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高品質ながら愛しいグラム・メタルの終焉を感じる『Pull』 WINGER

昔は「どんな音楽が好き?」と聞かれれば、迷いなく自信と(虚勢に近い)誇りを持って「ハードロックやヘヴィメタルです」と答えていましたが、さすがに今はちょっと考えてしまいます。

80年代の半ば、ボン・ジョヴィやエアロスミス、ホワイトスネイク、ポイズンなどがシングルヒットを飛ばし、その流れに乗って多くのグラムメタル系バンドのアルバムが売れるようになりました。

別称(あるいは蔑称)ヘアメタルともされた、文字通り派手な出立ちで能天気に楽しく騒ぐ音楽でしたが、ギターヒーローの存在や、信じられない数のステージをこなしていた時代でもあって技術的にはしっかりした(していく)バンドも少なからず存在したのが魅力でした。

あの頃に聴いたHR/HM(ハードロック/ヘヴィメタル)アルバムは今でも聴きますし、最近でもオジーの『Patient Number 9』やメタリカの『72 Seasons』、メガデスの『The Sick, The Dying… And The Dead!』など、現在まで活動を続けているバンドの新譜は聴いていますが、それでも聴く頻度はそれほど高くありません。繰り返し聴いてるのはTOOL(トゥール)の『Fear Inoculum』くらいです。

新しいバンド(そもそもHR/HMの流れを汲む新しいバンドなんてどのくらいあるのか…)は名前も知りませんし、こうなってくると「HR/HMが好きだった」と過去形で答えた方が良さそうです。

そこで、この愛しき80年代メタルの終わりはどの辺りだったんだろうと考えてみたのですが、私の中で象徴するような1枚が浮かび上がってきました。

1993年にリリースされた、Wingerの3枚目となる『Pull』です。

なんとなく失笑が聞こえてきそうな気がします(被害妄想)が、だからこそ、ここでこの不遇な高品質アルバムを取り上げる甲斐があると思い立ちました。

ニューヨークで結成されたウィンガーは1988年に『Winger』でデビュー。メンバーはヴォーカル兼ベースのキップ・ウィンガー、ギターにレブ・ビーチ、キーボードにポール・テイラー、ドラムにロッド・モーゲンスタインの4人です。このデビューアルバムからはキャッチーな “Madalaine” や “Seventeen”、“Headed for a Heartbreak” がヒットし、私もダビングしたカセットテープでよく聴きました。

2枚目の『In The Heart Of The Young』もシングルヒットしたバラード “Miles Away” や80年代メタルファン歓喜の "You Are the Saint, I Am the Sinner” だけでなく、プログレッシヴといったら言い過ぎかもしれませんがそんな要素を含む"Rainbow in the Rose”(トランペットはクリス・ボッティ!)なども収録され、続けてミリオンを達成しています。

振り返ってみればこのとき既にグラムメタルの衰退は始まっていたと思いますが、ウィンガーはレブ・ビーチのタッピングはもちろんのこと、元ディキシー・ドレッグスのロッド・モーゲンスタインがいることから想像できる通り技術的にはとてもしっかりしており、東海岸のバンドだからか品のあるグラムメタルバンドでしたので(笑)、一線を画す感じがあってバンドは順調だったと思います。

『In The Heart Of The Young』に伴う長期ツアーの後にポール・テイラーが脱退。トリオバンドとしてレコーディングされ、1993年に3枚目としてリリースされたのが『Pull』となります。

『Pull』はグランジ・ムーブメントの影響もあってか、それまでのシングルヒットにあったキャッチーさは後退し、シリアスな雰囲気で統一されていて、前作でも見えたプログレッシヴな要素も増しています。しかしながらそれらがあからさまな路線変更とならないギリギリの線でバンドらしさも表現されている、高品質なアルバムです。

冒頭からアルバム全体のトーンを教えてくれる ⑴ Blind Revolution Madやドラマチックな ⑶ Spell I’m Under、最もウィンガーらしさが残る ⑻ No Man’s Land、3枚目にしてやっとロッドのドラムが炸裂する ⑽ Like A Ritual、しっとりと美しい ⑾  Who’s The Oneなど、ざっと振り返っても良い曲ばかりで、当時もかなり聴いたアルバムです。

この時代のシリアスなムードとバンドの持ち味がうまく融合した成功例だと思うのですが、それでも前作までのような成功をおさめることはできませんでした。私にとって、愛しい80年代メタルの終焉を象徴するアルバムと言えそうです。

加えて、本人が望んでいたかは別にして、それまではセールポイントの一つになっていたキップの超絶セクシーさや、ドラマチックに歌い上げるスタイルがこの頃には負に作用してしまったと思います。

グラムメタルとは違った男らしさでのし上ってきたメタリカのドキュメンタリー『A Year and a Half in the Life of Metallica』に、壁に貼ったキップのポスターを的にラーズがダーツをしているシーンがあります。男前でセクシーで歌えてベースを弾けて曲も書けるキップへの嫉妬もあったと思いますが(笑)、終わりつつあるグラムメタルを嘲笑する際の標的にされてしまったのです。

当時のメタリカは影響力絶大でしたから、それまでのメタルファンはより一層、『Pull』を手に取りにくくなったと思いますし、ウィンガーをバカにすることがいわゆる “クール!” な態度になってしまったことでしょう。

本作がリリースされた1993年を振り返ると、エアロスミスの『Get A Grip』があるものの、TOOLの『Undertow』、パール・ジャムの『Vs.』、ニルヴァーナの『In Utero』などがリリースされているのを見ると「こりゃ厳しくなってきたな」となってしまいます。そのまま突っ走っていたMR. BIGの『Bump Ahead』やハーレム・スキャーレムの『Mood Swings』にはもはや清々しさを感じますね。

1994年になるとカイアスの『Welcome To Sky Valley』、メルヴィンズの『Stoner Witch』、サウンドガーデンの『Superunknown』となってきますから、「世の中、随分変わったな」と感じたものでした。

私自身はこの後も愛するメタルバンドをフォローし続けましたし、特に日本は忠誠心が強いのか、その傾向が強かったと思います。クィーンズライクの『Promised Land』、モトリー・クルーの『MOTLEY CRUE』、ハーレム・スキャーレムの『Voice Of Reason』、ドリーム・シアターの『Awake』、デフ・レパードの『Slang』などがリリースされ、それなりの路線変更が感じられはしましたが、どれもよく聴きました。こう見るとやっぱり『Pull』にはまさに潮目が変化する瞬間がおさめられている気がします。

「出来は良いのに相応の成功を得られなかった不遇なアルバム」と残念に思ってしまいますが、改めて今聴いてみてもメンバーがミュージシャンとしていかに素晴らしかったかを感じられるアルバムです。


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