型小売業における価値共創プロセスを把握することも試みた。上述の顧客の購買プロセスに対して、筆者自身が量り売り型で食品を販売した経験を元にオートエスノグラフィーの手法を用いて記述し、分析ではサービス・ブループリントの手法を用いて店舗側のオペレーションを探索的に明らかにした。マルシェでは、筆者がオーナーとして運営するライフスタイルブランドnest granolaして量り売りの食品販売を実施した。
 
ここでは筆者自身が量り売り型で食品を製造し販売した経験を、オートエスノグラフィーの手法を用いて記述を行なった。2022年4月Impact HUB Tokyoで行われた「Responsible Marche」というマルシェでの食品の量り売り体験を調査フィールドとし、実際に量り売り店に訪れた顧客と店舗側である筆者自身のやりとりや販売に至るまでの店舗側のアクションと当時の心情を時系列で記述し分析では、サービス・ブループリントの手法を用いた。マルシェでは、筆者がオーナーとして運営するライフスタイルブランドnest granolaとして量り売りの食品販売を実施した。

2022年4月Impact HUB Tokyoで行われた「Responsible Marche」出店の様子
2022年4月Impact HUB Tokyoで行われた「Responsible Marche」出店の様子
店舗側の視点を取り入れた価値共創プロセス

これらの活動を通じて、新たに『店舗側がいかに顧客来店前の生活空間に染み出して「容器を持参」させるようなサービスを構築出来るか。』と言う新たな仮説が生まれた。

量り売り型小売店の価値共創を促すサーキュラーデザインの実践

明らかになった量り売り型食品小売店における価値共創プロセスに基づいて、顧客がより「量り売り型システム」に参加したくなるような店舗側の実践的な働きかけ手法を提案することを試みた。「文脈価値」創出を促進するためには、顧客が「容器を準備してから来店する」という行動が重要であり複数のプロトタイピングを通じて顧客が「容器を準備し持参する」行動にフォーカスを絞り、店舗側の具体的な働きかけとしてどのような方法が有効か考察した。
 
ここでは本題に入る前に、研究背景ともなる幾つかの重要な概念を記述しておこうと思う。
 
サーキュラーデザイン
サーキュラーエコノミーとは、2015年にEUで採択、提唱された経済活動に関する概念であり、経済活動のあらゆる段階(設計、製造、消費、使用、廃棄、再資源化など)で循環形を構築し、全体としてモノやエネルギーの消費を低減すると同時に新たな経済的価値を成立させることが基本思想である(水野・津田, 2022)。「エレン・マッカーサー財団*3」がまとめている「バタフライダイアグラム」はサーキュラーエコノミーへの移行に向けた3つの基本原則「①ゴミ・汚染を出さない②製品と素材を捨てずに使い続ける③自然のシステムを再生させる」を経済に応用し図にしたものだが、ここでは資源を中核としたサイクルが描かれている。

 *3 エレン・マッカーサー財団とは2010年に設立された財団であり、サーキュラーエコノミーへの移行とビジョンとしている。設立依頼、情報発信などの啓発活動やグローバルなネットワークの構築など多岐に渡った活動を実施している。

サステナブルデザインとソーシャルイノベーション
先述したサーキュラーデザインの台頭を理解する上で重要となるのは1980年代後半以降、Manzini(2014)らによって牽引された「サステナブルデザイン」である。サステナブルデザインは持続可能な世界を実現する方法としてのサプライチェーンやライフサイクルなどの包括的デザインを通し、環境、経済、社会に対する負の影響を低減することを目指すことを指している。

サステナブルデザインとソーシャルイノベーションの第一人者であるManzini(2019)は『Politics of the Everyday』「日々の政治 ソーシャルイノベーションをもたらすデザイン文化』)という書籍の中であらゆることの動きが流動的で伝統的な「慣例モード」に基づいた生き方が通用しなくなっており、常に自分で動き新しいやり方を生み出さなければならない「デザインモード」に重心が移行してきている現代において、デザインを活用しサステナビリティのある社会変化を目指すことが重要であると述べている。タイトルにもある「Politics」は職業的政治家や行政を意味しているのではなく生活する人々を主語にしている(Manzini, 2019)。人々が所属する小さなサイズのローカルの上で自分の人生の選択肢を作る力であるデザイン能力に磨きをかけ、自らの人生(ライフプロジェクト)をデザインしコラボレーションする、それこそが日々の政策であり、政策があることでものごとのあり方を変えられるという(Manzini, 2019)。日々の生活の政策を人々の手に取り戻す必要性と可能性を指し示す「プロジェクト中心民主主義」こそがソーシャルイノベーションを起こしサステナビリティに向かう変遷に貢献できる(Manzini, 2019)。

コンヴィヴィアリティのための道具 
「プロジェクト中心民主主義」を実現するにあたり必要不可欠となるのが人々の創造性であろう。ウィーン生まれの思想家であるIlliich(1973)は、人間本来の自由と創造性が最大限発揮され、人間と人間や人間と自然あるいは人間とテクノロジーが共に生きる社会を「コンヴィヴィアリティ(自立共生)」という概念で表現している。Illiich(1973)はある道具を人が使いこなすことで人間の自由度が高まる段階を「第一の分水嶺」、次第に人が道具によって自由を奪われ始める段階を「第二の分水嶺」と呼びこれらの狭間にとどまることが重要であると述べている。Illiich(1973)のいう道具とは、企業、行政、教育、市場など私たちを取り巻く全てであり、彼は本来道具とは人間の暮らしの制限の下に置かれており人間の自由や創造性を剥奪すべきではないと指摘した上で、道具本来のあり方をコンヴィヴィアリティのための道具と明記している。

 プロトタイピングに向けて:共創志向性
価値共創マーケティングにおいて藤川・阿久津・小野(2012)は、価値共創に関して「共創志向性」という概念を示し、これこそが文脈価値が生み出されるダイナミクスの主な原動力であることを示している。ここでは「経済的動機(コスト削減や金銭的報酬)」「社会的動機(ステータスの確立)」といった外発的動機付けだけでなく、活動そのものから得られる楽しみや満足による内発的動機付けが重要であり、顧客参加の要因であると指摘されている。そこで本研究では、循環型社会を促す新たな小売形態である量り売り型システムに”参加したい”と思う動機誘発の方法をプロトタイピングを通じて模索した。

先述したように水野・津田(2022)はサーキュラーデザインにおけるガイドラインのためには、「サービスのデザインに対する認識」「生分解性・リサイクルのデザインに関する認識」「食・バイオマスのデザインに関する認識」が必要であると述べている。そこで本研究では中でも「サービスデザイン」の考え方を土台としてプロトタイピングを行うことで、サーキュラーデザインの議論の進展を図った。プロトタイピングでは、ダブルダイアモンドのモデルを採用し具現化を試みた。

ダブル・ダイアモンド

発見段階では、先述の「Responsible Marche」の訪問者に対して「容器を準備し持参する」行動についてヒアリングやインタビューを実施。明らかになった事実を元に定義→展開→実現段階へのプロセスを踏んだ。

展開段階で描いたアクションシナリオ

プロトタイピング
実際のユーザーからのフィードバックを受けながら、試作を重ねた。
プロトタイプ①では、4本の麻紐を使って持ち運び紐を作成した。

実際のユーザーが使用する様子

プロトタイプ②ではプロトタイプ①へのフィードバックであるもっと「自己表現が出来るモノであって欲しい」という要求に対応するため、より作り手の創造性が発揮できるような体験デザイン”Bulk Shop Starter Kit”の制作を試みた、具体的にはFigmaというツールを使用してユーザーインターフェースを作成することで、ユーザーの好みや嗜好に合わせてカスタマイズが効く導線を構築しより作り手の創造性が発揮できるような体験のデザインを試みた。

プロトタイプ②Figmaで作成したプロトタイプ②:Bulk Shop Starter Kitの画面

プロトタイプ③では顧客が自ら設定した目的(ここではキットを自分好みにアレンジして完成させること)を達成するためのサポート要素を取り入れ、プロトタイプ②に対する「不器用なので作れるか分からない」という造形スキルに対する不安を取り除くような仕掛けを試みた。具体的には、Webサイト上にインストラクションを作成した。

プロトタイプ③ 一連の流れ

プロトタイピングの結果
前章で明らかにした価値共創プロセスへ市民参加を促すためには。「容器と容器を持ち運ぶ道具」を対象にデザイン活動を実践し店舗側が「顧客がカスタマイズする」工程で創造性が発揮できる余地を残し「作る」工程で顧客が目的を達成するためにサポートすることで、「容器を準備し持参し量り売り型小売店へ行きたい」という内発的動機付けが可能になることが分かった。

サーキュラーデザインの今後に向けて

本研究の主張は、これまで製品中心となっていたサーキュラーデザインの議論に価値共創を踏まえたサービスデザインの視点を盛り込むことで、サーキュラーデザインの定義の拡張する必要があるという点である。サーキュラーエコノミーを体現するセルフ量り売り型小売店という新しい小売のあり方に着目をし、量り売り型システムへの顧客参加を促す方法を実践的に調査した上で価値共創を促す方法を提示することで、サーキュラーデザインに包摂される「サービスのデザインに対する認識」のガイドラインの磨き込みを試みた。
今後は物質的な視点だけでなく顧客視点を盛り込みながら、市民が参加したいと思う仕組みをデザインすることが、循環型社会の構築に向けて重要になるだろう。
さらにこれらの取り組みの継続や更なる研究の蓄積を行うことで、価値共創あるいは未だ発展途上であるサーキュラーデザインに関する議論が活発となり、サーキュラーエコノミーやコンヴィヴィアルが実現された社会へまた一歩近づくことが出来るのではないだろうか。

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