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【最近の法改正】令和2年改正のレビュー|公益通報者保護法

最近、公益通報者保護法が改正されたので、そのレビューを書いてみたいと思います。

ニュースとしては、例えば以下のようなネットニュースがありました。大森景一弁護士(公益通報者保護法の逐条解説を書いたりされている方)のコメントが載っています。

▽内部告発「裏切り者に制裁」後絶たず…16年ぶり法改正も、通報者が守られない理由 |弁護士ドットコム

令和2年改正の基本情報は、以下のとおりです。

➢所管 消費者庁
➢成立 令和2年6月8日
➢公布 令和2年6月12日
➢施行 公布の日から起算して2年を超えない範囲内において政令で定める日から


(現行法の)公益通報者保護法をざっと見

改正のポイントを見る前に、公益通報者保護法ってそもそも何をしたい法律なの?というところをざっと見しておくと、

労働者が、公益のために通報を行ったことを理由として解雇等の不利益な取扱いを受けることがないよう、どこへどのような内容の通報を行えば保護されるのか、という制度的なルールを明確にするための法律

という感じです。


では、公益通報とは何か?というと、

①通報の主体:労働者が、
②通報の内容:労務提供先の不正行為を、
③通報先:一定の通報先(①事業者内部、②行政機関、③報道機関その他の外部、のいずれか)に通報すること

であり、

④ただし、不正の利益を得る、他人に損害を加えるといった、不正の目的である場合は除外される

という立て付けになっています。

通報の①主体、②内容、③通報先の3点が要件だと押さえつつ、④があると除外される、と思っておけばよいと思います(←個人的な理解(汗))。


では、これに該当すれば、どういう風に保護されるのか?というと、

①解雇の無効
②解雇以外の不利益な取扱いの禁止
(降格、減給、訓告、自宅待機命令、給与条上の差別、退職の強要、専ら雑事に従事させること、退職金の減額・没収etc)

という風に、公益通報をしたことを理由とした不利益な取扱いが禁止される、という形で保護されています。

以上が(現行法の)全体の基本的な仕組みとなっています。


令和2年改正のポイント

改正の主なポイントは、以下のような感じです。

<ポイント>
☑ 通報の「主体」に関する要件:公益通報者の範囲の拡大
☑ 通報の「内容」に関する要件:行政罰を通報対象事実に追加
☑ 「通報先」に関する要件:外部通報の保護要件の緩和
☑ 内部通報体制整備の義務づけと行政措置の導入
☑ 担当者個人の守秘義務の新設
☑ 通報に伴う損害賠償責任の免除

以下、順に見ていきたいと思います。


通報の「主体」に関する要件:公益通報者の範囲の拡大

保護される公益通報者としては、現行法では「労働者」のみとなっています。なお、労働者には、当然派遣労働者なども含まれます。

今回の改正によって、これに、

「退職者」・・・通報時点で退職者である者。ただし、退職後1年以内に限る。
「役員」・・・ただし、原則として外部通報については内部での調査・是正措置の前置が必要。

が追加されました。

退職者を追加しているのは、退職後に通報する事案もしばしば見られたためこれを含めつつ、1年以内ということにして退職後早期の通報を促した、という考え方です。

役員は、役員も不正を知り得る立場でしょうということでこれを含めつつ、でも役員なんだしまずは内部で是正すべき立場にあるよねということで、原則として外部通報については事前に内部での調査・是正措置の努力をしたことを求める、という考え方です。

このように、通報の主体の範囲が拡大されました。


通報の「内容」に関する要件:行政罰を通報対象事実に追加

通報の内容となる不正行為のことを「通報対象事実」といいますが、実は、不正という感じの行為なら何でもいいわけではなく、いくつか特定の法律の違反で、かつ刑事罰に限定されています。

「通報対象事実」とは?
国民の生命、身体、財産その他の利益の保護にかかわる法律として法の別表(※)に掲げるものに規定する罪の犯罪行為の事実
② 別表に掲げる法律の規定に基づく処分に違反することが①の事実となる場合における当該処分の理由とされている事実等

(※)別表:刑法、食品衛生法、金融商品取引法、JAS 法、大気汚染防止法、廃棄物処理法、個人情報保護法、その他政令で定める法律(独占禁止法、道路運送車両法等)


今回の改正では、これに、行政罰の対象となるような行為も追加されました(太字部分。太字は筆者による)。

(定義)
第二条
1~2 (略)
3 この法律において「通報対象事実」とは、次の各号のいずれかの事実をいう。
一 この法律及び個人の生命又は身体の保護、消費者の利益の擁護、環境の保全、公正な競争の確保その他の国民の生命、身体、財産その他の利益の保護に関わる法律として別表に掲げるもの(これらの法律に基づく命令を含む。以下この項において同じ。)に規定する罪の犯罪行為の事実又はこの法律及び同表に掲げる法律に規定する過料の理由とされている事実
二 (略)
4 (略)


ただ、以上をパッと見てみて感じると思いますが、どんな通報が保護されるのかの判断が難しいうえ(しかも行政機関に通報する場合、どこでもいいわけではなく所管の行政機関に通報しなければならない。消費者庁HPにキーワード検索のシステムは用意してくれていますが)、脱税や公職選挙法違反、行政内部の手続違反などの重大な不正は含まれていません。

が、このへんの改正は、今回の改正には盛り込まれていません(変更なし)。


「通報先」に関する要件:外部通報の保護要件の緩和

公益通報者保護法では、公益通報となる通報先が、3種類に分類されています(3条1号~3号)。

1号通報(内部通報)
 ※事業者があらかじめ通報先として弁護士等を定めている場合には、そこへの通報も事業者内部への通報にあたる
2号通報(行政機関等への通報)
3号通報(報道機関その他の外部への通報)

の3つです。なお、①~③に優先順位はないです(要件を満たせばどこに行ってもよい)。

①が「内部通報」、②と③が「外部通報」です(文字どおり外部なので)。構造としては、①から③にいくにつれて、「通報」と認められる要件が厳しくなるようになっています。現行法を表にすると、以下のような感じです(〇が必要部分)。

20200815 note記事スライド①


これが、改正では、以下の表のように変わりました(赤字が変わった部分)。

20200815 note記事スライド②

どういうことかというと、まず、2号通報について、「真実相当性」(つまり相応の根拠)を要求するのが重すぎるということで、これを不要とし、代わりに、一定事項を記載した書面を行政機関に提出すればOKとしました(そして行政機関が必要な調査をする)。

また、3号通報について、特定の事由が2つ追加されました。詳細は省きますが、簡単にいうと、「財産に対する損害(回復困難又は重大なもの)」と「通報者を特定させる情報が洩れる可能性が高い場合」が追加されました。


つまり、今回の改正では、外部通報について、保護要件がいくらか緩和された、ということになります。


内部通報体制整備の義務づけと行政措置の導入

従業員数が300人を超える事業者に対し、内部通報体制の整備等を義務づけることになりました(太字は筆者による)。ここはけっこう影響大きいのではと思います。

(事業者がとるべき措置)
第十一条 事業者は、第三条第一号及び第六条第一号に定める公益通報を受け、並びに当該公益通報に係る通報対象事実の調査をし、及びその是正に必要な措置をとる業務(次条において「公益通報対応義務」という。)に従事する者(次条において「公益通報対応業務従事者」という。)を定めなければならない。
2 事業者は、前項に定めるもののほか、公益通報者の保護を図るとともに、公益通報の内容の活用により国民の生命、身体、財産その他の利益の保護に関わる法令の規定の遵守を図るため、第三条第一号及び第六条第一号に定める公益通報に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の必要な措置をとらなければならない。
3 常時使用する労働者の数が三百人以下の事業者については、第一項中「定めなければ」とあるのは「定めるように努めなければ」と、前項中「とらなければ」とあるのは「とるように努めなければ」とする。
4~7 (略)

意外な気もするかもしれませんが、実は改正以前(つまり現行法)は、内部通報体制の構築というのは法的には義務づけられていません。ガイドラインで、法の趣旨を汲んで、体制整備が促されていただけです(事業者による自主的な取組みを期待)。実際は、一定規模以上の組織ではすでに普通にあるところですが(上場の関係とかでも)。


具体的には、以下のような4つの項目が、備えるべき体制のポイントとなることが予定されています。

①内部通報受付窓口の設置など、内部通報を受け付ける運用
② 内部通報受付窓口を組織内で周知する運用
③ 通報者を特定可能な情報の共有を必要最小限の範囲にとどめる運用
④ 公益通報をしたことを理由に解雇その他不利益な取扱いを禁止する運用
が機能するような体制の整備
(内閣府HP「公益通報者保護専門調査会報告書」26頁より)


そして、実効性確保のために、公益通報者保護のための体制に不十分なところがある場合には、行政措置の対象になり得ることとなりました(助言・指導、勧告及び勧告に従わない場合の公表といった、行政措置の導入)。行政罰(過料)も導入されました。

(報告の徴収並びに助言、指導及び勧告)
第十五条 内閣総理大臣は、第十一条第一項及び第二項(これらの規定を同条第三項の規定により読み替えて適用する場合を含む。)の規定の施行に関し必要があると認めるときは、事業者に対して、報告を求め、又は助言、指導若しくは勧告をすることができる。

(公表)
第十六条 内閣総理大臣は、第十一条第一項及び第二項の規定に違反している事業者に対し、前条の規定による勧告をした場合において、その勧告を受けた者がこれに従わなかったときは、その旨を公表することができる。

第二十二条 第十五条の規定による報告をせず、又は虚偽の報告をした者は、二十万円以下の過料に処する。


まとめると、従業員数が300人を超える事業者について、内部通報体制の整備等が義務づけられるとともに、実効性確保のために、行政措置と行政罰が導入された、ということです。


担当者個人の守秘義務の新設

内部調査に従事する者に対し、通報者を特定させる情報の守秘を義務づけたうえで、その違反に対する刑事罰が導入されました。

(公益通報対応業務従事者の義務)
第十二条 公益通報対応業務従事者又は公益通報対応業務従事者であった者は、正当な理由がなく、その公益通報対応業務に関して知り得た事項であって公益通報者を特定させるものを漏らしてはならない。

第二十一条 第十二条の規定に違反して同条に規定する事項を漏らした者は、三十万円以下の罰金に処する。


通報に伴う損害賠償責任の免除

通報者の委縮を防ぐ狙いで導入されたものです。

つまり、通報した後、逆に事業者の側から、通報行為が名誉棄損にあたるということで提訴される事例があるため、正当な公益通報である限り損害賠償責任を負わないことを明示しました。

(損害賠償の制限)
第七条 第二条第一項各号に定める事業者は、第三条各号及び前条各号に定める公益通報によって損害を受けたことを理由として、当該公益通報をした公益通報者に対して、賠償を請求することができない。


残る大きな課題:不利益処分の禁止に関する実効性の確保

前述の基本的な仕組みのところで、公益通報を行ったことを理由とする不利益な取扱いは禁止されている、と書きましたが、実はこの禁止に違反した場合のペナルティは公益通報者保護法には定められていません。

そのため、結局は、不利益な取扱いを受けたことを理由にして、通報者が他の一般的な法律(民法など)で無効や損害賠償を請求するしかなく、これでは実効性が確保できないだろうということで(当然だよね…)、議論はあるものの、結局は見送られました。

また、解雇や不利益な取扱いが行われた場合に、それが「公益通報をしたことを理由とするもの」ではないという形で事業者側が争うことが多いわけですが、ここ(因果関係)の立証責任は通報者側が負っています。つまり、「公益通報をしたことを理由とするもの」であることを通報者側が立証する必要があります。

そのため、結局は、結果として保護を受けられないリスクがあります。これで実効性が確保できるのだろうか…という話ですが、この部分も改正で手を入れられてはいません(⇔ちなみに、EUでは因果関係の存在を推定する法制にしているらしいです)。


結び

総括的には、通報者の保護を強化しようとして頑張ったけど、まだ手が届いてないところがたくさんある…という感じです(←個人の見解です)。


▽本記事のフルver.はこちらから(筆者のブログ)


[注記]
本記事は筆者の私見であり、筆者の所属するいかなる団体の意見でもありません。また、正確な内容になるよう努めておりますが、誤った情報や最新でない情報になることがあります。具体的な問題については、適宜お近くの弁護士等にご相談等をご検討ください。本記事の内容によって生じたいかなる損害等についても一切の責任を負いかねますので、ご了承ください。


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