12月30日の夢

 洒落た公共文化施設にある周囲が透過したエレベーターは、その降下する速度によって、限りあるはずの街が永遠に続くかのように錯覚させる。5階で一度停止すると、両脚を酷く怪我した青年が入ってくる。黒くて大きい、無機質なデザインの2本の杖で体を支えているのが分かる。入ってくるなり、両方の杖が隙間につっかえてエレベーターの外に飛び出してしまった。彼は突如’’脚’’をなくしたためにバランスを崩して私の方へ倒れかかる。私は咄嗟に彼を抱き抱える。身長が20センチ程度も違う成人男性を物理的に支えることは難しい。私ができるのは精神に関わる部分だけだとぼんやり考えながら、また、手に汗を滲ませながら彼を支え続ける。近くを通りかかった40代くらいの男性が杖を拾い上げ、彼に渡した。エレベーターを降りる時、彼は私に対して「もう少し一緒にいてほしい」と言う。私は了承した。

 翌日、私は恐らく、朝の高等学校にいた。教室に入るなり、大勢の女子生徒に詰めかけられ、「付き合ったんでしょう!キャー!」と女子生徒らしい言葉をかけられる。いつの間にか横にいる彼は、ただ頬を赤く染めている。グミのコーティング剤にデコレーションされた空気が肌に当たって痛い。
 初めの授業が終わると、私は女性教師と薄い暖色のカーテンが揺れる窓際で話をしている。すると、丁度反対側に見えるもう一つの校舎の4階で、淡い桃色のワンピースを身に纏った女がベランダに立っている。私はその光景を目にした瞬間に、今はどこにも見えない暗闇に、皮膚以外の全てが落ちていくような感覚になって床に倒れ込む。その時、女性教師は「消えた!」と叫んだ。私は額に汗を溜めながら、胸の前で両手を握り、祈るような気持ちになった。
 どのくらいそのままでいたか覚えていないが、とある女子生徒が私を抱き起こした。どうやら一つ上の学年の人間らしく、大きな黒淵眼鏡の中の瞳が、何か強い信念を表しているように感じた。
 「今、反対側の校舎で、女が誰かと話しているのを見ませんでしたか?」とその女子生徒は尋ねた。女性教師は、「桃色のワンピースを着た女がいて、この子が倒れると同時に消えました。」と答える。
 すると、女子生徒は顔を真っ青にして「そうでしたか…。」と呟く。「でも、1人だったんですね?」と立て続けに女子生徒は聞く。
 その瞬間、そのもう1人が自分だったような実感が、根拠もなく、体の中から湧き上がってくる。
 「その女は、実は昨日校舎から飛び降りて自殺したようなんです。」と言って、女子生徒は一枚の写真を見せてくれる。
 その写真には<自殺!自殺!万歳!自殺!>と校舎の外壁にペンキで書き残された光景が写されていた。
 「なぜ自殺をしたのですか?」と私が女子生徒に尋ねると、彼女は「孤独です。」とだけ答えた。

 その日は、学校全体が騒がしかった。煙草を吸っていると、友人らしき人物が私の方を見て「早く荷物を詰めないと!」と急かす。なんのことだろう。しかし、1人ここに取り残されることに異様な不快感を感じて、あるだけの服をスーツケースに突っ込んだ。
 1階に降りると、外は曇天で、校舎の中は夜明け前のような静けさと不気味さを孕んでいる。下駄箱から自分の場所を特定できずにいると、バスの発車時間に間に合わないようで、また友人に急かされる。ようやく靴を履いて校舎を出ると、ロータリーのような場所に路線バスが一台停まっている。中にはどこかしら体が不自由になったらしい男子生徒が何人か座っているのが見える。片腕のない者、頭に包帯を巻いている者、脚をギブスで固定している者…。しかし、まだ席は空いているのにも関わらず、多くの女子生徒はバス停に並んだまま一向に乗り始めようとしない。私は「乗らないんですか。」と訊くと、「男子生徒の方が辛そうだから私たちは後でいいの。」と言う。私と友人はあまりに耐え難い寒さだったため、その列の女子生徒に許可をもらって先にバスに乗せてもらう。

 気がつくと大きな温泉宿のような場所に到着していた。建物全体が湯気か煙かわからない靄に包まれている。中に入ると、どうやら恋仲になったらしい男子生徒が待っている。彼は「部屋は同じだからね。先にお風呂に入ってこよう。」と言う。周りで騒いでいる男子生徒が八百万の神に見えたり、キャバレーの踊り子に見えたりする。私は「分かった。」と言って、彼から鍵を受け取った。
大浴場は女子生徒で溢れかえっている。衣服を身に纏わないにしてはあまりにリスキーと思えるくらい広く迷路のような作りで、軽く混乱する。私は化粧を全て落とし、髪も洗った。随分と時間が経ってしまったような気がする。窓の外は台風でも来たのか、頻繁に明るくなったり、暗くなったりする。
ごった返す脱衣所を抜け出し、先ほど渡された鍵が示す部屋へ向かった。部屋の中に入ると、彼がベッドの上に包帯を巻いた脚を2本放り出して、半分上体を起こした姿勢で待っていた。彼は「来てくれてありがとう」と言う。私は黙っている。「これの処置をお願いしたいんだ。君ならできるでしょう。」と言って、彼は両脚を指差した。私は状況を理解して、ベッドに向かった。彼の右側の足元に正座して、両脚の包帯を外した。中にはふくらはぎから足の甲まで広い範囲に切られたような赤黒い傷がある。恐らく病院で適切に治療されたようだったが、傷が深く、ところどころが膿んで悪臭を放っている。私は初めに洗面器に39度の湯をつくり、タオルでその傷を抑える。その次に消毒液を持ってきて、脱脂綿につけてピンセットで傷を消毒する。彼はぎゃっと言ったり痛いっと叫んだりして苦しみ悶えている。私は「早く終わりますように」と願う。その後、元通りに包帯を巻いて「終わりました。」と伝えた。彼はぐったりしている。

 夜の3時頃ということが分かる。彼の隣で眠ってしまっていた私は、和紙で包まれた白い蛍光灯の明かりが差して、目を覚ます。彼は何故か既に何の補助もなしに立って歩けるようになっていて、ベッドの足元付近をうろうろと歩いている。私が起きたことに気が付くと、突然ベッドの上に体を放り投げ、私の体を上から押さえつけた。私は何が起こっているのかを察したが、抵抗しないことが彼を助けることになるような感覚になって、何もしないことにした。彼は私の浴衣を荒々しく剥いで、私の体の準備ができていることを確かめながら、自分の陰茎を私の中へ差し込んだ。恐らく随分長い間、息苦しいような、頭の中で火花が弾けるような、体の色々なところがくすぐったくなるような不思議な感覚に襲われ続けた。彼は私の中に精液を出した。その後、彼はどこかへ消えてしまった。
 しばらくすると、外が再び騒がしい。浴衣を羽織ってドアを開けると、友人がおり、「もうここを出なきゃいけないのよ!」と私に言う。よく分からないまま、私は次の日に着る予定だった服に着替え、友人に連れられて食堂へ向かった。
 食堂には多くの人がいて、中には学生でない人もいる。戦車のように配列された長机に、それぞれの食事が並んでいる。白いプレートにキャベツ、その上に何かのフライ、白米、味噌汁が用意されている。なるべく急いで食べようと努力をするが、私の食事スピードが遅く、周りの人間がどんどん入れ替わっていく。ようやく食べ終わり部屋に戻ると、着ている服が変わっている。私は黒いレースのワンピースに着替え直し、友人と共に宿を離れた。

 上空3,000メートルの空を体一つで飛んでいる。おもちゃのような水色にダウンジャケットのような雲が浮かんでいる。すると私の目の前に、手榴弾のような、気球のような、巨大な物体が現れる。遠くから、「爆発するぞー!離れろー!」という、誰のものとも分からない声が聞こえた。何とか離れようとするが、そうしようとするたびに物体は私の方へ向かってきて上手くいかない。そうしていると、近くの発射場からミサイルが発つのが見える。ものすごい煙と炎を吐きながら地上を離れていく。また遠くから「風が起きるぞ!それにつかまれー!」という声が聞こえる。私はその物体につかまって必死に風圧に耐える。オイルとガスの匂いが肺に充満してひどく咳き込む。私はその反動で芝生のようなところに落ちてしまった。しばらく気絶したあと、横にはいつの間にか彼がいて、横になったまま、血で滲んだお互いの顔を近づける。
 その時には気が付かなかったが、芝生の横には薄いオレンジ色をした西洋風の建物がある。そこから、2人の男が出てくる。1人はサングラスをかけて黒色のロングコートを着ている。もう1人はその子分のような出で立ちで、壊れた時計を模した仮面を被り、緑色のスーツを着ている。私と彼の周りには、同じ宿にいた学生が何十人もいる。黒いスーツの男は、我々の担当教員のような人物に命令をし、担当教員はその通りに我々を動かす。
 初めに、建物の中に入ってクラスごとに整列するよう指示された。建物の中の一室には大きな黒板があった。それに向かうように並んだ私たちは、ロングコートの男が日本地図を描き、その上から2+1+0+…と何かの数字を足していくような計算式を見せられる。まるで陰謀論者である。男は、「これに関する重要な秘密文書を君たちが所属する学校が持っているのだ。この数字に関する可能性について、近年多くの有識者が言及している。」と言う。
 すると、突然1人の男子生徒が指名され、空欄に当てはまる数字を答えるように言われる。男子生徒は震える声で簡単な計算式の答えを言う。恐怖を覚える沈黙の後、男は拍手をしながら大笑いして、見事だ!と言う。その次に、私が指名された。男は「この本の表紙にある英語を解読しろ」と言う。私は翻訳をして、「恐らくただのレシピ本かと思います。」と言った。すると、男は突然発狂し、「ふざけるな!その女を連れて行け!」と言う。私は子分の男に別室に連れて行かれた。
 外壁と同じ薄いオレンジ色の内装は、ところどころが剥げて白い素肌を見せている。奥に高い小窓があり、夕陽が差し込んで、その下の椅子の影が長く伸びている。私はその椅子に座らせられた。反対側の中央には黒い人間らしき影が、同じく椅子に座っているように見えるがその影は見えない。部屋の外から、「殺せ」と言う声が聞こえると、子分は光る刃を私の頸動脈に当てる。私はただ眠ろうと努力した。

 友人と街を歩いている。私は「どうしてあの時殺されなかったのか、全然覚えていないの。」と言う。友人は「でも、みんなこの街を出る準備をしているよ。」と言って、少し泣いているように見える。私には、殺されなかったものの、あの組織が追ってきているような実感がある。大きなショッピングモールの駐車場まで歩いてくると、ある車の前で、「私は家族と出ることにしたの。」と彼女は言った。私は「そう。」と言ってから声がでない。すると、車の中から、「何をしているんだ!2人とも一緒に逃げるんだ!」と、恐らく彼女の父親らしい人物が叫ぶ。
彼女は泣いて、私は何度もお礼を言って、トランクに身を隠した。

もうここには戻らないんだと思う。


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