見出し画像

福の神のいる所



大山周作は、50歳にして人生の最盛期を謳歌していた。周作に運が巡ってきたのは、42か3の時だった。その頃、周作は、小さな悩みを抱えていた。
というのは、周作の妻の香奈恵が、周作の顔を見るたびに、
「ねえ、あなた、家を新築しましょうよ」
と飽きもせず、毎日毎日、周作が家に一日中いる日曜日などは、朝から晩まで、
「家の新築、キッチンの模様替え、トイレのウオシュレット…」
それこそ周作の耳にタコができるくらい繰り返すのであった。
もちろん、そのころの周作に、家を新築するだけの甲斐性があれば、悩むこと
などなかったのである。親から譲り受けたボロボロの家を、新しく建て替えた
いのは、周作にとっても夢であった。しかし、周作の勤める会社は、いつ飛ん
でも不思議ではないくらいの絶不調で、とても、リフォームローンや住宅ロー
ンを組む勇気は周作にはなかった。こうなったら、神頼みだった。会社の行き
帰り、周作は、近所の神社でパチパチ願い事した。寝る前には、ご先祖様にも、
お願いした。そんな涙ぐましい努力の
かいもなく、一向に願いが叶う兆しすら見えない。それどころか、ある晩、残
業でヘトヘトに疲れて帰ってきた周作に妻の香奈恵は、
「あーた、お隣は増築ですって…あーた、子供の為に、何とかしてよ。お願い
よ」
とプレッシャーかけまくるのだった。もう、周作の我慢は限界に来ていた、
「チクショー、俺は、今から首を吊るから、俺が死んだら、その金で、風呂だ
のトイレだの、キッチンだの、作りやがれ…」
そう叫んで周作は夜中の町に飛び出した。どこと言って行く宛もない。
「とにかく、俺は帰りたくない。ああ…神様、俺に力をもらえませんか。小さ
な小さな夢です。親からもらったボロボロの家を修繕するお金がほしいのです。
神様」
いつしか、周作は、いつもの神社に来ていた。
「神様、神様、女房と子供たちに、新しい家を建ててやりたいです。神様、神
様」
その時、周作は一瞬眠ったような気がした。
…もし、金儲けにコツがあるとするなら、ほんの一歩だけ先を読むことや。ほ
んの一歩だけやで。あんまり先を読んだら、かえって儲からへんもんや…
こんな振り出しで始まる何処から聞こえてくるか分からないような話を、周作
は、聞いた。たぶん、10分か15分程度の話だろう。妙に頭に残る内容だった。
その翌日から、周作は、何をやっても上手く行った。まとまるはずのない商談
までがポンポンまとまった。給料もドンドン上がった。会社の業績もグングン
伸びて有名企業になった。あっという間、ほんの1年ほどで会社躍進の功労者
である周作は係長から重役まで出世した。もちろん、ボーナスで、家をリフォ
ームした。妻も子供も大喜びだった。
あれから、7年、今や周作は、業界でも有名な社長になったが、相変わらず、
妻や大学生になった子供たちと当時の家に住んでいる。
「どうして、引っ越しなさらないんですか?あなたなら、もっと大きな豪邸に
住まれたらよいでしょうに」
と、いろんな人に勧められるが、周作は、
「あの時ね、家をリフォームできて、すごくうれしかった。あの喜びといっし
ょにいたいんですよ」
と、たいそう満足そうだった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?