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ラジオ焼き

加代子と悦治は、ブラリと初めて訪れた商店街の片隅で、お店の看板を見てビ
ックリしました。
「ラジオ焼き?」
「どんなんやろ、食べてみよ」
ちょっぴり勇気を出して入ってみると、お婆ちゃんが、一人で切り盛りしてい
る小さなお店でした。
「なんや、たこ焼きやんか」
と、加代子が言うと、お婆ちゃんがニッコリ、
「そうや、ラジオ焼きは、たこ焼きの元祖や。兵庫県の明石焼きが、大阪にや
ってきて、ラジオ焼きになったの。なんで、ラジオやて?特に意味はありませ
ん。テレビも無かった昭和の初め頃、ラジオはハイカラやったん」
お婆ちゃんの作るラジオ焼きには、タコは入っていません。ネギと天かすだけ
です。
それでも、とっても美味しいのです。ホクホクしながら、加代子と悦治が楽し
く食べました。そこへ、スーツを着た銀行員風の紳士が入ってきました。
「お久しぶりです」
「いらっしゃい」
と、お婆ちゃんが言うと、紳士は
「覚えてますか、僕のこと?」
お婆ちゃんは、ちょっと考えて、
「ああ、S銀行の…」
紳士は、ニッコリ
「そう、来年からU…になります」
「何年くらいたったやろ」
「15年になります。これでも支店長です」
「あらまあ、偉くなったんや。あの時は、100円でもいいから口座作ってく
ださい言うて土下座したんやもんね。フフフ…」
「あの時、断られたら、僕は銀行辞めてました」
「そう、銀行員は鮭みたいやね。あんな新米が支店長になって帰ってきた」
お婆ちゃんは、冷蔵庫を開けるとビールを取り出し
「さあ、飲みや」
と威勢良くポーンと栓を抜きました。
「いやあ、勤務中やから」
と、いったんは断った支店長さんですが、苦笑いして
「じゃあ、今日だけ」
とグイっと一杯飲み干しました。
お婆ちゃんは、加代子と悦治の方にも
「あんたらも、支店長さんといっしょに乾杯や」
と、コップにビールをつぎました。

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