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ワープできる日に備えよう!(前編)~創作のためのSF考

フィクションのなかだけに出てくるような概念が現実に登場したとき、フィクションのようには話が進まないことがあります。

例えば、未知の伝染病。

治療手段のない未知の伝染病が世界に蔓延し……というパンデミックものの作品はこれまでにたくさんありました。でも、それらのほとんどが2020年に陳腐化したのはみなさまご存じのとおりです。

映画の世界なら、政府が外出規制をするまでもなく人々は恐れおののき、「街から人々の姿は消えた……(痩せきった野良犬がゴミ箱を漁る姿)」なんて展開になるところですが、現実はずいぶん異なることを、ぼくらは知りました。

生きていくためには経済の方が大事という人が多く、経済活動をとめないために「この病気は大したものではない」という言説が"支持"される。企業や政治は伝染病の蔓延防止に全力を尽くすわけではなく、自分たちの責任だと言われないことに腐心する。そして伝染病は広まり、たくさんの人が死んでも「○○では、もっと死ぬ」といった相対化が行なわれ、事態はどんどん矮小化されていく……。

三谷幸喜さん作の映画を観ているようだな、と思うここ数年。昔から「事実は小説より奇なり」と言いますが、これはもう「フィクションの敗北」と呼んだ方がいいかもしれません。そこで、あらためて「事実に負けないフィクション」を考えていきたいと思ったわけです。

重要な分岐点:技術の使い手は誰?

日本では瞬間移動を指して「ワープ」という言葉が使われますが、ワープ(warp)という英語は単に「ねじ曲げる」といった意味。もともとSF作品において"空間をねじ曲げて航路をショートカットする"ことで超光速で移動することを「ワープ航法」と呼んだことから、ワープと言えば乗り物による瞬間移動を指し、個人の肉体が瞬間移動することは超能力のカテゴリーで「テレポーテーション」と呼ばれることが多いように思えます。

今回の記事ではワープかテレポーテーションかの区別はせず、瞬間移動することを指してワープと呼びます。ただ、この「乗り物か、肉体か」はそのまま無視してはいけない重要なポイントのひとつです。

というのも、現実においてもフィクションにおいても「技術を誰が持つか」はとても重要な問題だからです。「ワープできる」と「ワープさせてもらえる」には大きな大きな差があります。

例えば現実世界ではAI(人工知能)の発展で世界が変わるかのように言われていますが、そのAIを企業が持って人々へのサービス提供に利用するか、人々自身が持つかで状況は大きく変わります。人々が個人でAIを持てば信頼できる協力者として活用し、一例を挙げれば「世間に出回る粗悪品を見極める」ことなどに利用できますが、企業が持てば粗悪品をうまく売りつけることに利用出来てしまいます。

これはすでにネット検索の世界で現実になっていることで、実はぼくら個人は"検索"できているようで、できていません。Googleなどの企業から検索結果を見せてもらっているだけです。もし個人がデータベースにアクセスし、本当の意味で"検索"できていたら、得られる情報も、その先にある行動も、大きく異なってきます。

もちろん、個人なら良くて、企業などの組織なら悪いという単純な話ではありません。個人でも犯罪者がAIやワープ能力を持てば悪い目的に利用するでしょう。ただ、そういう意味でも高度な技術を個人に持たせることは社会の強者にとって脅威となりますから、せっかくの新しい技術はそれが凄ければ凄いほど、個人の手には渡りにくくなります。

それこそ強者は、悪用されるケースを強調し、「安全のため」だと言って技術を独占することでしょう。しかも、人々はきっとそれに賛同します。今、近所のお店で包丁やナイフを手軽に買えることは奇跡だとしか言いようがありません。

技術の発展にはもちろん様々な困難が付きまといますが、せっかく技術が発展しても個人がその恩恵に(フルに)与れるようになるためには、大きな障壁があるわけです。そして、その障壁の有無は、物語として多くを語らなくても「技術を誰が所有できているか」で、簡単にわかってしまいます。

自分でワープできるか、誰かにワープさせてもらえるかは、社会が民主的(個人による所有が認められる)か権威的(あるいは封建的)かに直結し、SFなら「ディストピアもの」になるか否かの重要な分岐点となるわけです。

なお、強者による技術の独占が行なわれている場合、登場人物がその技術を自由に扱えないないことから、物語のなかにおいてその技術は「ただ、あるだけ」になりがちです(例えば、木星から地球に「明日帰るよ」と瞬時に帰れることが示される程度、など)。

技術を活かした物語を創作することを前提とすれば、その技術はできるだけ人々のそばにあってほしいですから、次回は人々がワープ技術を手にしたとき、社会はどう変わるかを考えます。いかに障壁を排除するかは、さておくことにして。

(つづく)


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