わたしのうみ

傷口を舐めるのは傷口を広げることとそれほど違わない。
どちらも自分の虚像をもう一人の自分が空から見ているような感覚がするでしょう。

夜の海、砂浜に投げ出された2本の白い足。
私はその横で、鳥が鳴くおびただしい声にも全く驚かない。

ただ一点を見つめて、自分の足を抱きかかえて座っている。
左足のくるぶしの近くが岩で削られたらしく、ひどく痛む。

目線を移すと何かが起きてしまうような恐怖を私が襲っている。
姿勢を崩すと全てが反転するような気がしている。

この状態から動けなくなって、何時間が経っているのか。

聞こえてくる海の音は消して一定ではない。
永遠に続く旋律など誰が聞きたいだろうか。

硬直していることで、万物に対する破壊衝動が内側で燃え続けている。
それは、お守りを燃やす祭りのように、自分の眼がしらまで火柱をあげている。

その破壊衝動と恐怖の間で私は微動だにせず揺れている。
自分の矛盾を認めることに慣れなければ生きていけない。

私は生まれたばかりの赤ん坊さながら、世界の空気をじっと見つめ、自分の心臓の音に集中している。

波の音と対比すると発狂しそうになるくらい弱々しい鼓動の音が、ひたすらに同じビートを繰り返す。海も既知の天空に対してそうしているように。

不意に、視線を動かしてしまった。波打ち際にある2本の白い脚に気が付く。
2本の白い脚。形から同一の一人のものであろうと推測できた。

上半身は見ることができず、あるのかないのかもわからない。

じっと目を凝らしてみる。目が慣れてくると、ざっくりと切られた断面が海に向いているように見えてくる。皮膚や肉はふやけて海との境目がわからない。何本かの神経や剥き出しになった臓器が波に揺られている。すると再び目が離せなくなり、背中にじっとりと汗をかいた。

その瞬間、空がものすごい速さで流転をはじめる。上空は周りが大木の葉でほとんど丸く切り抜かれ、それを縁取るように太陽がぐるぐると回っている。

いきなり水面に日が差してキラキラと光りだしたと思えば、突然夜の深閑した空気に襲われる。

様々な桁の数字が空にデジタル表示されている。時間も長さも高さもあらわさない数字が、エンドロールのように現れて消えていく。

空はしばらくそのようにした後、地表をまた夜にもどした。
私はまた脚をみようとした。

脚は私の隣にあった。私の隣には、脚だけでなく、上半身をもった一人の女性が座っていた。

この海のこと、どう思う?と女は私にきいた。

私は、一定に不安定で、しばらくは、面白いと思い続けられるんだろうと思う。と応える。

女は、私は嫌いなの。と言った。
どうして?と聞くと、さっき見なかったの?と女は言う。

上半身がなくなったのはこの海のせいなの?と私は聞く。

革命が起きるわ。

どういう意味?と聞くと、女の上半身は炎に包まれて蝋のように溶けたと思うと、溶け残りの爛れた肌が丸ごと大きなハサミで切られて消えてしまった。

私は残りの脚を舐めたり、嚙んだりした。
砂も泥も全部一緒になって、気持ちが悪かった。




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