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断片集

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2022年8月の記事一覧

東京に出てきて十年近く経とうとしていた頃、田舎から

 東京に出てきて十年近く経とうとしていた頃、田舎から一通の電報が届いた。その時、丁度私は金属部品の研磨をしかける所だった。金の卵として田舎を出た後、私は金属加工の工場で働いていた。十年間、毎日ねじを作りながら、ねじのように働くのは大変素晴らしかった。私は、ねじになりたかった。円柱の金属部品に螺旋状の溝をつける作業をしながら、いつも私はねじと一緒に溶けて同化していくような心地いい気分になった。ねじに、なりたかった。私はねじになりたかった。何も考えず、何も苦しまず、何も辛くない。

残された子供達は、彼等だけで生きていくほかなかった。

 残された子供達は、彼等だけで生きていくほかなかった。  母親が出て行ったのは、末弟の幸尾のせいなのだ、そうやって兄と姉は罵った。鈍臭く馬鹿で異端な小さい弟が捨てられただけで、我々が捨てられたのではない。責任はお前だけにある。そう口に出す事で、絶望へ堕ちるのを必死に止めた。悲劇に意味を与えなければ、受け止める事などできなかった。兄と姉の弟への仕打ち。それは、仕方のない事なのだろうか。悲劇を背負えば、何をしても許されるのか?それは誰も教えてくれなかった。幸尾は常に尻に痛みを感じ

封筒と麻袋に入った米を受け取ると、幸尾は胸の前でギュッと抱いた。それから幸尾は、

 封筒と麻袋に入った米を受け取ると、幸尾は胸の前でギュッと抱いた。それから幸尾は、その場でクルクル回った。お礼の言葉を知らなかったのだ。しかめ面だった女将はやっと少し笑って 「いいから、早くおかえり」  と、追い払うような手の仕草をつけて言った。  幸尾はゆっくりと歩き出す。米の存在、その重みを感じながら、ゆっくりと動き出す。陽が傾きかけていた。西の山へ隠れつつある太陽は、来た時とは違う日差しを田んぼへ注ぎ、田園風景を更に濃い黄金色に変えていった。チャパチャパと金の粉が舞い立

犬が腰振るような月夜の日、幸尾は珍しく夜中に目が覚めた。窓から差し込む月の

 犬が腰振るような月夜の日、幸尾は珍しく夜中に目が覚めた。窓から差し込む月の光が明るかったからかもしれない。白く射すような光線が一直線に強く、納屋に向かって差し込んでいた。なぜかいつもより暖かく、しんと静かな夜だった。幸尾はむくりと体を起こすと、窓から外をのぞいた。すると、そこには一面の真っ白な世界が広がっていた。新雪に反射した月明かりがキラキラと夜を照らしていた。尋常ではない明るさだ。こんなに明るいというのに、父も母も、兄も姉もぐっすり眠っている。幸尾は、月明かりと雪景色に

雪を含んだ風が、山から冷たく吹き付ける。足元にはうっすらと絹のような雪が積もり始めていた。

 雪を含んだ風が、山から強く吹き付け、足元にはうっすらと絹のような雪が積もり始めていた。幸尾の足先は寒風にさらされ冷たさで傷んだ。野良犬が一匹、木の幹に向かって腰を振っていた。 「わかる、僕わかるで」  父親が何を言いたかったのか、幸尾はよくわからなかったが、元気良くそう答えた。 「よしゃ、幸ちゃんはええ子だなあ。さっすがおらの子だあ」  父はすっとんきょんな声を出して言った。ビュッと風が一段と強く吹きつけた。幸尾は父の首元に深く顔をうずめた。首にかけられた父の手ぬぐいが鼻に