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『意味論的転回』 第8章

現在、岩嵜博論研究室で輪読を行なっているクラウス・クリッペンドルフの『意味論的転回 デザインの新しい基礎理論』の第8章について、全体のサマリー、ゼミでの議論の内容、読んだ感想をまとめます。(文責 M1 河合)

サマリー

本章では、意味論的転回と他の分野のアプローチの差異について述べています。

8.1 記号論

8.1では、記号論と意味論的転回の違いについて、以下の5点を挙げています。

  1. 記号論は2つの世界の存在論に基づいている

  2. 記号論は、意味を想像する際の、人間の行為を除外する

  3. 記号論は、多義性の問題を永続的に抱えている。

  4. 記号論は、固定的な記述、分類と分類学に満足している

  5. 記号論は、理性の合意が存在すると信じる

例えば、1点目は、意味するものの世界と意味されるものの世界という2つの世界がある記号論の考え方(記号論の存在論的二分法)について、特にその代理作用(再現作用)について言及しています。例えば、記号論の用語で人工物の意味を概念化すると、本来の価値以上にその製品の価値があるように形作ったり、見た目では分からないより安価な素材を使用したりと、ユーザーを欺くこと「偽装的記号化(pretentious semiotizations)」につながると述べています。意味論的転回は、人工物をそれが意味するものから切り離さない(2つの世界に分けない)ことで、自然で明らかで信頼できる人工物の意味の非再現的な概念を追い求めているのです。

8.2 認知主義

8.2では、認知主義と意味論的転回の違いについて述べており、端的にいうと、意味論的転回の「ユーザーが持つ概念についてのモデル(UCM)」(詳細は3章の3.3.1で言及)と認知科学者が構築しようとしているものは近しいが、UCMは日常言語を使って日常言語において構成されているので、コンピュータ理論のような1面的な決定論では扱えず、ライフサイクルや人工物のエコロジーにおける人工物の意味については貢献できないと述べています。

8.3 エルゴノミクス

8.3では、エルゴノミクスと意味論的転回の違いについて以下の3点を述べています。

  1. エルゴノミクスは主に責任分担が明確な階層の中に安住している。

  2. エルゴノミクスは人間を技術的なシステムの不確実な構成要素にする

  3. 意味論的な問題は、エルゴノミクスの問題に先行する。

例えば、2点目は、必ずしもデザイナーが予測した理由によって人々が製品を得る訳ではないという主張です。エルゴノミクスの探究の中で、「椅子」は好まれますが、椅子はエルゴノミクス的な理由だけでは滅多に買われず、エルゴノミクスが重要になるのは、人々がそれを重要であると思った時、指導された時、それに応じた行為の遂行に支払いを受けるときのみで、周囲の家具との関係や思い出、社会的地位などによって、人々はエルゴノミクス的な要素を進んで犠牲にするということです。エルゴノミクスが重要な産業や軍事関係の用途があるが、市場経済と情報社会において、エルゴノミクスのデータは販売の論点としては弱くなっているとクリッペンドルフは主張しています。

8.4 美学

8.4では、美学と意味論的転回の違いについて以下の3点を述べています。

  1. 美学理論は、社会において美学的な専門用語の用法を安定させる効果を持つ

  2. 美学理論家は、その理論の言語的性質に目をつぶる

  3. 美学理論は、それが説明することばかりではなく、理論化することだけでも制約される

例えば、2点目は、そのものが美しいかはステークホルダー間の言語のやり取りによって決まるというものです。美学者が理論化する形容詞の種類は、常に「美しさ」の同義語と意味論的な関連語、それらの反意語を含んでいる。美学の理論は、この用語を体系化し、哲学者や芸術家などの美学用語の使用者、つまりディスコースのコミュニティが理解できるもの、応用できるものに縛られている。一方で、意味論的転回は、人間中心デザイナーが美しい人工品を作りたいなら、ステークホルダーが言葉または行為で、美しいといった時、成功したことになるため、人工物の性格が何を意図されたものであれ、その性格が達成されていることを裏付ける言葉による説明が望みうるすべてであるという主張です。

8.7 テクスト主義

8.7では、テクスト主義と意味論的転回の違いについて以下の3点を述べています。

  1. テクストに意味を見出す

  2. 製品言語の理論

  3. 意味についての容器のメタファーの再考

このセクションでは、テクストを読むことやテクスト自体について言及しています。例えば、1点目では、テクストの解釈と人工物の理解の差異について述べており、テクスト主義は、テクストの意味をその解釈の中に見つけるのに対して、意味論的転回は、人工物とインタフェースが現れるダイナミクスを通して、人工物の意味を見出すと主張しています。

ゼミでの議論

8.5 機能主義

8.5では、機能主義と意味論的転回の違いについて以下の3点を述べています。

  1. 機能は、概念上の従属関係の論理から帰結である。

  2. 機能的な階層構造は、政策的な異階層に変わっていく

  3. 機能主義は、方法論的に人間が入る余地のない単一論理を伴う。

ゼミでは、2点目の機能的な階層構造は政策的な異階層に変わっていくという内容の解釈について議論がありました。この節は、ヒエラルキーからポリティカルなヘテラルキーへ変わっていくという主張であり、工業化時代の階層的に組織化された権威による支配という世界から、全体が部分と部分の相互作用のネットワークで構成されたものとして認識されていくということを述べています。人々は、より高い権威からの指示を求めるよりも、ステークホルダー間の協力や対話を求めるように変化していることを主張しています。

8.6 マーケティング

8.6では、マーケティングと意味論的転回の違いについて以下の3点を述べています。

  1. 人工物のライフサイクルの短い瞬間だけに対応する

  2. 利益の得られない集団を排除する

  3. 統計的な意思決定者は下手なデザイナーである。

ゼミでは、1点目の人工物のライフサイクルの短い瞬間だけに対応するという内容について議論がありました。この節では、マーケティングは販売時点に焦点を当てており、人工物は商品であり、人工物のライフサイクルの一瞬しか考えられていないと主張しています。ゼミでは、近年大きなテーマとなっている再生可能な素材や、リペア(修復)の概念などのサステナブルなデザインの必要性について改めて考えました。

感想

本章の輪読会では、意味論的転回を他分野の概念との差異から考えていきました。本書は一部独特な表現で内容が述べられており、解釈がなかなか難しいと感じつつも、多くの主張が今のデザインを考えるための重要な要素であると感じました。ゼミでは、クリティカルな視点を大切にしているところ、例えば、意味論的転回では言及されていなかったマルチスピーシーズについての議論など、より大きなエコシステムを考える中での人工物の意味とは何かなど考えていきたいです。

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