鈴木秀樹の『エクレアと人間風車』 第四回 フィジカルチェスの教授法②
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来る1月19日より日貿出版社より『ビル・ロビンソン伝 キャッチ アズ キャッチ キャン入門』を上梓する現役プロレスラーの鈴木秀樹さん。鈴木さんは“人間風車”の異名を持つ、名レスラー・ビルロビンソン氏より、キャッチ アズ キャッチ キャン(以下、CACC)と呼ばれる、プロレスの源流ともいえるレスリングを学び、現在フリーのレスラーとして、様々な団体で活躍しています。
そこでコ2【kotsu】では、『キャッチ アズ キャッチ キャン入門』の出版記念集中連載として、鈴木さんにビル・ロビンソン氏とCACCについてお話しを伺いました。
第四回目の今回は、実際に鈴木氏が体験したロビンソン氏の教え方についてのお話です。
『エクレアと人間風車』
第四回 フィジカルチェスの教授法②
語り●鈴木秀樹
構成●コ2【kotsu】編集部
怒濤のテクニック
テクニックの練習はその日のテーマとなった技から、時間の許す限り分岐していくような流れでした。
Aという技を取り上げるとしたら、そこから連携できる技がいくつか紹介されたり、あるいはAを防がれた時の対処法が出てきたり。その対処法にも何通りかあるわけです。そうやってバーっとやって、一番困るのは「最初から全部やってみろ」と言われる時ですね。みんな忘れてるからできない(笑)。
すると怒る。
でも仕方ないですよ。すごい量、教えるんですから。でも慣れてくると覚えるのが早くなるんです。だんだんパターンが分かってきますから。そこまでいくのに最初は時間がかかるんです。でもそんなにパターンが多いわけでもないじゃないですか。例えばディフェンスポジション(アマレスの「パーテルポジション」に相当。スタンドとグラウンドを繋ぐ姿勢としてCACCでは極めて重視される)からの展開として、
「そのまま立ち上がる」
「ポジションを変えて立ち上がる」
「腕をとって巻き込む」
「相手の腕を極める」
の4パターンがあるとするじゃないですか。そのうちの3パターンが分かれば、残り1パターンを忘れてたとしても、同じようなものを当てはめて忘れた1パターンを埋めることができるんです。だから僕と井上さんはほとんど毎日行ってたんで、何を習っても大丈夫になってきました。
どんな技がテーマになるかは気まぐれですね。1週間同じテーマが続くこともあれば、毎日違うこともある。次来た時に、前回の続きからやることもあるし。それで練習が終わる時にはよく「今日やったことを自分たちで100%にしなさい」と言われました。「終わったあとの練習が大事だよ」と。だからロビンソンの指導時間ってのは、ガイダンスみたいなものですね。テクニックを紹介する時間。それを練習して身につける時間は別。それで、できなかったことをまた聞きなさいって。だからロビンソン、練習終わった後に自主練しているのをよく見てましたよ。アドバイスくれることもあったんで。だいたい井上さんとかが真面目にやって、僕は「疲れたなー」って休んでるんです。で、ロビンソンには「お前、一、二回やってできたつもりになってるけど、できてねえぞ」ってよく言われてました(笑)。
そうやって教わって来たんですけど、一回りしたって感じが全然ないんです。まだまだ教えてないことがあるんでしょうね。たぶんロビンソンの全体像ってのは誰も知らないんじゃないですか。宮戸優光さんは、高円寺にビル・ロビンソンを呼んでずっと習ってるわけですし、その前にも教わってるのでおそらく世界で一番長くロビンソンに教わっているはずです。でもやっぱり同じだと思います。無理だと思いますよ。際限なくあったんで。
ロビンソンとサブミッション
ロビンソンからはサブミッションもたくさん教わりました。
主に首を極めるネックロック系ですね。締め落とすスリーパー系はあまりやりません。三角締めとかは習わなかったですから。それは「参った」をさせることに重きを置いていたからみたいです。締め落としちゃったら参った出来ないじゃないですか。でもネックロックは痛い。それに首が折れるんじゃないかって恐怖感もある。だからギブアップする。
ロビンソン自身はフェイスロックが好きでしたね。「クロスフェイス」という呼び方をしてましたけど。どんな体勢でも首をひねる技は全部クロスフェイス。あと首をひねると痛いから相手がひっくり返るでしょう。そうやってピンフォールを取るんです。むしろネックロックはそっちの用途がメインです。
書籍『キャッチ アズ キャッチ キャン入門』より
あとはリストロック。ロビンソンは「ダブルリストロック」って言ってました。チキンウィングとかV1アームロックとか色んな技がありますけど、ロビンソンは全部「リストロック」。手首をとってロックするからだと思うんですけど、全部同じ「リストロック」と言ってましたね。
あとはグラウンドでのコブラツイストとか、これは「クロスフィックス」という名前で習いましたし、片足タックルのカウンターとしての脇固めとか。でもサブミッションを狙うというのは良しとしないんですよ。こういう技を決めてやろうというゴールを決めて、そこに向かっていくということはありません。そういうやり方はおそらく「考えすぎだ」と言われるでしょう。立った相手をテイクダウン(倒す、膝を付かせる)して、ディフェンスポジションになったところを、ブレイクダウン(相手を仰向けにする)してフォールする。その一連の流れの中に出てくる感じです。
ただ関節技は相手から参ったをとることよりも、リアクションを引き出すために使うことが多いですね。あくまでも主なゴールは相手の両肩を床につけるピンフォール。実際の試合でもピンフォールで決着がつくことが圧倒的に多いですし、まずそれを狙いにいくはずなんです。柔道だってそうじゃないですか。勝ちにいくなら、わざわざリスクを犯して関節技や締め技を狙う必要はそれほどないでしょう。抑え込んだまま抑え込み一本を狙った方がずっと確実です。だから関節技は相手を痛みで動かして、より有利な位置を奪うための技として用いられることが多いです。「Make reaction」とロビンソンは言ってました。そうやって相手のリアクションを引き出して、それに対応していくことで、相手をコントロールするんです。
それとロビンソンが言ってたのは「Depend on him」ということ。相手に応じろということですよね。だから自分で決めたゴールに相手を押し込めるんではなく、たくさんのゴールを用意して相手が自分からそのどこかに入っていくように仕向けるんです。
僕のイメージとしては、洞窟の中でいくつもの分かれ道がある感じです。そこに迷い込んだ相手が、分かれ道の一つを選んで進んでいくと、また新しい分かれ道に出くわす。そういう選択を次から次へと繰り出して、そのどこかに自分から入っていくように仕向けていくんです。するといつか疲れたり迷ったりして思考が遅れたり、止まったりするんです。つまり頭か身体が止まる。そこがチャンスなんです。そのためには選択肢をいっぱい持っておく、ということが必要になります。それが練習なんです。
だから例えば飛びつき腕十字みたいな、立ったところからいきなり関節技を狙いにいくような技はロビンソン的には良しとしません。「叩きつけられたら終わりだろ」、と言われてしまいます。
だからあくまでもテイクダウン、ブレイクダウン、フォールもしくはサブミッションという順に攻めていく。お互いがイーブン(互角)なところから、6:4、7:3と少しずつ有利なポジションを奪っていって、勝算がかなり高くなって初めて勝負を仕掛けるんです。
書籍『キャッチ アズ キャッチ キャン入門』より
それは守る方も同じ。2:8で不利だとしたら、3:7、4:6と少しずつ回復して、イーブンに戻る。「イーブンに戻せ」というのもロビンソンによく言われた言葉です。なんでこんな手順が必要なのかと言ったら、リスクを最小限にするためなんですよね。テイクダウンが成功したからって、ブレイクダウンを飛ばしてフォールやサブミッションを狙いにいくと危険だと言うんです。失敗した時に逆転される可能性があるから。
でも有利な位置関係をしっかり守ってれば、もし失敗してももう一回トライできるだろう、と。だから冒険はできるだけ避けるようにする。だからスパーリングで腕十字かけられそうなのを、クラッチして一生懸命耐えたりしてるのはダメなんです。「Submit!(参ったしろ!)」と言われる。その形に入られた時点でもう1:9くらいで負けてるわけじゃないですか。ほとんど負けてるんだから、それを認めろということですね。
もちろんプロレスの試合ではそうはいかないですし、チャレンジしないとお客さんも喜んでくれませんけど、ロビンソンの教え自体はそうでした。そうは言っても僕はわりとギャンブラーなんで、よく怒られましたね。三角締めを決めようとしたら「肩をつけるな」と怒られたので、相手の首を足で締めたままフランケンシュタイナーみたいにして投げようとしたらやっぱり怒られたりとか。「そんなの相手の力が強かったらかからないぞ」って(笑)
でも何が良くて何が悪いか分からないじゃないですか。だから怒られながらもいろいろやってみたんです。ただ飛びつき腕十字はダメでも、飛びつくような感じのテイクダウンを取る技はあるんですよね。それは相手を崩した上での技なので理には叶ってるんですけど、闇雲に飛びついたりトライしたりいうのはダメでしたね。トライはしないといけないけど、勝算のないトライはダメだ、と。
井上さんと僕でスパーリングをやってると、どんどんカウンター狙いになってきて膠着することがあるんです。するとやっぱり「ゴー!」と言われる。だからやっぱりアタックありきなんです。まずは自分から攻めて、リアクションをさせたうえでもう一回そこでアタックをかける。
カウンターといえば、わざと相手に掴ませてそれを取り返すやり方があるんですけど、ロビンソンはそれを掴ませないでやるんです。掴むギリギリですっと抜けるから相手のバランスが崩れる。その瞬間にテイクダウンを取るんです。あるべきところにあるべきものがすっとなくなる感じ。なんなんですかね。あの感覚は。
(第四回 了)
書籍『ビル・ロビンソン伝 キャッチ アズ キャッチ キャン入門』
鈴木秀樹さんの初の著書『ビル・ロビンソン伝 キャッチ アズ キャッチ キャン入門』が、現在、全国書店、Amazonで発売中です。
著者●鈴木 秀樹(Hideki Suzuki)
すずき・ひでき/本名同じ。1980年2月28日生まれ、北海道北広島市出身。生まれつき右目が見えないというハンディを抱えていたが、小学生時代は柔道を学ぶ。中学時代にテレビで見ていたプロレス中継で武藤敬司に魅了され、プロレスの虜になる。専門学校卒業後、上京。東京・中野郵便局に勤務。2004年よりUWFスネークピットジャパンに通うようになり、恩師ビル・ロビンソンに出会う。キャッチ・アズ・キャッチ・キャンを学び、2008年11月24日、アントニオ猪木率いるIGF愛知県体育館大会の金原弘光戦でデビュー。2014年よりフリーに転向。ZERO1やWRESTLE-1、大日本プロレスなどを中心に活躍。191センチ、115キロ。
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