1月4日の夢

並んだドレスは薄汚い照明に照らされ、罪を抱え込んだまま身を隠しているようだった。この場所は宴の後の煙たく生ぬるい空気を残しながら、私の鼻腔を通して、新たに始まるパーティーの予感を覚えさせる。女たちは既に、今は必要のない着飾った自分を持て余して、バーカウンターやソファにだらんともたれかかっている。私は会釈をしながらその空間に入る。ガラスの柱に映った自分を覗くと、黒く長い髪を先端まで緩やかにカールさせ、シーツの皺みたいなデザインの白いドレスを着ている。黒色の大粒のラメで覆われたハイヒールはサイズが合っていなくて踵が痛い。少し時間が経って、団体が大勢入ってきた。あっという間にソファはスーツの男と、ようやく居場所を手に入れたドレスとで埋まっていく。氷が入った小さなバケツに、その存在目的によって自分の狂気を否定しているアイスピック、権力を示したがっている騒がしい模様のウイスキーボトルが、それぞれのテーブルに置かれた。

誰が何を話しているのか、自分と隣の男との会話すら雑音となって、反響版はこんな気持ちだろうか、と想像する。

目の前のボトルには<東京倫理医師会>と彫られた金色の札がボールチェーンで下げられている。私は隣の男に「倫理と医療は両立するのですか?」と訊く。すると男は「自明でしょう。そんなことより、今日は特別な日だからね。」と言って、子どもがブランコの紐をそうするような強さで、私の右腕を掴んだ。そうして私を店の裏口から連れて行こうとするので、私は仕事が残っています、と反抗する。その男は「実はママにあなたの働き分のお金は渡してあるんだ。だから大丈夫だよ。」と言う。

裏口から非常階段に出ると、外の冷たい空気で息が詰まる。だけれども、空気が澄んでいて、今見える遠くの街も、ここと同じように嘘の煌めきを放っているから、私は少し安心する。

私は初めより少しくすんで見える例のシーツドレスのまま、その男に連れられてタクシーに乗った。体の表面がその中と分離して、そこらじゅうから私の体温と同じ冷たさの、私の皮膚と同じ材質の大樹に圧迫されるような感覚が心地よく、薄いグレーの影が、私のぶよぶよした脳髄を左側に押していく。少し眠ってしまったように思う。しばらくすると、男が住んでいるらしい2階建のアパートに到着した。

彼は全く効力を感じられないボロさのオートロック機能付きドアを開けると、地続きの一番奥の部屋に案内した。部屋の扉を開けると、すぐ右側に小上がりになった風呂場がある。スライド式のモザイク模様のドアは、その四隅から黒いカビに侵食されている。玄関の真正面にはリビングのような場所があるが、車体のような素材のカラフルなスーツケースがいくつも並んでいてその全容は確認できない。彼はそのうちの一つに、着ていたコートを脱ぎ捨てた。

私の目の前の床は、できれば足を踏み入れたくないほどくすんで柔らかく膿んでいる。「少し自由にしていて」と言われるが、難題である。再びドレスが不要になった私は左側に別の部屋があるのを見つけた。
畳敷の床の右奥に低く、横に長いテーブルがある。大量のお菓子やカップラーメンが食べかけのまま散らばっている。その下から、薄い布団が飛び出している。部屋の中へ入ってみると、飲酒と喫煙をしすぎた後の男の尿のような甘い匂いで気持ちが悪くなる。飛んでいる蠅を見ていると、その部屋の唯一の電灯にとまった。その瞬間、その電灯から、私の腕の半分くらいの細さの、けれども確かな強さを感じる縄が、人間一人分の頭が入る空白を垂らして存在していることに気がついた。この人は自殺をしようとしたのだろうか。その電灯の下の畳はコンクリートで固められた穴があり、水滴と吸い殻が飛び散っている。便所と灰皿が兼ねられているようだった。

その部屋を眺めていると、彼に呼びかけられた。スーツケースの部屋へ行くと、脚を伸ばしてそこに座って、と指示される。私は緑色のスーツケースを選んでその上に乗り、言われたとおりの姿勢になった。すると、彼は私の胸に顔を埋めて動かなくなった。首には縄で絞められた赤い跡がある。今まで部屋に夢中で気が付かなかったが、もう1人アジア系の異国人女性が部屋にいて、その女性が横になった彼の下半身をマッサージしている。

彼は、「ここが、僕の居場所だから、誰も部屋には入れないんだよ」と言った。

曇天、冬の朝がきて、視界には多くの色を失いながら生きながらえる空と、やけに輪郭がはっきりした煙だけがあった。少し起き上がってみると、その煙は近くにあるらしい銭湯の煙突からのものと気付く。私は大きく粗い作りの赤色の毛布に包まれていた。横には昨日のままのスーツケースがあり、彼と異国人は消えてしまっていた。そして、アパートの屋根と2階部分も消えてしまっている。私を囲んでいる壁は砕けたビスケットのように不規則に乱れ飛び散り、王冠の中にいるみたい。周りの建物は昨日と同じ様相であるが、このアパートだけがいつか業火に包まれたかのようであった。

目の前の一軒家の前で、1人の男が煙草を吸っている。表札はよく見えず、<叢林>としか読むことができない。私は、その男を見つめた。男は、私に気が付き、「人生に困っているの?」と訊く。私は「分からないです。でも、私は、悲しいです。」と応える。「ふん、相当ご立派だね。」とその男は言って、赤い毛布を奪い、箱の中の煙草を勢いよく私の体の上にばら撒いた。そして、「これが全部あなたの選択肢だよ、でも全部、選びたくないでしょう。」と続けた。私は、「これ、全部もらっていいですか?」と言って、一つずつ、お気に入りのジュエリーボックスに入れた。

そして、全てに火をつけて、私は深呼吸をする。
ジュエリーボックスが汚れて溶けていくのを、ただ見つめている。


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